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前日 1

 会場は最低限の灯りしかなく、さらに参加者は皆、目元を隠すマスクや顔を覆う仮面をつけている。正装にマスクとくれば、仮面舞踏会のようにも見えるだろう。ただオークション会場でこれともなれば、非公式な集まりゆえの厳重装備だと考えられるから、のんきに構えてはいられない。

 その中の一人、かくいう参加者である彼女もドレスを身にまとい、日本よろしく能面を着けていた。

 なかなか派手な仮面を着けた客も多くいる中で彼女は相当浮いていたが、気にしている様子は当然なかった。黒のドレスをはためかせ、慣れた足取りでピンヒールの踵を鳴らしている。

 ソフトドリンクを片手に会場全体を見て回るが、どういうわけかこの広間には窓がなく、出入りは客がくぐった大扉のみとなっている。

 客は各々が掴みどころのない会話を楽しんでおり、時折逃げるように足早にその場を離れる者もいれば、まさかの商談が始まる者もいた。中には当然、壁際で誰とも会話せずに時間を待つ者も、腹に詰められるだけ詰めようという暴食の輩もいる。

 彼女は、話しかけられればするりと躱し、常に広い会場内を歩き回っていた。

 そうしていれば時間はやってくる。

 扉の反対側、特設ステージがライトで照らされた。


「レディース、アンド、ジェントルメン! 当オークションへようこそお越しくださいました! 世界に誇るべき富裕層の皆々様……今宵は、世界中から“かっぱらって”参りました至高の品々を、どうぞ心行くまで堪能し、そしてどうぞ! その温かい懐と交換で掌握してくださいませ!」


 何が面白かったのか笑いが起こる。恐らく“かっぱらって”と公言した辺りだろうか。彼女には理解できなかった。故に笑ったとしても失笑程度である。

 司会の男は頭全体を覆う金属のマスクのせいか、妙に籠った声をしていた。商品をカートで押してくるスタッフも全員同じマスクを着けており、客よりも素性の知れない雰囲気があった。

 盗品のオークションなれば当然の状況ともいえよう。わざわざ自身の顔を晒してまで表立つのは、ストーリー上のフィクションに過ぎない。なんせリスクが許容できないレベルで高いから。素性の一端でも漏れた日には、昨今優秀と言われる警察諸君が、右手に手錠、左手にショットガンを携えてやってくるだろう。そんな表舞台への進出など、望む輩はいない。

 ステージで木槌を叩く司会は、大げさに手を上げては商品の説明をしていた。

 やれ、エジプトより出土した曰く付きのエメラルド、その名も『奇跡の瞳』、だとか。

 やれ、とある貴族が所持していた大粒のブラックパール、それを恐れ多くも加工せしめた『黒貴婦人の首飾り』、だとか。

 やれ、深海云メートルに沈んだ悲劇の客船、その中にトランクを抱えた白骨死体が一つ! トランクいっぱいに詰まったものは、いかなる環境下でも錆も欠けもしない謎のコイン、その名も『オールドコイン』、だとか。

 声高らかに演劇調で語れば、何人かの客には効果テキメン。我こそはと手を上げて値を叫ぶ。

 窓がなく、空調が機能していないからだろうか、室温は客の熱気でみるみるうちにヒートアップしていく。

 暴食の客も壁際の客も、汗をだらだら、手でうちわ。

 彼女はといえば、優雅にハンカチで額の汗を拭っていた。

 ちらりと視線を移したのは、まさに競られている絵画の真横。

 並ぶ司会者とスタッフの姿だった。

 ライトに照らされたステージ上ほど熱い場所は、今のこの部屋にはないだろうに、どういうわけかマスクの隙間から汗の一つも見えないし、寧ろ余裕にもほどがあろうくらいに歩き回っている。こういうところも大げさだ。

 そして客を見回すと、先ほどまでの控えめな立食パーティーとは一変して、誰もが歓声を上げたり悲鳴を上げたり、中には競りに勝てなかったことを逆恨んで掴みかかる始末。

 全部、この熱気のせいだと納得する。

 熱すぎる室内で、熱に浮かされてしまった者の末路。証拠に、ある彫像の落札価格はすでに五千万に達していた。

 正常な判断をできなくするための会場。だから、窓がない。

 運営側は想像以上によく考えてセッティングをしているものだと感心している手前、それまで商品に興味を示していなかった彼女が顔を向けた。


「宴もたけなわ、本日最後の商品になります……どこから見つかったのか、誰が作ったのか、何の目的で? 誰のために? その全てが謎に包まれた一品! ですがこれだけは示せます。このサイズ、この純度の石を、我々は取り扱ったことがございません! ご覧ください! 『スフェーンの【肝臓】』です!!」



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