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何でも屋と少年

分割ができなかったため非常に長いです。ご容赦ください。

 

 五億でスフェーンなる宝石製の【肝臓】を手に入れ、狂気の老人一味に命を狙われ、人間離れした少年と出会う。

 なんて密度の濃い時間を過ごしてしまったのかと頭が痛んだ。


「……」

「……」


 少年がどういう手段であの老人とその部下を引き下がらせたかも疑問だが、目下問題なのは契約相手の素性。

 人外と商売をしたことはない。それが動物や植物なんかならまだ精神衛生上よかった、というのは現実逃避だ。現状の行き詰まりを体現している。

 ひとまず二人は屋敷から離れた。本当に老人たちが撤退したのか確認の取りようがない上に、理屈はともかく彼女も少年も無傷安泰。逃走には事欠かないなら早急にすべきと判断して、彼女の乗ってきた軽自動車に二人して乗っている。

 少年にシートベルトはさせていない。いざとなったら突き落とす算段だ。二階から落ちて無傷なほどの頑丈さならば、車から転がされることなど、蚊に刺されたほどかささくれ程度で済むに決まっている。

 車に乗る前、戦利品の【肝臓】を保管用バックに仕舞う間、少年の動向を監視していた彼女だったが、まるっきり反応のない状況に胃まで痛い始末。

 少年は十億払ってまで欲しいものを、どうして目で追いもしないのか。

 疑問で消化不良気味だ。


「……まず、私がいくつか質問する。あんたはその後に同じ数だけ質問しなさい。でないと話がこんがらがる」

「了解した」


 素直なのか何なのか。


「あんた、何なの」


 答えはわかっていた。ここまでにもう二度聞いた質問で、どちらもスッカラカンの回答をされたわけだが、一番にして一等の問題点なのだから仕方ない。

 解決しないことには先に進めない問題なのだ。

 流石に三度目まで少年が同じ答えを返してくる可能性を考慮しない彼女ではなかった。

 融通の利かなさは歳不相応と確定された少年なのだから。

 返し次第では次のカーブで突き落としてやろうと構えていたが、そのカーブを曲がっても少年は何も言わなかった。

 横目で見ても、髪に覆われた頭部が見えるだけ。


「聞いてる?」

「聞いている。が、君が三度も同じ質問を繰り返す理由が、オレの答えに納得していないためだろうと考えた。だから、違う答えを考えている」


 なかなかどうして、真面目に考えているようだった。

 オークション会場だった屋敷は、おあつらえ向きに山奥にあった。時期は秋も終わり。そんな季節で真夜中の山道は、必然的に静かすぎる。曲もラジオもかけない車内は、エンジン音しかしていない。外は虫もすっかり死に失せているような静寂だ。

 少年が考えることを邪魔しないために彼女が沈黙を守っているわけではない。ただ彼女にも考えることは山ほどあるのだ。

 例えば、この後をどうするか。少年を連れて自宅に戻るわけにもいかない。失踪届が出て居ようものなら、誘拐犯にされてしまう。社会的にアウトだ。

 例えば、少年の【肝臓】十億円に関する支払い方法を今後どうするか。給金で賄う戦法をとったのだから、これから先も何かしらの仕事を求めて金を要求するに違いない。

 面倒くさい。

 金が絡んでいなかったら即ご退場待ったなし。今でさえ助けられた恩やら十億円の大型契約やらをすべて蹴ってでも少年を放り出したくて仕方ない心境である。

 どこからどう対策するべきなのかと思案していると、少年が口を開いた。


「君ならば、どう答える」

「あ?」

「君は何者だ、と問われたなら、どう答えるかを聞きたい。それを参考にオレも答えよう」


 さらに面倒になった。

 思考を放棄したわけでないのは何となくわかっていた。ただ、ある意味丸投げされた気にもなる問いをされて、頭の奥が痛んだ。

 が、彼女はライトで照らされた道の先を見ながら、左手で自身の左耳を撫でた。

 こちらも暫しの沈黙を経て、答えを吐く。


「名前、宇坂(うさか)ツキカ。人間。性別、女。年齢、二十九。職業、何でも屋。学歴、高卒。身体能力、平均。学力、平均。好きなもの、契約履行。嫌いなもの、人混み。今の目標、五体満足で自分のベッドに戻ること。将来の目標、老衰」


 参考にするならば、同じ項目を同じだけ答えるのではないか。淡い期待であり、けれどほぼ知りたいことを網羅できる名案だと内心自分を褒めた。

 最短で結果を出すためならば、融通が利かないことを利用するべきだ。

 彼女、宇坂ツキカの回答を聞き届けた少年は、右手で指折り質問項目の数を確認すると、左手で同じように指を折りながら答え始めた。


「名前、無し。|【()】。性別、無し。年齢、無し。職業、無し。学歴、無し。身体能力、()()()。学力、無し。好きなもの、無し。嫌いなもの、無し。今の目標、君からあの【肝臓】を買い取ること。将来の目標……不明」

「とりあえず、あんたがふざけてるってことだけはよーくわかったわ」


 淡い期待だと言っていたが、それなりに期待は大きかったらしい。ツキカの口調がこれまでで一番きつくなった。

 空っぽも空っぽ、ないない尽くしの返答はただ場の空気を悪くしただけに終わった。

 名無しの少年はそれすら気が付いていないようだが。


「ふざけていない。君が例として挙げた十二項目すべてに答えた。問題があるのか」

「問題しかないわ。全部『無し』ならまだ許せたけど、何? 骨だとか硬度だとか。馬鹿にするのも大概にしてもらえる?」

「確かに、【骨】でありながら硬度十は異常だろうが、事実なのだから仕方がないだろう」

「そこじゃないっての。蹴り落とすわよ」


 横目で見ても、少年は髪で顔全体が隠れているため表情の確認ができない。

 悪戯っ気のある年相応の悪ガキなら、きっとニヤニヤと笑っているに違いない。相手を怒らせて反応を見ることは、一つのゴールみたいなものだと誰かが言っていた。

 少年が、本当にその一般例ないし身近な誰かの経験談に基づけるならばの話であるが。

 見ずとも何となくわかる。

 少年は本気で言っている。

 ボケをかましたことも、その前に言った何もかもが無いことも、自身を骨だと認識していることも。

 それを認めることは、ツキカにはできなかった。

 仮に少年が本気で信じているのだとしても、できるはずがない。どれもこれも現実ではなく、洗脳か教育かのせいでそうなっているだけだ。骨は喋らないし人助けもしない。ましてや、ボケなど言うものか。

 真っ当な精神を持っている人ならここで、一時それらを認めた上で話を進めたのかもしれない。

 それを許すことは、ツキカにはできなかった。

 無意識にアクセルを踏み込んでいき、人気が無いにしろ制限速度をぐんぐん超えていく車の中で、舌打ちをした。


「あんたは骨でも何でもないし、どう見たって人間よ。誰に教えられたかとか私には関係ないけど、自分の存在と価値を見失ったら馬鹿丸出しだわ。私はあんたの精神状態も知ったこっちゃない。でも人間だって自覚しなさい。名前も記憶も帰る家もなくたって、どうしたって人間であることに変わりないんだから」


 しきりに左耳をさすっていた。

 目も忌々し気に細められ、眼前には誰もいない道路が続くだけだというのに、今にも誰かを()き殺さんと睨んでいた。

 それこそ少年には関係のない視線だ。

 だから、彼は臆することなくぽつりと言った。


「君は、矛盾している」


 普通なら、今にも人を殺しそうな運転手にそんな言葉をかけなかっただろう。

 案の定、ぎろりと殺気の矛先が向きを変えてしまう。

 構わずに声変わりもしていない声が続く。


「存在や価値を見抜ける目を持っているかと思ったが、申告通りの平均的な目しか持っていないらしい」

「喧嘩なら今すぐに買うけど、車停める?」

「喧嘩を売っていない。そして車を停める必要もない。ただ……外見で判断することは早計だと忠告をしたいだけだ」

「へえ? 私に? まさか私の忠告を無視して自分の忠告を通そうなんて考えてないでしょうね」

「もちろんだ。君の忠告通り、オレは本質を見失わず、骨である自覚をより濃く持つことができた。だから、逆に君にも返そうと考えただけだ」


 言葉の意味がまるで伝わっていない。彼女は心底疲れた顔をした。

 客の前に出してはいけないだろう、完全に素の顔。プライベートの中のプライベート。しいて言うならば、寝巻で職場に行ってしまうような。スッピンかつ寝ぐせだらけの頭で電車に乗るような。そのレベルの見せられない顔をした。

 何を言っても無駄だとわかれば、このまま自宅に向かう道は修正しなければならない。適当な人通りのありそうなところにでも置き去りにしよう。

 ツキカの考えを反映して右折のウインカーを着けた時、まだ少年が言葉を放ってきた。


「そもそもオレは人間ではないし、生物でもない。ああ、いや……死体を間借りしていると言う方が正しいのだろうか」


 車は直進した。

 右折のウインカーは点滅を繰り返し、車内にもカチカチという音が続いている。

 ひどく非現実的で、先ほどの自分は骨だ、という妄言と大して違いもない発言だったにもかかわらず、ツキカはハンドルを切ろうとしなかった。

 彼女の記憶力はそれなりにいい方だ。屋敷の見取り図を覚えたり、客の顔を覚えたり。人並みだと言われても、けれど人以上ではあった。

 今思い出しているのは、壁に叩き付けられて死んでいたであろう少年の姿。

 呼吸する動作はなかった。体は骨や内臓が潰れて不自然に凹んでいた。辛うじて生きていたとしてもおかしくはない。もって数分ほどの、走馬燈でも見ている時間程の生があったとしても。

 明らかにおかしい点が一つ。

 口から出ていた血も、目頭に溜まっていた血も、固まっていた。

 ほんの少量だった? 違う。あれだけの損傷で出血だけ少ないなんてことはない。頭だって強かぶつけていた。

 見間違い? 違う。投げるために抱えた時も、零れ落ちたりしなかった。

 頭で自問自答を何度も繰り返して、繰り返し続けているうちにアクセルから足を離していた。

 ウインカーの音だけがしている状況で走ること数分。ようやくツキカがブレーキを踏み、路肩に車を停めた。

 そして徐に車内の電気を点け、スマートフォンのライトを起動させると、少年の顔を掴んで目にそれを当てた。

 強い光を至近距離で当てている。ツキカも眩しく思うくらいなのに、少年はぴくりともしない。瞳孔も、少しも動かない。

 掴んだ顔にも違和感があった。

 冷たい。皮膚は妙な弾力はあるものの、ハリがなくぶよぶよとしていて青白い。

 恐る恐る首に掌をあてて、一度強く握ってから、運転席に沈み込んだ。


「……脈もない」

「死んでいるからな」

「……ゾンビってこと? ああ、くそ。こういう時に限って幻覚だとか夢だとかを信じたくなるから、嫌だ」


 ずっと死体と話していた。

 死体と契約して、死体に助けられて、死体を助手席に乗せて、死体へ的外れな忠告なんてものを語っていた。

 少年に触れた両手で自分の顔を覆いながら行動を振り返って、後悔した。

 どこから後悔するかと言えば、出会いからだ。あの時、玄関に行かなければ。否、そもそも肝臓を買い付けなければこんなことにはならなかった。オークションに参加しなければ。

 どこまで遡れば今のこの、受け入れがたい現実を回避できたのか。


「ゾンビではない」

「現実逃避真っただ中の人間に話しかけないでよ」

「いや、君は物分かりがいい。だから理解してもらわなければ困る」


 ツキカはハンドルに頭を預けて、半ば諦めた顔で少年を見た。

 彼もまたツキカを見ていて、その目は確かに死んでいる。契約時に濁った眼だと思ったが、そりゃあそうだ。死体の目なのだから。契約したのは大間違いだったとここでも後悔してしまう。


「オレは【骨】だ。ゾンビならば、死体そのものの何かが原動力だろう。細胞なり、自我なり……いや、フィクションではウイルスの可能性もあるか。だが、これは明確に否定できる」

「ウイルス抜きにしたってその死体の骨が体を動かしてるなら、ゾンビでしょうが」

「オレはこの死体の【骨】ではない。正確には、生きていたこの少年の肉体に移植され、少年の死後に自我を得た何者かの【骨】だ」


 ツキカの頭がクラクションを押した。

 けたたましく鳴り響くクラクション。周辺住民がうるさいと窓から叫んでも、頭を退けることはない。

 情報量が多すぎた。くわえて深夜ということもあり、頭は半分ほど機能停止していた。

 まとめると、隣に座っているのは、自称何者かの骨で、少年の体を使って動き回っているクリーチャーであると。

 溜息も出ない。

 騒音を発生させたまま、手を伸ばして車内の灯りを消した。そしてのそりと起き上がると、何事もなかったというように車を走らせる。

 少年も何も言わない。ツキカが理解をしている最中だと解釈しているからか、今話すことがこれ以上ないからか、わかりかねるが。

 幾つかの交差点を過ぎた頃、ツキカの手が少年の頭の上を通り、シートベルトを掴んで戻ってきた。

 かちりとはめてから、彼女の側の窓を開ける。


「じゃあ、その体の名前は」


 シートベルトを何度か引っ張りながら、少年が横目にツキカを見る。


八重洲(やえす)ココ」

「体ついでにその名前も借りなさい。名前が骨だと変だわ。それと、その体って腐るの?」

「腐らない。自我を得た時が少し遅かったせいで死後変化は起こしているが、腐敗のステージには入っていない」

「なら今から家に帰るから、ココも中に入りなさい。で、私は寝る。質問とか整理とかは起きてからにして。頭痛くてやってらんない」

「質問に関しては了解した。しかし、オレは車に残っても問題ないが」

「対処できる距離に置いとかないと寝れないし落ち着かないって言ってんの。わかる? あんたの都合は聞いてないのよ」


 やけにことをスムーズに進めているが、結局は寝て覚めたら八重洲ココなんてゾンビはいなくなってやしないかという希望を持っているだけなのだ。

 最悪、起き掛けでゾンビを見てしまっても、勝手に部屋を歩き回られたりするよりは幾分かマシだろう。

 すっかり眠ることだけを考え始めたツキカは、黙り込んだココを見ることなく、帰路を確かに走っていった。


やっと名前が出ました。


彼女:宇坂ツキカ

何でも屋をしている29歳女性。人間。


少年:八重洲ココ(の中の【骨】)

八重洲ココの体に移植された【骨】。詳細不明。


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