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月の砂(一)

 家に帰ると、留以花は二階の自分の部屋に上がっていった。濡れた制服からラフなTシャツとショートパンツに着替えてリビングに戻ってくると、そこに待っているはずのツクスナの姿がなかった。

 部屋から庭のウッドデッキに続く引き違いのガラス戸が開けられていて、風がカーテンを揺らしている。

「ツクスナ?」

 ウッドデッキに出てみると、庭に少年の姿があった。彼は、左手を芝生について屈み込んでいた。身体を丸めてじっとうつむき、祈りを捧げているようにも見える。

 留以花が近づくと、気配に気づいたツクスナが、肩越しに振り返った。彼の左手の下には、銀色の砂のようなものが丸く広げられている。庭には、他にも何カ所かに、小さく光る物が置かれていた。

「それは……砂?」

「やはり、視えるのですね」

 彼は軽く微笑むと立ち上がった。

「手を出してもらえますか」

 言われるままに右手を前に出すと、彼はその手に自分の右手を添えて掌を上に向けさせ、軽く握った左手から、銀色に輝く砂を流し落とした。

「わ!」

 まるで、手品でも見ているかのようだった。

 少し風があるにも関わらず、その繊細な光の粒は一粒もこぼれずに、細く真っすぐ、手に落ちてくる。掌にできた小さな銀色の砂山に指先でそっと触れると、山は細かな光を反射させながら、さらさらと崩れた。

「きれい」

 手の中のものに見とれていると、彼がふっと目を細めた。

「少し込み入った話をします。その砂を握っていてください。落ち着きますから」

「う……うん」

 指を閉じると、ひんやりとした砂が、手の中でキュと小さく音を立てた。

 二人はリビングに戻ると、テーブルを挟んで向かい合わせに座った。

「今の時代の人々が、弥生時代と呼んでいる頃の話になります」

 彼が話し始めた。

 なんとなく、違和感を感じる表現だった。しかも、いきなり弥生時代の話から始まるのだから、留以花には訳がわからない。

「その時代、邪馬台国の女王卑弥呼が倭国という国を治めていた。女王亡き後、男王が立てられたが、国が荒れ、十三歳の壱与を王とした。……このように歴史の授業で習ったと、コウの記憶にあるのですが?」

 戸惑いながらも頷くと、彼は眉間にしわを寄せこめかみを押さえた。

「本当に、そういう歴史になっているのですか? 十三歳で王になったと……」

「そうよ。中一のときに習ったけど、自分と同い年で女王になるなんてすごいなーなんて思ったもの。でも、それが何か関係あるの?」

 彼は、しばらく思案を巡らせる様子を見せた後、思い切ったように言葉を続けた。

「私は、その壱与姫に仕えていた者です」

「は?」

「私は、あなた方が弥生時代と呼ぶ時代の、邪馬台国から来ました」

「うそ。そんな、まさか!」

 あまりに奇想天外な話に、留以花が思わず驚きの声を上げた。

 今、目の前にいる皓太に乗り移っている男は、遥か太古の時代から、タイムスリップでもしてきたとでもいうのか。未だにその場所さえ判明しない、幻の古代の国から来たというのか。

「冗談でしょ。そんな嘘みたいな話」

「信じられないのも、無理はありません」

 ツクスナが遠い眼をした。

 そして、壱与姫が蛇の鱗の刺青を入れた男に襲われ、彼女の魂がどこかに飛ばされてしまった話までを詳細に語った。しかし、自分自身が死に瀕していたことは伏せ、ただ「姫の魂を探しに来た」のだと説明した。

「そう……だったんだ。それで、姫様は……」

 見つかったの? と聞こうとして、自分を見つめる真剣な視線にぶつかった。留以花はその質問の答えを、彼の瞳の中に見た気がした。

「え……うそ。まさか、わたしだっていうの?」

 彼が眼で頷いた。

「それが、あなたが今、危険な目に遭っている理由です」

 留以花は息が止まるかと思った。

 私が——?

 右手に握っていた砂が、微かに鳴いた。

 ツクスナが嘘を言っているとは思えなかった。彼の瞳には真摯な光があり、言葉はどこまでも誠実だった。自分が得体の知れない力に襲われたことは否定しようのない事実だし、蛇の鱗のような模様という不気味な共通点もある。

 けれども、自分が弥生時代に生きた壱与姫だと言われても、非現実的すぎる。これまで起きた全ての出来事も、夢ではないかと思うほどなのに。

「そんなこと、あり得ないわ! わたしは邪馬台国なんて知らないし、壱与姫の記憶だってない!」

「……そのようですね」

「ツクスナはその時代のことを覚えているんでしょ? 私には、子どもの頃からの普通の記憶しかないわ! わたしが壱与姫のはずがないじゃない!」

 かっとなった留以花は、椅子から立ち上がった。

 彼の方は冷静だ。テーブルに肘をついて口元で指を組み、上目遣いで留以花を見る。

「私も最初は、姫が姫のままでこの世界にいるのだと思っていました。自分と同じように、あの時代の記憶もあるのだと。しかし、あなたはそうではないようです。おそらく姫の魂が、別の人間として、この世にもう一度生まれた。……転生と言うのでしょうか」

 転生——生まれ変わり。

 それは、同じ魂を持っていたとしても、別の人間だ。

「万一、わたしが壱与姫の生まれ変わりだったとしても、わたしが襲われる理由にはならないでしょ。そんな昔の話なのに」

「敵は、あなたを恐れているのでしょう」

「……恐れている? 何を?」

「あなたの、力を」

「力って何? ツクスナのこの砂のような? だったら、わたしには何もないわ!」

 留以花が握っていた砂をテーブルに叩き付けた。繊細に光る粒が、微かな音を立ててテーブルの上で跳ねる。

 わたしには何の力もない。危ない目にあったとき、助けてくれたのはコウとツクスナだ。

 自分にツクスナのような不思議な力があったなら、コウは死ななくてもすんだかもしれないのに……。

 唇を噛んでうつむく留以花を見ていた彼が、片方の眉を少し上げた。

 テーブルの上に散らばった砂が渦を巻いて一所に集まり、まるで時間を逆回転させたかのように、留以花の掌に戻っていく。

「だから、わたしにこんな力はないって言ってるじゃない! 壱与姫の生まれ変わりなんて、何かの間違いよ! どんな証拠があって、そんなこと言うの」

 留以花がキッとした目で彼を睨んだ。

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