金木犀の葬送(二)
玄関から外に出ると、職員用の駐車場やグランドに、パトカーや消防車、報道機関の車が止まっていた。学校の敷地内には生徒の姿はなく、作業服やスーツ姿の男たちが、慌ただしく行き来している。
校舎に目を向けると、三階の自分の教室の窓だけに、ブルーシートが張られていた。校舎の他の部分には、全く損傷はない。風をはらんだ青い色が、不気味にはためいている。
「わたしの教室……だけ?」
違う。狙われたのはわたしだけ、だ。
留以花は背筋がぞくりとして、自分で自分の肩を抱いた。
「ああ、よかった。まだ残っている生徒さんがいたんだね。ちょっと、話を聞かせてもらえないかな?」
スーツ姿の中年の男が二人に駆け寄ってきた。腕に新聞社の腕章をしている。
「君たち何年生? 事故が起きたときの様子を教えてくれないかな?」
「え? ……あの……」
「たくさんの怪我人が出たんでしょう? どう思う?」
記者の言葉は容赦なく現実を突きつける。
自分を狙った不気味な力が、周りの人々を巻き込んだのだ。
「どうしたの? そんなに怖かった?」
青ざめる留以花の顔を、記者が無遠慮に覗き込んでくる。
「…………や……」
両手で顔を覆いその場に座り込みそうになったところを、ぐいと腕を引かれた。
「ルイカ。行きましょう」
ツクスナが留以花の耳元でそう囁くと、強引に手を取って走り出した。
「おい、君たちっ!」
後ろから追いかけてきたのは記者の声だけだった。
二人は校門を出たところまで走ると、足を緩めた。
留以花は、手を引かれるまま無言で歩いた。ツクスナも無言だった。
そのまま十分ほど歩き、街路樹の向こうに川の水面に反射する光が見えたとき、留以花が突然立ち止まった。
ツクスナが振り返ると、留以花は眼をぎゅっと閉じて、首を横に振った。ツクスナの手に、微かな震えが伝わってくる。
「……怖い」
あの川で、恐ろしい経験をしたのだ。トラウマになっても不思議ではない。
「そうですね。ここから離れましょう」
二人は来た道を少し戻った。
そこに、小さな公園があった。爽やかな秋風が、金木犀の芳香を運んでくる。
平日の午後の公園は、砂場で遊ぶ小さな子どもと母親しかおらず、静かで、ゆったりとした時間が流れていた。さっきの恐ろしい出来事が嘘のようだ。
二人は公園の隅のベンチに腰をおろした。
「ルイカ。落ち着いて聞いてください」
座ってからもしばらく黙っていたツクスナが、ようやく重い口を開いた。
俯いていた留以花が、ゆっくり顔を上げる。
「この身体は、コウ自身のものです。しかし、彼の魂は、この身体にはありません。彼の魂は、あの川で……消えました」
「消えた……って、それは……それは、死んだっていうこと?」
衝撃的な言葉に、彼の腕を思わず強く掴む。
彼は辛そうに一度目を伏せて、それから留以花の目をまっすぐ見た。
「……そういうことに、なります」
「うそよ! なんで! ここに、いるじゃない。コウ!」
留以花の瞳に、みるみる涙が溢れてくる。その雫は、その場に留めておくことができず、頬を伝いベンチに丸い跡をつける。
「いいえ、私は……コウではありません。コウのように振る舞っているだけです。彼はもう……」
皓太の顔で、皓太の声で、自分はもういないのだと告げる。
皓太とは違う表情、違う眼差し、違う口調で告げるのだ。
留以花も、目の前の人物が幼なじみとは別人であることは、とっくに分かっていた。けれども、皓太はきっとどこかにいるのだと信じていた。
それなのに……。
「わたしの……せい……だ。わたしが、あのとき……」
「ルイカ、あなたのせいではありません」
「だってコウは……わたし……を助けようと、して……」
皓太は自分を助けるために死んだのだ。
留以花は両手で顔を覆った。罪悪感が胸を強く締め付け、息をするのも難しかった。
「泣かないでください。コウはどうしても、あなたを守りたかった。あのとき、それしか考えていなかったのです」
「なんで、そんなこと……」
「分かります。この身体には、彼の記憶が残っていますから」
驚いて涙に濡れた顔を上げると、彼は静かな瞳でその視線に応える。
「彼の記憶は『ルイカを助けたい』という想いを最後に、途切れています。今、あなたは生きている。それはコウの強い想いが、遂げられた証拠です」
「でもっ、それでコウが死んじゃったら、しょうがないじゃない! だったら、わたしが死ねば、よかっ……た」
水に引きずり込まれたのは、わたしだけだったのに……。
コウがどう思っていようと、わたしのせいで死んでしまったことには変わりがない。
留以花は自分を責めずにはいられなかった。
「そんな風に考えないでください。コウは自分の命より、あなたのほうが大事だったのですよ。悲しい結果ですが、これは彼が望んだことなのです。だから、あなたは彼のためにも、自分を責めたりはしないでください」
「コウ……」
優しく諭すような言葉に、留以花がまた顔を伏せ、肩を震わせた。