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現代ハンターの父はこんな人(ユキ目線)

 ルドルフの、シワクチャでゴツゴツとした逞しい指先が、私の足に触れる。

 足首に湿布を貼られ、包帯を巻かれて、ソファで横になるように言われた。ルドルフは私のすぐ近くにマットレスを敷き、ケイくんに腰を揉むよう要求している。

「おぉうっ……! やっぱりケイジのマッサージが一番効くぞっ……!」

 うつ伏せになっているルドルフの上にしゃがみ込み、苦笑いを浮かべながらゆっくりと上下に動くケイくんの様はやらしい事をしているように見え、なんだか面白い。

 ルドルフが「おぉう」という喘ぎ声を漏らす度に、ケイくんは苦笑いを更に深めていった。

 こういったエロチズムを感じる場面を目の当たりにすると、元彼氏との思い出が、記憶の表面を覆うようにして蘇る。元彼氏も私も性行為に対してそれほど興味が無く、元彼氏の死期が近いという事が判明するまで一度もそういった事は起こらなかった。

 あの時は二人共、純情だったな……と、昔を懐かしむ。そして昔を思い出すといつだって、彼氏が悪魔に魂を引き剥がされた場面を同時に思い出してしまい、胃が痛くなる。

「そこっ! ケイジそこだっ! おおぉうっ!」

「ルドルフ……気持ち悪い声出さないでくれませんか?」

「そうですよ。ルドルフわざとですよね? 私にセクハラしてるんでしょ?」

「うるせぇんだよガキ共。どんな声を出そうがオイラの勝手だろおぉんっ!」

「ははっ。元気なお爺ちゃんだこと」

 いい気分と嫌な気分を同時に味わいながら、私はルドルフとケイくんから視線を外し、前開きに着ているコートの裏ポケットから銀のスローイングナイフを取り出して、指を刃先に当てる。チクリとした痛みだけが走り、本当に私は怪物になっているのかと、疑問を抱いてしまう。怪物の大半は、銀が苦手であるからだ。

 しかし、吸血鬼が支配していた田舎町で、私を含んだ多くの若い女性が囚われ、ケイくんがブチギレて、一般の人でも知っているバチカン所属の伝説的ハンター、ヴァン・ヘルシングの如く、吸血鬼の基地を壊滅させたあの時、吸血鬼の血を飲まされた私は、吸血鬼に変異する事は無かった。

 スターシップという様々な怪物の特徴や武器を併せ持っている特殊な怪物が、近年アメリカで発見されたという情報は知っているのだが、基本的に怪物は他の怪物に変異しない。つまり私も、これ以上変異する事は無い。

 魔女のローラちゃんに頼み、利き目を犠牲にした上で、人体や精神、魂に影響が最も少ないと言われている人工怪物に変異させて貰ったのだが……その事を後悔しているかのような感情が連日、私を襲う。リスクは相当高くなってしまうが、もっと強い、他の怪物になるべきだったのでは無いかと悩んでいる。

 せめて身体能力が人間よりも多少高い、人間と共存出来る程度には理知的な、ネコマタの類にでもなれれば……と思うのだが、ネコマタは元々動物が変異したものだし、ネコマタには人間を変異させるような感染能力がない。それに動物の特性上、ネコマタは自身よりも強力な力を持っている相手に怯えてしまう。それは本能に刷り込まれている事なので、克服は出来ないらしく、ハンターをするには大変微妙である。

 私はナイフをポケットにしまい、悪魔の卵を隠すために付けている眼帯を触り、波立っている心を落ち着けるため、そのまま目を閉じた。


 ……もう既に、銀が効かないという大変中途半端な存在の人工怪物になってしまっているのだから、仕方ない。

 そもそも違う怪物になり、我を失って人間を襲ってしまったりでもしたら、その地点でハンターの駆除の対象だ。

 私の隣には日本最強であろうハンターが、二十四時間居る。どんな怪物でも駆除してしまう、怪物の天敵。つまり私の選択枠は、今の怪物になる以外、無かった。解っている。

 解っている……私自身の自力を上げるしかない……解っている……。

 解っているのだが……どうしても、落ち着かない。どうしても、納得がいかない。

 このモヤモヤとした感情と付き合い始めて二年近くが経ち、私の性格が変化していくのを、感じていた。

 私は今や、心までもが中途半端な怪物と、なっている……。


「お嬢ちゃん起きな」

「ん……?」

 ルドルフの声に私は起こされ、寝ぼけ眼をゴシゴシとこすり、蛍光灯の明かりが点けられているルドルフの家のリビングを見渡した。

 どうやら夕食にしているらしく、Lサイズのピザの箱が五枚、ちゃぶ台の上に積み重ねられており、それを取り囲むようにして、一緒にゾンビを狩ったハンター達がピザに貪りついている。

 ふとゴミ袋へと視線を向けると、そこには既に大量のビールの空き缶とピザの箱がギュウギュウに詰められており、どれだけ食うんだと、少し呆れてしまう。

 ハンターという人種は不思議で、皆ピザとビールが好きだ。しかもピザと名の付くものなら何でも好きらしく、ケイくんも良くブリトーのピザ味やピザまんを食している。

 高タンパク高カロリーな上、片手で手軽に食べられるから……だろうか。しかしそれならハンバーガーでも良いような気もするのだが、ケイくんとルドルフはハンバーガーをあまり好まない。謎だ。

「早く食べねぇと無くなっちまうぞ。ハンターは皆フェミニストだからな、お嬢ちゃんの分を残すなんて甘い考えは通用しねぇぞ。さっさと食え」

 ルドルフの声に身長が高く長髪のオジさんことハットリさんがピクリと反応し「俺はフェミじゃないけどね! メシ以外の事ならいつだって淑女の味方だぜ!」と、私の目を見つめてウィンクをした。私はそれを受けて「ふふっ」という笑い声を漏らす。

「起こして下さーい。足いたーい」

 私の声を受けて一番にケイくんが立ち上がろうとしたのだが、私はケイくんの目をキッと睨み、座らせた。

「ハットリさーん起こしてー」

 私の声はまるで父親に甘える子供のようなものが、発せられていた。

 ルドルフを除けばこの場で最年長であるハットリさんに可能な限り師事を仰ごうと、ルドルフの説教を受けてから決意していた。

 だからまずは、仲良くならなければ。


 ゾンビの大群を皆殺しにした祝勝会のような一幕が終わり、ケイくんとハットリさん、リブリーさんは、晩秋の寒い夜だと言うのに、冷たいコンクリートの床の上で眠った。

 灯油ストーブが点けられてはいるのだが、それでも寒いだろうに。男ハンターのこういっただらしの無い部分は、あまり好きになれない。

「全く……」

 私はまだ少し痛む足首に鞭打って立ち上がり、タオルケットを持ってきて、山で汚れたままの汚い服装をしている三人の体の上に、そっと掛けた。

 コイツら、昨日山で戦った後に一度も服を着替えていない。つまりシャワーも浴びていないという事。そしてそれは、私も同じ事。

 その事に気付いた私は、急に体中がむず痒くなってきたような感覚に襲われ、頭をポリポリと掻きながらお風呂場へと歩を進めた。

「おっ、嬢ちゃん」

 お風呂場へ向かう途中にある、地下へと続く階段からルドフルが現れ、私に話しかけてきた。その腕には全長で一メートルを超えた、とても大きな木の箱が抱えられており、歩く姿がなんだか危なっかしく見える。

「ボウガン、百発百中なんだろ? 凄ぇじゃねぇか」

「……うん。私、凄いよ」 

「ふはは! まぁ、自分で言いたくなるのも分かるわ。利き目を失って距離感が掴みにくいだろうに、投げナイフなんてものを会得した上に、ボウガンは一度も外してないんだからな。本当に大したもんだと、オイラぁ思ってる。そこでだ」

 階段を登りきったルドルフは、ゴンという音をたてながら木の箱を乱暴に地面へと下ろし、箱の上面にあるスライド式の蓋を開けた。

 するとそこには、大きな箱にスッポリと収まっている、くすんだ銀色の、大きな十字架が入れられていた。

「こいつをお嬢ちゃんに託そうと思う」

「……十字架?」

「馬鹿野郎かお前は。なんでボウガンの話してんのに十字架を託すんだよ。ボウガンに決まってるだろ」

「……えっ!」

 私は改めて箱の中身を見つめた。しかし私の目には、どうしてもただの十字架にしか見えない。

 私の怪訝そうな表情を見て察したのか、ルドルフは箱の中から巨大な十字架を取り出し、先端を私に見せた。そして「ここから矢が出る」と言い、ゴツッという音を立てながら銃口を地面にあてる。

 箱から取り出された十字架をまじまじ眺めて見ると、引き金やつるを引くレバーが付けられており、確かにボウガンのように見える。

「十字になってるこの部分につるが入っていて、ショットガンのようにこのレバーを引けば、自動的に矢が装填される。これだけだと二本の矢を入れるのが限界だが、外付けの部品を付ければ最大八本までの矢が装填可能になる。まぁーソイツを付けるにはドライバーが必要だし取り外しも面倒くせぇが、郊外だと絶大な武器になるだろうよ」

 ルドルフはニヤリと笑い「ちなみに中身は鉄と木で出来てるが、十字架部分は銀製で、鈍器にも使える」と更に説明を付け加え、ボウガンをクルリと床の上で半回転させて引き金が付いているハンドル部分を私のほうへと向けた。

「これ……私に……?」

「あー。くれてやる。オイラが若い頃イギリスで狩りをしてた時に使ってたシロモンだ。大事にしろよ」

 私はボウガンのハンドルを握り、片手で持ち上げようとするが、ほんの少しだけ浮き上がっただけで、再びゴツンという音を立てながら地面に降ろしてしまった。

 ……思った以上に、重い。

「ふはははは! 貧弱だなぁ嬢ちゃんは。当面はそいつを使いこなすために筋トレだな」

「……馬鹿にしないで」

 私は左腕に渾身の力を込めて、十字架型のボウガンを持ち上げる。そしてレバー部分に右手を当てて、腰を落として身構えた。

 意外にも重さが安定感を生み、照準がぶれない。それに質感が、玩具の延長のような今でのボウガンとはまるで違う。これぞ魔を狩るための聖具。といった、迫力がある。

「……いいね」

「だろぉー? オイラが死んじまう前に誰かに託したかったんだが、よーやく託したいと思えるヤツが現れてくれたわ」

 ルドルフの言葉に、私の全身は鳥肌が立った。

「え?」

「あん?」

「……ううん」

「あんだよ嬢ちゃん、どうかしたんか?」

「なんでも無いです……」

「変な野郎だなユキは」

 私はボウガンの発射口を床に下ろし、目を擦った。

 嬉しくて、目を擦った。


※ヴァン・ヘルシングについては原作版では無く映画版を参考に書かせて頂いております。

 原作版のドラキュラにまつわるヴァン・ヘルシングやハーカーについては、恥ずかしながらWIKIで知った知識しか無く、ほとんど無知と変わりません。

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