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最期の記憶(三)

 執拗に砂の壁を襲う蛇の体表から、しゅうしゅうと煙が上がり始めた。ツクスナは、前方の人影を射るように鋭く睨みながら、放出する力を強めていく。

「ヨウダキでは……ない?」

 相手は意外にも、顔の左半分と右腕に蛇の鱗の文様を刻んだ、十五、六歳ぐらいの少年だった。ムラの人々と同じ簡素な衣を身に纏っているが、首には黒い勾玉をいくつも組み込んだ頸玉を掛けている。この時代に珍しい肩に着かない短髪が、妖気で逆立っていた。

 口端を上げた余裕の表情だった少年の顔に、徐々に焦りの色が見えてきた。

 四方から、互いに呼応する複数の指笛が鳴り響く。

 その音を耳にしたツクスナがにやりと笑った。

 蛇の力を操る少年の背後から、突如、大刀で切り掛かる影。

 少年は、その刃をすんでのところでかわし、新たな敵に右手を向けた。

 大刀の男は砂の文様が刻まれた左腕をかざして砂の盾を作ったが、強力な蛇の力に吹き飛ばされた。

「こっちだ!」

「逃がすな」

 さらに二人の砂徒が、大刀を手に駆けつける。

 複数を相手に、自分が不利であると悟ったか、少年が身を翻した。

「待て!」

 ツクスナは周囲に築いた砂の壁を解き、逃げる少年を追おうと身体を動かしかけた。しかし、背後にかばったルイカを一人にすることはできない。奥歯を噛んで、少年が消えた場所を睨むと、親指と人差し指を輪にして口にした。そして、一瞬の逡巡の後、最初に考えたものとは別の意味の指笛を吹いた。

 深追いするな——。

 この日、密かに周囲の警護に当たらせていた砂徒たちは、実力者ばかりだ。しかし、相手の右腕に宿る蛇の力は、明らかに彼らの左腕の砂の力を凌ぐ。直接、相対するのは危険だった。

「ルイカ。大丈夫ですか」

 苦い思いで振り返ると、ルイカが土の上で小さく身体を丸め、苦しそうに喘いでいた。

「ルイカ! どうしたのですか、ルイカっ!」

 慌てて傍らに膝をつき、ぐったりした身体を膝の上に抱き上げる。

 蛇の力は完璧に防いだはずだった。彼女の身に何が起こったのか、分からなかった。

「しっかりして下さい。ルイカ」

「う…………。ツクス……ナ……」

 何度か呼びかけるうちに、彼女が早く浅い息の下から、薄く眼を開いた。

「良かった。気がつかれたのですね」

 しかし、虚ろに開いた彼女の瞳には光がなかった。確認するようにその瞳を覗き込むが、自分の姿はおそらく映っていない。

 何かを言いたげに震えていた色のない唇から、かすれた声が漏れた。それは徐々にはっきりと、悲痛な色を乗せていく。

「い……や、やめて。ここから出して! お願い、やめて!」

「……ルイカ?」

 彼女の両手が、すがるように伸ばされた。髪を振り乱し、必死に叫ぶ。

「お願い、ツクスナを殺さないで!」

 その言葉に、ツクスナが大きく息を飲んだ。

 血の涙を流しているかのような彼女の瞳は、目の前の自分ではなく、何か別のものを見ている。

 何か別の……光景を見ている。

「ルイカ、まさか……それは」

 彼女の言葉と必死の表情から思い起こされるのは、二年前の忌まわしい事件。

「いやぁぁぁぁー! やめて!」

 ルイカはツクスナの腕の中で大きくのけぞり、あのときの姫と同じ、絶望の悲鳴を上げた。

 完全に再現された悲痛な叫びは、ツクスナの胸を深くえぐった。彼はぐったりとした小さな身体を抱きしめたまま、凍り付いたように動けなくなった。


 ずっと、姫をお守りするのだと心に決めていたのに。

 あのとき、生き残るべきは自分ではなく、姫の方だったのに。


 ——ツクスナを殺さないで!


 姫がそう望んだのなら、せめて伝えたい。

 私は、生きているのだと。

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