出陣の朝(二)
やがて、三人は東の祭殿に着いた。東側に壁のない高床式の小さな祭殿は、主祭殿にほど近い。大きな篝火の明かりがぼんやりと届き、集結した大勢の武人達の声が騒がしく聞こえていた。
祭殿の床下は、先日、三人の犠牲者が安置されていた場所だ。目の裏に残るその光景を振り払うように頭を強く振ると、ルイカは階を踏みしめるように上がっていった。
火の灯されていない薄暗い祭殿の中には、普段、姫巫女の補佐をしている二人の巫女が控えていた。
身を伏せた二人の間に、大人の一抱えほどの直径の、大型の高杯が置かれている。
姫巫女は高杯の前まで進むと振り返った。
「ツクスナ。この高杯の上に、そなたの砂を山盛りにせよ」
「これに……ですか?」
彼はルイカの意図が掴めないまま、その命に従う。全身から光り輝く砂の力を立ち上がらせ、それを空中で渦巻くように一つにまとめあげると、器の上に流し落としていった。
ルイカや巫女達は息を飲んで、その幻想的な光景を見つめていた。
ものの数秒で、器の縁いっぱいに、薄闇に浮かび上がる銀色の砂山ができた。
「これで、よろしいでしょうか」
「ん……」
姫巫女は満足そうに頷くと、右手の人差し指をじっと見つめた。
ぽっという微かな音がして、爪の先に小さな黄金の炎が灯る。その目の眩む輝きを乗せた指先を、緊張した面持ちで前に伸ばすと、銀色の砂山の頂に、するりと炎が移った。
周囲から、おぉと感嘆の声が上がった。
これまで何が起こっているのか分からなかったヤナナにも、姫巫女の炎だけは見えた。彼女の目には、高杯の上の空中に、眩しい輝きがぽっかりと浮いているように見えていた。
姫巫女は胸を撫で下ろした後、顔をほころばせた。
「うまくいったわ。一気に燃え上がったらどうしようかと思うておったが、これなら大丈夫そうじゃ」
「そうか……。これが身代わり」
銀の山に灯る金の炎。
ツクスナは小さくとも力強い炎の揺らめきを見つめながら、半ば放心したように呟いた。
同じ炎を宿したような姫巫女の強い瞳が、彼に向けられる。
「さて、ツクスナ。次はわらわを蛇の目から隠すのじゃ」
彼は心得たとばかりに頷くと、今度は左手で、姫巫女の頭上に砂を投げ上げた。銀色の粒が、光を放ちながらゆっくりと降ってきて、彼女の全身を覆っていく。
「そなたの砂は、やはり美しいの」
全身に銀粉を纏ったような自分の姿を確かめるように、姫巫女はその場でくるりと回り、子どものような無邪気な表情で楽しげに笑った。そして、その後、表情を一変させる。
「これでわらわの力も、この胸に埋め込まれたあやつの力も、外から読み取ることはできまい。わらわの居場所を探れば、きっとこの炎の場所を示すであろう。ヨウダキよ。せいぜい騙されるが良い!」
姫巫女が豪気に言い放つと、周りの者たちは圧倒され、思わず床に膝をついた。
「そなたらは今日より四日間、この炎を守り通せ。そして、五日目の夜明けとともに、炎を消すのじゃ。これだけ小さい炎ならば、砂を払ってしまえば消えるであろう」
「はい。必ずや、仰せのように」
姫巫女の言葉に、二人の巫女は床に額をすりつけるように伏して応じた。
祭殿の中が徐々に明るくなってきた。東の空が白み始め、遠くの山々の影がくっきりと際立ってくる。
主祭殿から伝わってくる熱を帯びた気配も膨れ上がり、誰かががなり立てる声が聞こえてきた。
「姫様、急いで主祭殿へ参りましょう」
聞こえてきた声の主に気づいたツクスナに促され、三人は東の祭殿を後にした。
 




