プロローグ
県立高見沢高等学校。3階建てからなる校舎は、上空から見ると【コ】の字に見え、敷地中央に中庭が設置されている。
まず、校門を通り抜けると、「こちらが順路です」と言わんばかりの舗装された通路があり、その先に必要性が不明な中庭がある。
中庭には、樹齢何年かすら定かではない大木が植えられていて、その周りを囲う様にして、3人掛けの白いベンチが4脚並べられている。このベンチに人が座っているのを見た事が無いきもするけど。
そして、校門からみて右手側に事務室や保健室、職員室などが入っている校舎。左手側に科学室や技術室、音楽室などが入っている校舎。そして正面には、その先にある運動場へと続く通路の為に、一階の一部分がアーチ状に削られた各学年の教室が入っている校舎がある。
鉄筋コンクリートで建てられたそれは、震度8相当の揺れを想定して建築されていて校長曰く「ミサイル位持ってこないと壊せない」らしい。それ、盛大なフラグな気もするし、学校の正しいPRじゃない。と思うのだけれど、気にしないでおこう。
各教室には、冷暖房が完備されていて防音だそうだ。窓は耐衝撃に優れていて、間違って机がぶつかっても割れないらしい。いや、試そうなんて思わないけれど。なんでも、過去に近隣の高校で、生徒同士の喧嘩で勢い余って窓ガラスを突き破って、生徒が転落した事故があったからとか。
まぁ、そんな快適極まりない環境で、他のクラスが体育の授業の為に、運動場に移動しているのを「暑い中大変だぁねぇ。」等と窓際の席から眺めているのが、そう【田中 聖亜】。僕である。
今、僕のクラス、2年3組は校舎2階にある自分達の教室で実習をしている。本来であれば、1年の時から担任の坂巻先生30歳♂が数学の授業を教えている筈なのだが、授業が始まる前に教頭がクラスに担任を呼びに来たので、めでたく?自習を仰せつかって今に至る。
丁度学年が上がる時に「学年主任を任される事になった」と言っていたから、学年で何か問題でも起こったのだろう。と、クラスの雰囲気はまるで、他人事の様に落ち着いたものだった。しかしまぁ、4時限目なので、昼休みを存分に満喫する為に早弁する猛者もいる。
直ぐに担任が戻って来ると思っていた僕には出来ない所業だ。とりあえず、ボーっとしてますかね。
自習になってから30分位過ぎた頃。流石に教室内がザワつき出した。
「なぁなぁ、こう言う時ってあれだよな?学校内に不審者が侵入してて、そんでそいつに噛まれた奴がゾンビになるっていう!ワクワクだな!」
僕の前の席に座っていた・・・いや、寝ていた【新道 進】は活き活きとした表情で話しかけてきた。
「ワクワクってお前・・・元気になりすぎだよ。ありえないから、ゾンビとか。」
僕はゾンビとか、パニック系の映画とか好きでよく見るけど、普通に考えたらあり得ない。を通り越しているとしか思えないのだ。噛まれたら、突然ゾンビになるとか。いや、どんな原理だよ。それ。って考えてしまう。
「聖亜だって、そういうの好きじゃん。」
新道は椅子を後ろに向けて、話を広げようとしてきた。
「好きだからこそ。なんだけどねぇ。」
仕方なく話に付き合うことにした僕は、自分なりの考えを話してみる事にした。
「そもそもさ、人が動けるのって脳からの電気信号があるからじゃん?でもその脳って、血液が循環してないと働かないよね?って言うか、死んじゃうよね?じゃあさ、死んだ人間が動けるのってどんな理由なんだろうね?何が筋肉を動かすのかな。」
自習用に開いてあった空白のノートに、新道に見やすい様に箇条書きに記入していく。
「そりゃ、ゾンビウイルスじゃねぇの?ウイルスが電気信号ピピッて出すかもじゃん」
その発想はなかったわ。逆に。
「ウイルスが体動かす位の電気信号出しちゃうの?すげえな。って、寧ろ寄生虫とかの方がしっくりくるよね。それなら。」
でも、噛みついた拍子に寄生するって、中々至難の業だと思うんだよ。
「じゃあ、寄生虫でいこう!」
嬉しそうにそれだ!みたいな顔して、僕を指さす。
「いや、もういっその事、異世界からの侵略者とかでまとめたいよ。その方が夢があるよ。細かい事抜きにしちゃえるしね。」
新道の言う様に、ゾンビが発生する世界。ってものに興味が無い訳じゃないし、想像だけなら確かにワクワクできると思う。でもどうせなら、もっとファンタジー強めでお願いしたいよ。実際、今ゾンビに誰か噛まれたら、逃げる事しか出来ないよ。戦えないよ。無理、絶対!
とりあえず体育館に逃げるのも死亡フラグな気もするし、となると定番の施錠されている屋上に逃げるかな。なんて一瞬でシミュレーションしたりするけど、それは内緒。
「異世界なら、チート欲しいよな。」
新道は、ゾンビの話題なんて無かったかの様に異世界話に乗って来た。
「そりゃ、チートじゃないにしろ、何か特別な物貰えないとねぇ。即死ですよ、即死。」
僕は決め顔でそう言った。
「聖亜ぁ。目力強めて言う事じゃないな!」
ダメだったらしい。
実際何の特技も経験も無い学生が、何かと戦えるハズないんだよ。戦えるとしたら、それはゲームと想像の中だけ。悲しいけど、それが現実。誰かと喧嘩すらしたこと無いのに、どうしろと。
そんな下らないやり取りが続いて、間もなく授業が終わろうかという時に、担任の坂巻先生が教室に戻って来た。
どうやら、今日は午後の授業は中止になるらしい。
「突然なんだが、下校の準備をするように。尚、部活動と委員会活動も本日は中止とする。速やかに帰宅する様に。あー、出来たら寄り道しないで帰宅するように。」
丁度、就業のチャイムが鳴ったので先生はクラスの人数を数え始めた。点呼の代わりなんだろう。きっと。
「先生ー、どうして下校なんですかー?」
クラス委員長の【結城 有栖】が質問をする。誰もが聞きたい事ではあったが、担任の雰囲気が何時もと違い過ぎて、何となく聞けない雰囲気だったのだが。流石委員長と言うべきか。そして可愛い。
「はぁ、相変わらず可愛い。」
誰に聞こえる訳でもない小声で呟いていた。
「んー、下校の理由については追って連絡をしよう。…すまんな。現状では、何も言えないのだが、念の為だと思ってくれ。」
普段の担任らしからぬ歯切れの悪さで、すっきりはしないけど、帰れるなら良いんじゃね?とこの時は深く考えもしていなかった。
「分かりました。えっと、明日は普通に登校ですか?」
それ以上は踏み込めないと判断した結城さんは、明日の事について質問していた。確かに、今日急遽下校になるような事態なのだから、明日以降の事は知っておきたい。
「今日の夕方から夜までに、連絡網回す予定だ。まぁ、一応、普通登校だったとしても、連絡網回すので、ご家族に伝えておくように!以上!」
担任は、チラッと左腕の時計に目をやった。
「さぁ、下校だ!早く帰れよー!委員長、号令!」
結城さんは、言われた通り「起立、気を付け、礼」の号令をかけ、荷物を持って教室を出て行った。残った生徒も後に続けとばかりに、ゾロゾロと教室を出ていく。
新道と僕も、担任に見送られながら教室を後にした。
「で、田中。今日どうするよ。ゲーセンでも行くか?」
折角早く帰れるのだから、新道の誘いに乗るのもありなのかな。って思うけど。
「いや、止めておこうよ。見つかったら、冗談抜きでヤバそうな雰囲気だったじゃん。俺、まだ命は惜しいよ。」
半分は本音だった。寄り道してる所を発見されたら即指導室。みたいなピリピリした雰囲気だった。
「だよなー。しゃあないか、大人しく帰りますか。」
そう言いながら校門を出る。僕達の後に何人か残っていた生徒が出た所で、校門が閉められた。まぁ、先生たちは残るよな。そりゃ。
学校から最寄りの駅まで、歩いて15分位。バスに乗れば5分で着く距離だ。
新道と僕は、バスに乗る派なので、校門を出て右手に歩いてすぐのバス停に並ぶ。
タイミング良く、バスが到着し新道が先に乗り込み、続いて僕が乗り込む。バスの前扉から乗り込み、運転席の横にあるICに電子マネーがチャージされたカードをタッチする。ピピッと言う電子音が鳴り、カード内の残高が表示される。
まだ残高で2回はバスに乗れるのを確認し、先に乗った新道を探す。
「こっちこっち」
出口に近い場所にある二人用の椅子に座って、新道が手を振って呼んでる。
新道の横に座り、車内を何気なく見渡す。
いつもより乗客が少ない。昼時と言う事も有るかも知れないが、気になってしまう。
「今日、空いてるな。」
無意識に声に出てた。
駅に着いた僕たちは、入り口の近い私鉄の改札まで向かった。
新道はここから20分電車に乗った所に住んでいる。
「じゃ、また明日な!つーか、何か分かったら連絡よろー」
そう言って何時もと変わらない感じで帰って行った新道を見送り、僕も地下鉄の乗り場まで向かう。
先に帰って行った他の生徒達の姿は、ちらほらしか見えず、言いつけ通り真直ぐ帰ってるんだな。なんて他人事の様に考えているが、自分も素直に帰宅している事を思うと「まじめかっ」と自分に突っ込みを入れたくなる。
最寄りの駅に着いて、普段なら寄らないスーパーで、カップ麺やスナック菓子、水なんかを買い込んでいたのは、虫の知らせってやつだったのかもしれない。何て、よくあるパニック映画で食料が無くなる場面を思い出して、半ば無意識に保存食を購入していた自分を擁護する。
「あっ、お昼どうしよう…」
そう、昼食を食べないで帰って来たことを思い出すのだった。
こんな感じで書き進めていこうと思っています。
暫く説明回が多くなってしまいそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。宜しくお願いします。