プロローグ
「……ばか」
留以花はここ一週間ばかり、何度も同じ言葉を投げかけていた。
罵りの言葉だけでなく、時には、学校での出来事や、思い出話だったりもしたのだが、何を言っても、皓太は一度も答えてはくれなかった。
彼は口元に薄く笑みを乗せた穏やかな表情で、目を閉じている。ここが白い壁に囲まれた病院の一室でなければ、ただ眠っているだけのように見えた。
学校帰りに病室に立ち寄った留以花は、水色のスカーフを結んだ半袖のセーラー服姿だ。彼の顔を覗き込んで俯くと、肩につかない長さに揃えられた髪が、さらさらと頬にかかった。
「ばか。なんで、わたしなんかを助けようとしたのよ」
悔しくて、唇を噛む。強い罪悪感が、胸に絡み付いて縛り上げる。
自分を助けようとしなければ、彼はこんなことにはならなかったのだから……。
留以花は指を伸ばし、茶色がかった彼の短い前髪に触れた。
「え?」
彼の瞼がぴくりと動いた気がした。
「コウ? コウ!」
思わず彼の両肩に手をかけ、身体を揺すって名を叫ぶと、彼の口から微かなうめき声が漏れた。
守りたい。助けたい。
自分はどうなっても構わないから、彼女は……ルイカだけは……。
ぼんやりと開いた少年の瞳に、少女の姿が映った。
「コウ、気がついた? 分かる? コウ!」
すぐ目の前で、必死に名を呼ぶ少女。彼女の大きく見開かれた目に、みるみる涙があふれていく。
少年が『守りたい』と強く願った相手は、この目の前の少女なのか?
彼は朦朧とした意識を探る。
……そうだ、この娘は。
「ルイ……カ?」
彼の焦点が、ようやく少女の瞳に結ばれた。
その瞬間、強烈な直感が、彼を貫いた。