壷に収められた小石たち(四)
表面を黒い煤で汚した青銅の鏡が、荒々しく木の床に投げつけられた。
「……なぜじゃ! なぜ、思い通りにならぬ! イヨ姫の自我は確かに封じたはずなのに、なぜあの小娘を操れぬ。あの状態で、なぜ、わらわに抗える!」
そう叫ぶと、女はがくりと床に崩れ落ちた。
両手と膝を床につき、肩で荒い息をしている女の顔の左半分と、まくれ上がった大袖からのぞく右腕に、蛇の鱗の文様が見える。
「姉様! ヨウダキ姉様!」
女と同じ場所に同じ文様を刻んだ少年が、慌てて駆け寄った。しかし、助け起こそうとした手をうるさそうに払いのけられ、不満のこもった瞳を姉に向けた。
「姉様、もういいだろ! あんな娘などいなくても、俺と姉様の力があれば、充分じゃないか!」
「エンダの言う通りだ。邪馬台国の姫巫女など、今さら必要ないではないか。なぜに、それほど拘るのだ。この先、邪魔になるというのなら、さっさと殺してしまえばいい」
部屋の隅で、姉弟の様子を肴に噛酒をあおっていた五十代ぐらいの男が、残忍な目つきで、にやりと口角を上げた。
白髪の混じる髪を撫で付けて低く長く結った美豆良は、邪馬台国のそれとは形が違う。貝紫の筒袖の衣と同じ色の袴、渋茶と生成りの縞模様の腰帯を身につけ、首には翡翠の大玉の勾玉を五つあしらった頸玉をかけている。環に菱形の飾りが付いた豪奢な環頭大刀が、床に置かれていた。
「誰がその地位に就かせてやったと思ってんだよ」
エンダと呼ばれた少年が、男に聞かれないように小さく毒づいた。
「小娘め……」
身体の芯が大きくぐらついて、ヨウダキはとうとう床に倒れ込んだ。
限界まで消耗し、身体の自由が利かない。頭が割れるように痛み、内蔵を逆流しようとするものを歯を食いしばってこらえる。
姫巫女がこの世界に戻ってきたのなら、まだ手に入る可能性があると思っていたが、姫巫女の力は想像以上に強大だった。
思ったような成果が得られなかったにも関わらず、その代償は大きい。また、しばらくはまともに動けないだろう。
「おのれ……」
ヨウダキはぎりぎりと歯を食いしばり、床に爪を立てた。そして、憤怒の形相を顔に貼り付かせたまま、無様な姿で気を失った。




