第2話 竜の遺跡
依頼を受注した俺たちはその辺の手頃なモンスターを相手に二人の連携を確認していた。それはパーティーで迷宮に挑む場合はお互いがお互いの力量を信じなければ生きて戻ることなど不可能に近いからだ。そしてお互いの事を信じることができればソロで挑むより遥かに安全だ。それはこのヘイロンにある迷宮の中で最も負傷率が高い迷宮『竜の遺跡』にこれから挑むのだから尚更である。
「そろそろ休憩にしよう。」
俺たちは連携を確認しながら移動し、いつのまにか迷宮の入り口の手前まで移動してきていた。ここは全くモンスターが現れない安全な場所だ。比較的難易度が低い迷宮の入り口付近ではいつも沢山のパーティーが寝泊まりをしていた。
「そうね。日が沈む前に天幕を張って食事をらないと。」
しかし、この迷宮が余りにも困難だからか、ここでは他のパーティーの天幕がひとつも見当たらなかった。
「そう言えばさ、なんで守護者がこの迷宮にいると思ったの?」
肉が焼き上がるのを待ちながらスカーレットは俺に聞いてきた。
「それはこの迷宮『竜の遺跡』だけが誰一人として最下層まで行ったことが無いからさ。だからもしかしたらこの迷宮の最下層にいるのかなって。」
「へぇ~。」
「それにこの迷宮だけ遺跡だからね。他のやつとは違うのかなって。それだけだよ。ほらほら早くしないと肉が焦げちゃう。」
ちなみにこの肉は今日倒した猪型のモンスターの肉だ。見た目に反して獣臭さもなく柔らかい。今日はシンプルに塩と香草で味付けをして食べた。自らの手で仕留めた獲物の肉の味は別格だった。
明くる日、俺たちは二人だけしかいない迷宮に潜っていた。いつもは壁や天井で反響して聞こえてくる隣のパーティーの戦闘音が聞こえてこないので、迷宮の中はとても静かだった。そして迷宮の名前が『竜の遺跡』というだけあってどこもかしこも爬虫類モンスターばかりだ。
「この階段を降りきったら中層と呼ばれる場所だ。上層とは比べ物になら無いから心してかかろう。」
ここからが本当の入り口と言っても過言ではないだろう。上層は分岐や行き止まり、部屋の数が多かっただけで強力な個体がいたわけではない。しかし、この中層にいるモンスターは上層と同じ外見なのに魔法を使えたり、各耐久値が高くなっていたりする。現にいま戦っているこいつも、剣の刃が通りにくい鱗をもっている。
「スカーレット、一体そっち行ったぞ。」
「えぇ、任せなさい。」
そう言って彼女は雷撃を食らわせた。剣では歯が立たなかったこいつも、魔法の耐性は無いらしくスカーレットの攻撃魔法で瞬殺だった。たまに魔法耐性が高い敵も現れたが、そういう敵の殆どは剣による攻撃が効いた。パーティーの中に魔法を使えるスカーレットがいたお陰で予定よりも早く夜営地点に到着した。そこはどういう原理だかモンスターが絶対に近づかない場所で、大型パーティーが遺跡を探索するときの基地が置かれたりする。ちなみにここにある泉は酒で出来ており、酒場で『竜の泪』と言う銘柄で売られていて、数少ないヘイロンの名産のひとつだ。そのためギルドには大商人からこの酒の運搬依頼が多く寄せられている。
「あぁ~、喉乾いた~。」
スカーレットはそう言いながらその泉に向かって歩いていった。ここでこの酒を飲ませては依頼遂行に支障が出ると思い、急いで止めに入った。
「ちょっと待った!その泉はお酒だよ。」
「だからって何もそんな血相変えなくても。」
「血相変えるよ!だってこの泉のお酒『竜の泪』って言ってあのドワーフ族が酔える数少ない銘柄の一つだよ。そんな酒を少量でも口にしたら二日酔い確定だよ。」
「そんなに強いお酒なんだ。それじゃあ明日の戦いに支障を来すわね。」
スカーレットも話を分かってくれたみたいだ。ここで彼女に酔われては明日1日棒に振る。そうなったら困るのだ。
「そういうこと。」
「そうね。だったら依頼を達成した暁にはこの『竜の泪』で祝盃をあげるわよ。」
「えっ?まぁ良いか。」
その日の夜は明日からの下層の作戦を立てて終了した。下層には今までのモンスターの強化版に加え、リザードマンと呼ばれる人形の蜥蜴が現れるようになる、そいつらはなんと言っても剣を使って攻撃してくるのが特徴だ。これがまた厄介でかなりの手練れの人間を相手にしているような感覚になる上、尻尾による攻撃が驚異的なのだ。だが、少しだけでも情報を知っていれば対処することは格段と楽になる。
「ねぇコム、この依頼が終わった後も私と組まない?私たち結構いい連携がとれてるし、組んで損はないと思うわよ。」
寝袋に入ってもう寝ようとした時、スカーレットに声をかけられた。
「それってさ、君がこの町を去るときも一緒に行くって事だよね。」
「そう言うことよ。」
「俺の事を評価してくれるのは嬉しいけど、旅に出る気は無いから君とは組むことはできないと思う。」
「そっか。残念。でも気が向いたらいつでも声かけてね。」
それからしばらくして俺たちは睡魔に襲われた。
次の日、保存食の乾パンに昨日の肉を挟んだもので朝食を済ませ、ゆっくりと階段を下り、格段と難易度が上がる下層へと足を踏み出した。するといきなり体重が数倍にでもなったのかと疑いたくなる位に体が重く感じた。
「なにこれ。」
スカーレットもこの異様な感覚に気付いたみたいだ。この今にも押し潰されそうな威圧感が下層の厳しさを教えてくれる。そして目の前には行く手を阻む一体のリザードマンがいた。そいつの体格は成人男性とほとんど変わらないが、人よりも強靭な肉体を有しておりその腕と脚は鋼のような鱗で覆われている。
「ねぇコム、あのリザードマンまったく襲ってくる気配が無いけど?」
「何故だかは知らないけど、どの個体も絶対に自分から攻撃はしないんだ。だけどこっちから先に攻撃したり、横を素通りしようとしたときは容赦ないから。」
これはあくまでも俺の予想だがその理由は自分に挑戦する強者には全力でそれに応え、自分の姿を見て撤退を選択した弱者には攻撃しないというリザードマンの強者としてのプライドのような物からだろう。だから攻撃されるまでは攻撃してこない。とは言ってもこいつを倒さないと前には進めないので攻撃しないことには何も始まらないのだ。だから俺は迷わず剣を抜き弱点である柔らかい腹をめがけて横薙ぎに払った。しかし、その一撃は鱗で覆われた腕でいとも簡単に防がれた。それでも何とか体勢を立て直すことができたが、間髪入れずに振り下ろされたリザードマンの剣の衝撃を完全に受け流す事はできずスカーレットのいる後方まで吹き飛ばされた。
「コム!今のうちに回復して。」
息が上がった俺をめがけて突撃してくるリザードマンをスカーレットが魔法で足止めをしてくれていた。しかしそれが突破されるのは時間の問題だった。
「ありがとう、もう大丈夫だ!」
足止めをしている間に息を整えた俺が立ち上がるのと足止めの魔法を突破するのはほぼ同時だった。足止めの魔法を脅威と判断したのかリザードマンは攻撃目標をスカーレットに変え、彼女に斬りかかろうとしていたので俺はその間に割って入った。鍔競り合いになった俺は手首を返してリザードマンの剣の軌道を逸らした。リザードマンが勢い余って前に倒れてきたので無防備になった頸動脈をに斬りかかったが、もう少しで首にとどくタイミングで太い尻尾による攻撃が俺に襲い掛かった。もろに食らったらひとたまりも無いので俺は後ろに飛びそれを躱した。予想通りその尻尾は地面をえぐっていて、その衝撃で砂煙が舞い上がり視界が遮られた。その砂煙をスカーレットが魔法で生みだした風で吹き飛ばしたので視界は直ぐに回復した。
「グゥォォォォォォ!」
視界が戻り俺たちの事を視認したリザードマンは咆哮しながら走ってきた。そこから繰り出される攻撃はさっきまでよりも格段に重くなっていたがその分、攻撃と攻撃との間隔はかなり余裕が生まれた。避ける事ができる攻撃はできる限り避け、避けれないものは剣で受け流し、着実にリザードマンに攻撃を当てていく。根気比べの剣劇を繰り広げる俺とリザードマンだったが先に力尽きたのは敵の方だった。
「スカーレット、奴の目に閃光を!」
念には念を入れて目くらましの閃光で敵の視界を奪い、横薙ぎ四連撃を腹に食らわせ、渾身の力を込めた刺突で心臓を貫いた。断末魔を上げてリザードマンは土に還った。
「お疲れ、コム!」
「あぁ、ありがとう。」
俺たちはグータッチをして、お互いの健闘を讃えた。そのあとも何体かリザードマンと遭遇したが、一体目と同じようにして難なく突破することができた。そしてとうとう俺たちはワイバーンの巣の直前まで来ていた。