第5話 試練の果てに
結果は一目瞭然、俺の完敗だった。序盤こそなんとか立ち回れてはいたが、中盤になりヘイロンの攻撃を剣で受けることが多くなるにつれて剣に負荷が溜まっていった。そして最後は相討ちになって終わった。しかし、最後の最後で剣の方が負荷に耐えきれず真ん中で真っ二つに割れてしまったのだ。
『少年よ、見事であった。久々にこの我も興奮したぞ。礼にこの剣をそなたに授けよう。』
「負けたのは俺だ、だからそれは貰えない。」
『何を言うか。我の最後の一撃はそなたには届かなかった。そしてそなたの一撃は我に届いた。これはそなたの勝ちだ。』
「だが剣は折れて、俺はその場に倒れ込んだ。それでもあんたは倒れずに堪えた。俺の負けだよ。」
現に今だって仰向けに倒れている俺の頭の上でヘイロンは仁王立ちしているのだ。
『それならば、この闘い引き分けとしよう。そしていずれ再戦する時までに腕を上げてこい。その時は我も本来の姿で闘う。だからその時までこの剣はそなたに預けよう。これなら文句は無いだろう。』
偉大な竜にここまで言わせたのだ。断るのは竜の誇りを踏みにじることになる。俺は残りの力で立ち上がり、ヘイロンの目を見て答える。
「あぁ、その剣に恥じない男になって必ずまた挑みに来る。」
『あぁ、必ずだ。それにしても良い目をしているな。少年、名をなんと言う。』
「俺の名はコムだ。」
『コムか、良い名だな。覚えておこう。コムよ、最後に一言だけ助言だ。自分だけでは成長の限界が来る。共に上達出来る友を見つけることだ。この世界は広い、自分の目で見て探すが良い。この我でさえまだ勝負が決まらない好敵手がいるのだからな。』
そう言ってヘイロンはもとの姿に戻り大空へと飛び立った。そしてその大きな姿はみるみる小さくなり、地平線の彼方へ消えていった。
水晶の映像はそこで終わってしまった。コムが黒竜と闘っている間に私はなんとか鉢の中に種を入れて貰える事ができた。そして今ようやくその種から芽が出たのだ。
「良い調子だね、その調子で花を咲かせよう。」
だが、そう簡単に話は進まなかった。芽が出て成長に必要な養分が増えるのに伴い、吸いとられるマナの量が微量だけど増えていっているのだ。それに従って私も流すマナの量を増やしているのだが、その微妙なコントロールが難しいのだ。今までは水晶の映像に視線を向けていても流すマナの量を固定は出来ていたが、今は微妙な鉢の変化を全身で感じ取らなければコントロールを誤り鉢をまた割ってしまう。
「そろそろだよ。注意してね。」
キキがそう声にした矢先、一気に本葉が出て茎が伸びそこか蔓が生えてきた。その成長速度はかなり速かった。そして蔓は器用にも私の杖に絡まりそれを支えにして植物は成長した。私のマナを養分にして成長したその植物はようやく花を咲かせた。そのは花は七色に輝いていてとてもこの世に存在する花には見えなかった。しかしその幻想的な花はすぐに枯れてしまった。すると蔓が支えにしていた杖を全て飲み込んだのた。と、その時。その植物は光輝く一粒の実を付けたのだ。
「成功だよ、よくやったね。」
そう言ってキキはその実をとって私の手の上にのせてくれた。するとその実は一段と輝きを増し、手の上で弾け飛んだ。そしてその中から白銀の刀身のレイピアが姿を現したのだ。一体何が起こったのか把握できていない私だったが、キキが説明してくれた。どうやらこのレイピアは私のマナを栄養分として成長した植物そのもので、育成に成功すると吸収したマナの持ち主がそのマナを最大限に活用できる形に変化するそうだ。
「その剣の使い方は君が良く分かっているはずさ。試してごらん。」
手にした瞬間からその使い方は感じることができていた。その感覚を頼りに使ってみる。切っ先にマナを集中させ火球を出現させ、それと同時にレイピアを突き出し火球に指向性を持たせる。するとそれは一直線に飛んでいき、寸分たがわず的を射抜く。いわば私だけの火槍だ。今度は魔法はなしでただ剣を振る。切れ味は抜群でなんの抵抗を感じることなく丸太を両断していた。レイピアとしても業物の域の一級品であり、魔法発動時の触媒にもなる優れものだ。
[これで僕の試練は終了だよ。これはその証さ。おめでとう!]
それはレイピアの鞘だった。私が受け取り腰に吊るすのを確認したら、「世界樹の枝で作ってあるから。」とだけ言い残してすぐに寝床へと戻っていった。
「わらわたちも戻るとするかの。そろそろコムの奴が戻って来るじゃろ。」
当初の予定とは違っていたけど水晶越しで黒竜の存在は確認できたし、武器も手に入れることができたので良かったとしよう。
ヘイロンが飛び立つのを見送った俺はもと来た道を一人歩いていた。全身傷だらけだというのに足取りは軽かった。そして門をくぐり、亜空間に出ると竜神の眷属の幼女とスカーレットが待っていた。安心した俺は気力が切れてその場に倒れこんだ。
「わらわの勇者よ、おぬしならやってくれると思っておったぞ。」
消えゆく意識になかで幼女がそう呟いているのが薄っすらと聞こえた。気が付くとそこは迷宮の入り口だった。
「ようやくお目覚めね。」
あたりを見回すと視界にスカーレットが入ってきた。
「どうして俺たちはここに?」
「何も覚えてないのね。」
どうやら亜空間で気を失ってしまった俺は、幼女の眷属の力というやつで傷を治して貰ったそうだ。そのあとすぐにここへ転送させられたようだ。意識も戻り体も自由に動かせるようになった俺はその場で大きく伸びをした。眼下に広がる草原が夕日に照らされきれいだった。スカーレットも隣で伸びをした。その時初めて俺は彼女の腰に吊るされているレイピアを認識した。
「そのレイピアどうしたの?」
「あぁ、これのこと。」
スカーレットは歩きながら俺が黒竜と闘っているときに何をしていたのか教えてくれた。俺も黒竜との闘いを話した。俺たちは互い何があったのかを語り合いながら迷宮都市を目指した。しかしいつもなら夜型の冒険者とすれ違う筈なのに門番に合うまで誰とも会わなかった。それは迷宮都市の中でも同じことで、露店で賑わっている筈の大通りが客が並んでいない露店が並んでいるだけだった。そしてとうとう知り合いに一人も会うことなくギルド支部の前まで来てしまった。ここまでくるとある程度この先の展開は予想できるが俺はあえてなにも知らない振りをしてその扉を勢い良く開け放つ。それと同時にどわっと歓声が沸き起こる。そして促されるままにくす玉の紐をスカーレットと二人で引き抜く、中からは“祝 生還”の垂れ幕が下りてきた。
「待って、何で今日帰還するって分かったの?」
スカーレットがそう思うのも無理はない。だがそれはとても簡単なことだ。
「斥候隊を交代で出していただけさ。」
すると呑んでいる人たちの中から俺が予想していた通りの答えが返ってきた。それにしても何日で戻って来れたのだろうか?今度は受付のお姉さんが答えてくれた。
「今日で6日目ですね。本当に無事に帰還できてよかったです。今日は支部長の奢りですので遠慮なく楽しんでください。」
それを聞いて遠慮がちだった人たちも一斉に食べ始めた。そこからは吞めや食えやの大騒ぎだった。俺とスカーレットはテラスに移動して約束どうり『竜の泪』で祝杯をあげた。やはりと言うべきか二人ともたった一杯だけで酔い潰れてしまった。
気が付くと朝だった。どうやら俺はそのままテラス席で寝てしまったが、誰かが毛布を掛けてくれたみたいだ。まだ頭が少し痛む。目の前ではスカーレットも同じように突っ伏していた。俺は覚束ない足で中に入る、すると母さんたちが昨晩の後片付けをしていた。
「おはよ、母さん。」
「おはよう、顔でも洗って目を覚ますのよ。」
言われた通りに洗面所で顔を洗う。鏡に写った俺の顔にくっきりとテーブルの木目の跡が残っていた。ほどなくしてスカーレットもやって来た。やはりその顔にはくっきりとテーブルの木目の跡が残っていた。他人のを見るととこかおもしろく二人して吹き出してしまった。そんなこんなで眠気は吹っ飛び、二人で朝食の席についた。さすがは母さん胃に優しい物ばかりだ。
「俺さ、この街は出ないって言ってたけど、やっぱり旅に出ることにするよ。」
食後のお茶を飲みながら、スカーレットに告げる。彼女は関係ないはずなのに。
「急にどうしたの?」
「まぁヘイロンと闘って限界を知ったと言うか、なんと言うか‥‥俺もっと強くなりたいと思った。だから、一回断っといてあれだけど、俺とこのままパーティーを組んでくれるか?」
「もちろんよ。私の方こそ宜しくね。」
こうして俺とスカーレットの二人は正式にパーティーを組むことになった。この選択が彼らの運命を大きく変えた事はこのときはまだ誰も知る由もなかった。これはまだ序章に過ぎないのである。