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邪馬台国の宮(二)

 懸命につま先立ちをしている足元がぐらぐらしているのが、床に座ったままのツクスナからはよく見える。彼はふっと笑うと、片膝をたてて跪いた。

「私の膝の上に登るといいですよ。もっとよく見えるはずです」

 背伸びをするルイカと、跪くツクスナ。それなのに、首を巡らせて彼を見たルイカの視線は、ほんの少し下がっただけだった。

「そ、そんなことしなくても、ちゃんと見えるからっ!」

 子ども扱いされたようで腹が立ち、ぷいっとそっぽを向くと、彼は苦笑しながらゆっくりと立ち上がる。隣にぬっと大きな影ができた。

 ルイカは遠くを見る振りをしながら、横目でちらりと隣を見た。

 彼の身長はこの時代の人間には珍しく、軽く百八十センチは超えるだろう。イヨ姫の身体を借りた今の自分の身長では、背伸びをしたって彼の胸にも届かない。まるで、大人と子どもだ。実際、そうなのだが……。

「イヨ姫って、今、十三歳なんでしょ? どうして、この身体はこんなに小さいのよ。私が同じぐらいの年のときは、もっと大きかったと思うわ」

 そう言われたツクスナが、掌をルイカの頭に置いて、自分と比べてみる。

「うーん、そうですね。姫様はもともと小柄な方ですが、どうやら魂が離れていた二年の間、身体は全く成長されていないようですね」

「じゃあ、これって十一歳サイズってこと? ……にしたって、小さすぎない? 小学校の高学年ぐらいなんだし」

 その疑問に、彼がしばらく考えるような様子を見せた後、「そうか」と目を見開いた。

「ルイカの時代とこことでは、年齢の数え方が違うのですよ。ここでは生まれたとき既に一歳。その後、冬至の日に一つ年を取ります。ですから、この時代の十三歳は、ルイカの時代ではおそらく十一か十二歳ではないかと」

「はぁ? なにそれ! ……ってことは、二年間成長していないこの身体は、わたしの時代では九歳ぐらいのサイズってこと?」

「おそらく……」

「う……そ。小学校三年生ぐらいなの? まだ、本当に子どもじゃない」

 現代では十五歳の中学三年生だった。身長は百六十六センチもあり、小柄な皓太に乗り移っていたツクスナを見下ろすほどだった。

 なのに、どうしてこんな小さな子どもの姿に……?

 ルイカはショックのあまり、ごつんと手摺に額を預けた。思いのほか痛くて、小さなうめき声をあげる。

「大丈夫ですか、ルイカ」

 心配そうな声の主に、ルイカは恨めしそうな目を向けた。

「じゃあ、ツクスナは、一体、今いくつなのよ? 向こうで聞いたときは二十歳だって言ってたけど」

「あの時はつい、そう言ってしまいましたが、あっちの世界の数え方では、本当は十八歳ぐらいだったのですね。コウの身体を借りていたので、見た目は十四歳でしたが……。でも、こっちに戻ったら二年経っていましたので、今は二十二。あっちの数え方では、今度こそ二十歳。ややこしいですね」

「……も……いい。考えたくない」

 腕組みをして一人で納得している彼を尻目に、がっくりと肩を落とす。理由はどうあれ、今の自分が小さな子どもの姿であることには変わりないのだ。

「あっ、ルイカ。派兵していた邪馬台国軍が戻ってきたようです」

 ヘコんでいるルイカの気をまぎらわせようとしてか、ツクスナが明るい声を上げた。

 手摺に預けていた額をよろよろと離し、つま先立ちになって、彼が指差す方向に目を向ける。長く伸びた道の向こうに、人の集団が黒い塊となって見えた。なんとなく霞んで見えるのは、軍勢のたてる砂埃のせいだろう。

「ざっと二百名といったところでしょうか。全軍ではないはずですから」

 しばらく眺めているうちに集団が徐々に近くなり、一人一人の様子が分かるようになってきた。

 集団の先頭には、ツクスナと同じ独特の出で立ちの、指揮官と思われる砂徒が二人。後ろに続く男達は、髪を美豆良に結い、質素な貫頭衣に木製の胸当てや胴を身につけ、木の盾や弓、長柄の矛、大刀などで武装している。

「あれ?」

 よくよく見ると、隊の先頭付近に、長弓を背にしたすらりとした人影があった。日に焼けた肢体は引き締まって細く、長い髪を頭の高い位置に束ねた姿は、どう見ても……。

「ねぇ、邪馬台国軍には女の人もいるの?」

「あぁ、あれはヤナナです。そこらの男では歯が立たないほどの、優れた武人ですよ。特に長弓は、この国で一、二を争う腕前です」

「へぇ……、女の武人か。かっこいい」

「あまり、じっと見ない方がいいですよ。すごく、勘が鋭い娘ですから……。あ、遅かったか」

 ルイカは一瞬、立ち止まった女武人と目が合った気がした。

 次の瞬間、彼女はがばりと地に額を付けてひれ伏した。

 やや遅れて、砂徒の二人もその場に跪く。後ろに続く男達は、訳が分からぬまま、先頭に倣って次々と平伏していく。

 約二百名もの武人たちが列の後方に向かって、波が起きたように地に伏していく様は、あまりにも壮観だった。

「ひゃあああっ! な、なんでっ!」

 ルイカは仰天して、手摺の内側に身を隠して縮こまった。

「はははっ。やっぱり、気づかれてしまいましたね。誰がいたのか本当に理解して伏しているのは、先頭の三人だけでしょうが」

 ツクスナが、地に伏した武人達と、おろおろするルイカを面白そうに交互に見た。そして、鋭い指笛を二度吹くと、隊の先頭にいた砂徒に腕を振って合図を送った。

 平伏していた武人達は、立ち上がって隊を整えると、また整然と歩き始めた。

「やめて欲しいわ。あんなの」

 ルイカは陰に隠れたまま、ぶつぶつと文句を言った。

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