第3話 竜の遺跡(2)
狭い通路を抜けたそこはかなり広いドーム状の空間で、崩れて横穴になっている壁からは太陽の光が差し込んでいた。そして床には獰猛な大型肉食動物の物らしき骨が無数に転がっていて、それがここに巣食うワイバーンの強さを物語っていた。俺たちの侵入に気付いたのか先ほどまで横たわっていた一頭のワイバーンが立ち上がり両翼を広げて威嚇をしてきた。その咆哮はドーム状の天井で反響し鼓膜が張り裂けそうになるほどの大音量になった。
「スカーレット、魔法で隙をつくってくれ!」
「良いけど、コムは何する気?」
「君が気を引いている間に死角に回り込む。」
スカーレットは無言で頷き、意識をワイバーンに集中させ、火炎、水流、電撃、その他多数の攻撃魔法の嵐をワイバーンの顔めがけて発動させた。俺はその隙に岩影を駆使してワイバーンの死角に忍び込み、そこからワイバーンの体の中でも剣の刃が通る白い腹を斬りつけた。それを食らって一瞬ひるみかけたがすぐに建て直し、尻尾を鞭のように使って俺に反撃した。
「やっべ!」
俺はその場にひれ伏して頭上を尻尾が通り過ぎるのを待った。攻撃が止まったのを確認し再び死角に隠れて次の好機を待った。
その後も同じようにして着実にワイバーンの体力を削っていったが、ある瞬間にスカーレットの攻撃を無視してそこら中の岩を破壊し出した。どうやら俺たちの攻撃方法を学習したらしく、俺が隠れられる場所を減らしているようだった。さすがにこのまま岩影に隠れ続けるのは得策ではないので一旦引こうと動きだしたその時だった。さっきまで足で岩を踏み潰していたはずのワイバーンが、急に動きを止めて口から何かを吐き出した。それはさっきまで俺が身を隠してした大岩に直撃し、大岩が跡形もなく消え去りシュワーっと白い煙が上がっていた。
「コム、大丈夫!何がどうなってるの?」
その光景を見ていたスカーレットは俺を見つけるなりそう叫んだ。
「多分いま吐き出したのは強酸の液体だ。あの大岩がこんな簡単に溶けてなくなるのだから俺たちが触れたらひとたまりもない。」
そう言いながら俺は先ほど選択を誤らなくて良かったと胸を撫で下ろした。それからは俺とスカーレットの役割を交代し、強酸ブレスの的になってワイバーンの意識を俺に向けさせて、その隙にスカーレットが攻撃するという方法をとった。そうしている内に俺はワイバーンが強酸ブレスを連続して吐き出せないことがわかった。また、たまたま避けたブレスがワイバーンが集めていた武器の山に当たったが、それでも強酸で溶かされなかった一本の槍を発見した。
「スカーレット、そこの黄金の槍を水流で洗ってくれ。」
もし仮に強酸の液が槍の柄の部分に残っていたら手が溶けることは分かりきっていたのでスカーレットの水流で洗ってもらうことにした。
「洗えたわよ。」
ありがたいことにただ洗うだけでなく、水滴も風で吹き飛ばしてくれていた。これなら滑ることはない。強酸に当たっても溶けない武器を手にした俺はとある賭けに出た。
「スカーレット!牽制しながらここまで走ってきてくれ。」
おれは次の部屋への出入り口らしき扉に背を向けてタイミングを計った。これまで通りならもうすぐブレスがやって来て、その後は突進攻撃に移るのだ。
「コム、どうすればいいの?」
「俺の合図で後ろの扉まで全力で走れ。次の部屋の入り口だ。」
すると予想通りワイバーンはブレス攻撃の予備動作に入った。まだ、もう少し、・・・3、2、1。
「今だ!全力で走れ!」
スカーレットが後ろに走り出した瞬間、強酸のブレスが俺めがけて飛んできた。それを避けるとワイバーンはこちらの思惑通り突進してきた。
「どれだけ体が鱗で覆われていようが、口の中は無防備だろ!」
俺は黄金の槍でワイバーンの舌を貫いた。服が歯にかすって服が破けたが怪我はしなかった。俺を食い破ったと勝利を確信していたであろうワイバーンは何がおきたのか全くわからない様子でのたうちまわった。それを俺は背中で感じながらスカーレットのいる扉まで全力で走った。なんとか正気を取り戻したワイバーンも俺を食い殺さんと走り出した。あと10メートル‥‥5メートル‥321。俺は扉に向かって滑り込んだ。間一髪のところでワイバーンよりも早く俺は扉に到達することができた。
俺たちが入った扉の向こうは天井が低くて道幅も狭い光のない場所だった。息を整え、体力を全快させた俺たちはスカーレットが魔法でつくった光を頼りにその道を前に進んだ。最初は平坦だった道が徐々に傾斜がきつくなり、今では急坂になっていた。そしてたぶん俺たちは上層の入り口部分よりも標高が高い場所まで登って来ているだろう。ある程度急坂を登ると再び平坦な道になり目の前に扉が現れた。
「開けるよ。」
「うん。」
俺とスカーレットは両開きの扉に手をかけ同時に開いた。その扉の先は円形の空間になっていて、その中央は祭壇みたいに高くなっていた。そして壁一面が壁画や彫刻で埋め尽くされていた。
「ねぇ、どうなってるの?守護者どころかモンスターの一匹もいないじゃない。」
「それどころかほかの扉もない。」
それでも一度来た以上すぐに引き返すことができない性分の俺たち二人なので何かヒントがあるのではないかと思い、その部屋を調べることにした。しかし壁一面の壁画や彫刻の中にはヒントになるようなものはなく、壁を押して回ったが隠し扉のようなものもなかった。そして俺たちはただの石しかない祭壇の上を探した。しかしその石はただの石ではなくよく見ると何かが刻まれていた。そしてその上の埃を手で払ったその時だった。祭壇の床が赤く発光し紋様が浮かび上がったと思ったらその光が急にまぶしくなっていき、耐えられずに目を瞑ると身体が何かに吸い込まれそうな感覚に襲われた。
目をあけるとそこにはなんと言うべきか形容しがたい場所だった。そこで俺は朦朧とする頭で何が起こったのかを思い出すことができた。確か俺は祭壇の上でスカーレットと一緒に赤い光に包まれたのだった。そうだスカーレット!彼女はどこに?そう思って左右を確認すると右横でスカーレットも横たわっていた。スカーレットの存在も確認したのでとりあえず体を起こそうとした。しかし自分の体なのにいつもより若干体が重く感じたのだ。そして力を入れ直して再び起き上がろうとする。すると頭に何かが当たった。かなり痛い。
「ようやくお目覚めか。わらわの勇者よ。」
その声の主は俺の腹の上に跨っている和装姿の幼女だ。起き上がるときに感じた体の重さの原因は多分この幼女だ。そしてかなり顔が近い。
「君は何者だい?」
「ほぅほぅ、あの娘も一緒にいたのか。まぁこの娘の事はひとまず置いておこう。」
しかしその幼女は俺の質問は完全に無視してスカーレットの顔を覗いた。そして何かを思い出したかのように俺に向き直った。
「そうじゃったコムよ、まだ名乗っておらんだな。わらわは竜神の眷属じゃ。」
「竜神の眷属!?それより何で俺の名を。」
「そりゃ神の眷属だからな、知らん事のほうが少ない。」
その幼女は背中の翼を見せながらそう言った。そこには竜の翼とよく似たものがついていた。この幼女が竜神の眷属なのは間違いないのだろう。
「ここはどこ?それに君は俺に何の用だ?」
「一言でいうとここは竜神さまが造り出した亜空間的な場所じゃよ。そしてここに用があるのは勇者よ、お主の方ではないか。」
言われてみればどことなく現実世界とは違う感じがする。それにしてはここに用があるのは俺の方だと言うのはどういう事だろうか。こようとしてここに来たわけではないのに。
「勇者よ、自分達の目標をもう忘れてしまったのか?お主はここの守護者に挑戦する気だったのだろう。」
「えっ!まさかここの守護者って竜神さまなのか?」
「なわけあるか!神が地上に顕現するのにどれ程の力を必要とすると思って。それが不可能だから守護者を派遣しているのじゃ。もし仮に神が自ら地上を守護できていたら守護“者”ではなく守護“神”になるじゃろうが!」
幼女の姿なのに饒舌なのがツボにはまりもう少しで吹き出しそうになった。
「この姿は色々便利だから仕方が無いのじゃ。本当の齢は軽く千を超えておるわ!守護者の場所へはあの門が近い。この娘の事は心配せんでいいから、はよ行かんか。」
何も口に出していないが、どうやら感情を読まれたらしい。訪ねようとした矢先にすべて先に答えられた。
「あぁわかった。それにしてもさっきから何で俺の事を勇者って?」
「秘密じゃ。些細なことは気にせんでえぇ。ちなみに守護者の名はヘイロン。黒き竜じゃ。」
そして俺は一人示された門を潜り守護者ヘイロンの待つ場所へと歩いていった。
迷宮都市ヘイロンの名は守護者である黒き竜の名前が由来になっています。