第1話 二人の出会い
迷宮都市、それは世界で最も夢を見れる場所。そしてここは大陸でも古い歴史をもつ王国、ベルファスト王国の中で最大の規模を誇る迷宮が存在する迷宮都市ヘイロンだ。俺はその迷宮都市ヘイロンで冒険者ギルド所属の冒険者として日々依頼をこなしている。冒険者になる理由として一攫千金なんて夢が上げられるが、俺の場合はそういう類いではない。ただ、冒険者ギルドヘイロン支部の支部長夫妻の息子として冒険者という存在が生活の近くにあったからと言うだけである。そして今日も小遣い稼ぎの依頼を終えて街に帰るところだった。満身創痍の少女がそこ周辺には生息していないモンスターの群れに追われていた。手の届く所に救える命が有るのなら出来る限り救うことが主義である俺は迷わず剣を取り少女とモンスターの間に割って入った。俺は余っていた予備の回復薬を少女に投げ渡し、モンスターの群れと正対した。そのモンスターは一角狼、すばしっこいが直線的で単純な動きしかできず、群れだと多少厄介だがそれもリーダーの雄がいなければ脅威にはならない。たった三頭の一角狼は狩り馴れた俺が相手では瞬殺と言って良いほど簡単に片付いた。
「君、怪我はない?」
殆どの外傷は俺が渡した回復薬で治っているとは思うが骨折なんかはあんな安物の薬じゃまず治らない。
「ありがとう。おかげで命拾いしたわ。今回ばかりはダメかと思ったもの。」
「それは良かった。けど無理はしないで。」
彼女も知っているとは思うが回復薬で治せるのはあくまでも外傷のみ。スタミナや精神疲労はどうすることも出来ない。
「えぇ。私はスカーレット。君の名前は?いつか必ずお礼をしたいの。」
「俺はコム。だけどお礼なんて別に要らないよ。それよりもどうして君は一人で一角狼なんかに追われていたの?」
「私、嵌められたの。」
スカーレットはこのヘイロンでの依頼は今日が初めてだったらしい。それで気の良い男二人組とパーティーを組んだのが運の尽き、彼らに所持金と獲得したアイテムを奪われたらしい。そしてヘイロンでのモンスターの生息域を知らない彼女は誤って一角狼の縄張りに侵入、あとは脱兎のごとく迷宮都市めがけて突っ走った所を俺に助けられたとのことだ。
「それは災難だったね。そしたら今日は泊まる宿のあては有るの?」
「そこまでお世話をして貰わなくても。今日は野宿でもするわ。」
しかし、彼女のお腹は正直だった。
「あてがないなら家に来なよ。」
「えっ?そんな、男の人の家についていくだなんて。」
スカーレットは何を誤解したのか、急にその場にうずくまり自問自答を繰り返しひとつの結論を出した。
「分かりました。この私で良ければ喜んでお相手をさせて頂きます。」
「ごめんごめん、何か誤解をさせてしまったのなら謝るけど。俺の親ここのギルドの支部長やってるんだ。だから食事と寝床ぐらいは用意できるよ。」
「なんだ、そういうことね。それを早く言いなさいよ。期待した私がバカみたいじゃない。」
そう言いながら赤面した彼女はその場に膝から崩れ落ちた。最後の一言は聞かなかった事にしておこう。そうして俺たちは二人で迷宮都市へと歩み出した。
街の門が閉まる前になんとか帰ることができた俺はいつもの癖で、正面玄関口ではなく、職員通用口の方からスカーレットを連れてギルド支部に入ってしまった。気付いた時にはもうすでに手遅れだった。
「ママ!コムが、あのコムが女の子を連れてきた!」
「ヒューヒュー、コムもすみに置けないようになったな。」
ギルドの酒場で給仕係をしていた姉は血相変えて厨房に飛んでいき、呑んでいた常連客達は新たな酒の肴ができたと盛り上がってしまった。
「誤解だっての皆、彼女はパーティーメンバーに所持金を奪われて、命からがら逃げてきた被害者なんだから。それより席を空けてくれ、一角狼の生息地からここまで休まず走ってきたみたいなんだから。」
かなり疲れていたのだろう、一言も話さずに目の前の食事を食べきった。するとちょうどそこに受付のお姉さんがやって来て、スカーレットのギルドカードを調べていった。何でもここ最近同様の手口の犯行が多発しているらしく、犯人の手がかりを探していたようだ。ギルドカードとは冒険者の身分証のようなものだ。それを使えば過去の依頼履歴が分かるらしい。
酒場にいた常連客のおじさんが家路につき、街の店も営業を終えた頃、俺はベランダに上がり一人星空を眺めていた。星に詳しいわけではないが、そうしている時が一番心が落ち着くのであった。
「うわぁ、すごい綺麗。星ってこんなに沢山あるんだ。」
後ろから声がしたと思ったらスカーレットも星空を見上げていた。満天の星空が珍しいのか彼女は瞬きひとつせずに星を見ていた。それから程なくして俺の事に気付いたのかこちらに向かって歩いてきた。
「やぁ、お腹は満たされたかい?」
「えぇ、お陰さまで。ここの料理は最高ね。」
それは良かった。この調子なら明日にはまた依頼を受けれるようになっているだろう。そしたらこんな初心者向けの安宿よりももっと良いところで寝泊まりするだけの金を稼ぐことができる。すると彼女はまた星に見いってしまったので俺は静かにそこから退散することにした。
明くる日、朝食を終えていつものように手頃な依頼がないかを探しに受付カウンターに向かうと、何故かスカーレットと受付のお姉さんが言い合っていた。何をしてるのか不思議そうに見ていたらスカーレットと目が合い、彼女が手招きをするので言われるまま俺は移動した。
「コム、お願い私とパーティー組んで。」
「いきなり何?どうして俺と?」
さっきまで受付のお姉さんと言い合っていた事と、俺が彼女とパーティーを組むことの関係性がまったく見えない俺は、何がなんだか分からなかった。それを見かねた受付のお姉さんが補足説明をしてくれた。なんでも彼女がどうしても受けたい依頼にはパーティーメンバー全員が一定ランク以上かつ自身あるいはパーティーメンバーの中で一定期間ヘイロンで依頼をこなしている人がいないと受けられない制限があるらしい。ランクの方は問題なくクリアしていたのだが昨日ヘイロンに来たばかりのスカーレットではその期間を満たしていないのだ。それでここで何年間もやってる俺とパーティーを組めば依頼を受けれるとのことだ。
「俺もBランクだしパーティー組んで依頼を受けることは構わないけど、この依頼日帰りは無理だよ。食料は現地で調達するとして君の武器は新調しないといけないし、その他にも回復薬とかその他諸々沢山準備しないといけないけど、所持金奪われたのに大丈夫なの?」
「えぇ、ギルドに沢山貯金してありました。それをここでも引き出せたので問題なしです。」
ギルドに銀行機能があったのかと感心していると受付のお姉さんの咳払いが聞こえた。
「それで、依頼はどうします?」
「今日は準備等で忙しくなると思うので明日にでも。」
そうして、俺たちは守護者へ挑戦するための準備に向かった。まずは壊れてしまったスカーレットの武器の新調だ。ギルド支部の中でも武器は売っているのだが、数が少なく安いものしか取り扱っていない。それなら専門店で買った方が少し値は張るが使いやすいものが多い。
「それでスカーレットはどんな武器をお望みなの?」
「そうね、無難に魔法の杖といったところかな。欲を言えば魔法剣みたいなレイピアが良いけど。」
「さすがにそんな都合のいい物はないな。無難に魔法の杖が良いだろう。」
そして俺たちはとある店の前間まできた。ここは魔法関連なら何でも取り揃えている店だ。魔法薬をよく買いに来るが、武器の品質も確かだと前に聞いたことがある。いつもカウンターにいるはずの店主がいなかったが、鍵はかかっていなかったのでそのうち出てくるだろうと思い、店の中を見て回ることにした。
「ワシの店で何をお探しておる?」
そう声をかけられて振り返るが誰もいない。
「ここじゃよ。」
そして目線を一段さげると台に腰かける店主の老婆がいた。今まで冒険者をやってきてモンスターや魔物にも後ろをとられたことが無かった俺は驚いてその場で足を滑らせてしまった。
「ほぅ、お嬢ちゃん、コムの坊やの紹介かい。」
「はい。お婆さんはいったい?何も気配を感じさせずに私達の後ろを取るとは。」
「何を警戒しておる?ワシは只の年寄り、この店の店主じゃよ。」
そう言ってその場の張り詰めた空気を吹き飛ばした。そして何も無かったかのように商談を始めた。
「それでお嬢ちゃん、短杖か長杖か、どんな杖をお望みだい?」
「できれば長杖で精度重視の杖があれば。」
その望みを聞いた店主は店の奥へと入っていった。ガシャンと物が崩れる凄い音がしたと思ったら埃まみれの店主が木の箱を抱えて戻ってきた。そしてその箱の梱包をほどいてスカーレットに箱の中の長杖を渡した。
「これを使いな。試し打ちをしたいなら庭を貸してやる。」
その庭には石や木でできた的が並べられていた。スカーレットは店主に促されるまま、その的を狙って初級の遠距離攻撃魔法を幾つか放った。そして全弾的に命中した。
「あの骨董品をここまで扱うか。お嬢ちゃん、お代は要らないよ。その代わりコムの坊や、回復薬等の魔法薬ははここで揃えていけ。」
何だかんだで思っていたよりも早く依頼を受ける準備を終えた俺たちは受付カウンターに戻り、その依頼を受注した。