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かすかな記憶

 真円に近い月が夜空に上がっているはずなのに、換気用の窓しかない竪穴式の館には、その青白い光はほとんど入ってこない。部屋の隅にきられた炉の明かりが、ぼんやりと部屋の中を照らしているだけだ。

 普段であれば、姫巫女が休むときは、お付きの侍婢が同じ部屋で一夜を明かす。

 しかしこの夜、彼女達は別の館に移動させられていた。タダキはどうしても付き添うと言って聞かなかったが、何かが起こったときに彼女を巻き込むことを嫌ったルイカが、強い口調で遠ざけた。

 かわりに、枕元から少し離れた場所に、ツクスナが控えている。

 館の外には、数人の砂徒が警護に当たっているはずだ。砂徒長も近くの館に待機している。

 こんな物々しく不安な夜が、この先どれくらい続くのだろう……。

 現代にいた時も同様の経験をしたが、今回は、蛇の力を身体に埋め込まれてしまったせいで、精神的な重圧は比べ物にならなかった。

 禍々しい蛇の力が、身体の中で静かに増殖している気がして息苦しい。

 ルイカは深い溜め息をつくと、また寝返りをうった。

「眠れないのですか?」

 寝処からは見えない場所から、穏やかで優しい声がする。

「うん……」

「今晩、蛇の力が襲ってくることはないですよ。しばらくは来ないはずです」

「それは、分かっているけど……ね」

 大きな力を続けて使うことができないことは、ルイカにも分かっていた。

 現代にいたときも、蛇の力が立て続けに襲って来ることはなかった。

 今回の攻撃は、以前に比べて地味に感じるが、宮に張り巡らされた強固な結界をかいくぐるために、かなりの妖力を必要としたはずだ。だから今回も、消耗した力が回復するまでは仕掛けてこないだろう。

 衣擦れの音がして、ツクスナが近づいてきたことを感じ取る。

「手をつなぎますか?」

「は?」

 予想外の言葉に驚いたルイカが、彼の気配に顔を向けた。

 部屋が薄暗い上に、炉の明かりが逆光になって、彼の表情はよく見えない。

「頭を撫でて差し上げましょうか? おんぶして散歩をしてもいいですよ。姫の小さかったときは、よく、そうやって寝かしつけたものです。どうしても、寝付けないときでも、おんぶしてあげると、あっという間に眠ってしまわれた」

 彼の大きな影が、当時をしみじみと懐かしむ。

「もぉ! 子ども扱いしないでよ! ……でも、ツクスナに寝かしつけられたことって、姫の記憶にはほとんど残っていないわよ」

「でしょうね。そんなことをしていたのは、姫が本当に小さかったときです。姫が成長されてからは、男の私が夜間に館に入ることはなくなりました。そう言えば、こんな時間にここにいるのは、ずいぶんと久しぶりです」

 ツクスナは足を崩し、ルイカの枕元に腰を下ろした。

 彼の方から、姫の思い出話をするのは初めてだった。彼なりに、心の整理ができたのだろう。

 炉の炎の橙色に縁取られた鼻筋の通った綺麗な横顔に、懐かしさを感じる。

 幼かったイヨ姫の記憶はおぼろげでも、感覚として残っているのかもしれない。

「私はここにおりますから、安心してお休みください」

 言い聞かせるように囁く言葉も、いつか聞いたことがある気がした。

「……うん。おやすみ」

 彼に寝顔を見られないように、掛布にもぞもぞと潜り込むと、また、静けさが戻ってくた。炉の火が爆ぜる微かな音が、妙に耳につく。

 言いようのない不安が、身体の中を這い回る。

「ツクスナ」

 そっと呼びかける声にツクスナが顔を上げた。

 小さく丸まった掛布の端から、小さな右手が出ている。

 彼はふっと笑ってもう少し近く寄ると、何も言わずにその手を握った。

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