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現代ハンターの父はこういう人(ケイジ目線)

 彼の家は京都府の、観光地や中心地から遥か離れた場所にある。

 車で山道を登り、突き当たった場所から更に数分ほど歩かなければならないという、大変不便な場所に住んでいて、こうして会いに行くのも一苦労である。足を挫いているユキちゃんにはこの山道を歩くのは相当キツいらしく、木の枝を杖に、息を荒くさせながら登っていた。

 それでも僕の「手をかそうか?」の言葉には「結構ですから」という冷たい声で応えてくる。一体、何が彼女をそうさせているのか謎だ。

「お嬢ちゃん無理すんなって。オンブしてやろうか?」

「いいです……自分で歩けますから」

 一緒にゾンビ狩りをした、背が高く髪が長い、気のいいオジさんであるハットリさんの言葉にも、ユキちゃんは冷たい声で応えている。その声を聞いたハットリさんは僕の顔を見つめ、両手を上げながら「ツレねーお嬢ちゃんだな」と、僕に対する同情とも取れるような声で呟いた。僕は彼の言葉に「はは」と苦笑いを浮かべるので精一杯である。なんて言えばいいのか、分からない。

 

 いつも以上の時間を掛けて、僕とユキちゃん、ハットリさん、そしてハットリさんの相棒のリブリーさんは、彼の家の前へとやって来た。

 木造一戸建てで木材が外から丸見えの、今にもお化けが出そうなほどに不気味な外観のこの家には「現代ハンターの父」と言われている、御年七十歳の、イタリア人とイギリス人と中国人と日本人の血が流れているという事を自称しているお爺ちゃんが、一人で暮らしている。

「ルドルフー、来たぞー」

 気のいいオジさんことハットリさんは、インターホンの付いていない家の扉を二度ほどノックし、大きな声で彼の名を呼んだ。すると家の中からガタガタという物音が聞こえ、彼がまだ生きている事を教えてくれた。

「またAV見てたなジジィ」

 僕達の前では決して険しい表情を見せなかったリブリーさんの眉間にシワが寄っていく。どうやらルドルフとリブリーさんは少し離れた親戚らしく、顔の作りも確かに似ており、孫だと言われても信じてしまうだろう。

 しかしルドルフとリブリーさんの距離が近過ぎるせいか、どうにも上手く行っていないらしい。ルドルフから、ハットリさんとリブリーさんを紹介された際の「糞野郎とオカマ野郎」という言葉から、仲は良くないんだろうなぁと、察しはついていた。

「ったくよぉ、来るなら連絡よこせってんだ糞野郎共が」

「しただろうが、クソジジィ」

「山登る時に連絡しろっつってんだよ!」

 家の扉を開けながら悪態を付いているルドルフのズボンは、半分までしか上げられていなかった。

 リブリーさんの言う通り、本当にAVを見ていたように思える……そろそろ七十一を迎えようと言うのに、元気な事だ。僕よりも性欲を持っていらっしゃる。


 ボロボロの外観とは打って変わり、ルドルフの家の内装は、意外にも近代的だ。

 電気ガス水道が通っているのは勿論だし、光ファイバーも通っており、全部屋に行き届くワイファイも完備されている。さらに付け加えるとボロボロの木造に見える外観は、人が住んでいないという事を演出するためのフェイクであり、内側は堅牢さを求めたコンクリート造りになっていて、そのコンクリートが剥き出しの壁はオシャレにすら見える。

「ユキちゃんの足、診てくれますか? 挫いたみたいなんですけど、病院にも行きたがらなくて、困ってるんです」

 家に入るなり僕がそう口にすると、ルドルフはシワだらけの顔の眉間に更なるシワを寄せ、僕の顔を睨んだ。ルドルフの瞳は流石歴戦の雄といった所で、中々に鋭い眼光をしている。

「なんだ、怪我させたのか? お前が付いていながら」

「はは……いやぁ、僕、付いてなかったんですよ。ユキちゃんが勝手に」

「ヘラヘラしてんじゃねぇぞガキコラガキ。女一人守れないで、何が怪物の天敵だ馬鹿野郎が」

 ……やはり僕は、お年を召した方は苦手である。まず、話を聞いてくれない。

「……すみません」

「大体にしてお嬢ちゃんを一人にするヤツがあるかってんだ。お前はお嬢ちゃんにサポートさせるんじゃなくて、お前がお嬢ちゃんのサポートをしてやれって何回も言ってんだろうがよガキコラガキ。じゃねぇとお嬢ちゃんはいつまで経っても成長しねぇんだよ。今回の怪我も、お嬢ちゃんが成長出来ないのも、全部お前が悪いんだからなケイジコラ聴いてんのかガキコラ」

「おいジジィ。てめぇいい加減にしろよ。お嬢ちゃんが勝手に山ん中に入ってったんだよ。ケイジ君は俺たちを呼びに来てたんだよ」

 すかさずリブリーさんが反論するも、ルドルフは全く聞く耳を持たずに無視をして「お嬢ちゃん、そこに座りな」と、ユキちゃんを布地のソファーへと座らせ、ズボンをまくり上げて足首を見た。無視されたリブリーさんは両手を上げて「糞ジジィ」と毒づきながらキッチンのほうへと姿を消す。その後ろを「はははーっ」と楽しそうな声を上げながら、ハットリさんが付いて行った。


 ユキちゃんの足首は紫色に変色しており、多少腫れているように見える。素人目ではあるが、完全なる捻挫だろう。ここまで歩くのも、絶対に楽ではなかった筈だ。

「あー……捻挫だな。お嬢ちゃんの体なら、しっかり栄養取って、二、三日安静にしてれば完治だろ。治るまで泊まっていきな」

「二、三日……冷やしたりクスリ飲んだりでもっと早く、治りませんか? ジッとしてる時間が、勿体無い」

 ユキちゃんは不服な表情でルドルフの顔をチラリと見つめる。その視線を受けてルドルフは「チッ」と舌打ちし、怪訝な顔で小指を耳に突っ込んだ。

「なぁお嬢ちゃん、普通の人間なら完治まで一ヶ月って所だ。一ヶ月、足を吊るされる事になる。それに比べたら随分恵まれてるって思わねーかい? それくらい待てないかい? オイラの言葉が受け入れられないかい?」

 ルドルフは当然、ユキちゃんの自分勝手さや頑固さ、そして我儘な所には気付いている。ユキちゃんが反論するような事を言うと毎回、諭すように説教を始める。

 しかしユキちゃんも気弱だった昔とは違い、最近は随分と気丈になってきた。唇を尖らせ、頭をガリガリと掻く。

 昔はルドルフに敬意を表していたのだが、最近のユキちゃんはルドルフとの距離感を間違えているように思える。態度がかなり傲慢というか、粗暴に見え、僕のほうがソワソワしてしまう。

 しかも足を挫いたのは、完全にユキちゃんのミス。自業自得だと言うのに……ユキちゃんは自身が感じているイライラを、ルドルフにぶつけているのだろう。なんて子供で、自分勝手なんだ……ユキちゃんのイライラが僕にまで伝染してくるかのよう。

 育ちが良いせいなのか、イジメられていた影響なのか、他人を軽視する傾向がユキちゃんにはある。

「……ジッとしてられないんです。もっと強くならなきゃいけない」

「お嬢ちゃんは十分つえーだろ? ケイジに付いて行けてるだけでも大したもんだ」

「ケイくんに付いて行けるから何? ケイくんってそんなに凄い? なんでいつもケイくんが話の軸なの? なんで私の話をしてくれないの?」

「チッ」

 ルドルフは舌打ちをし、小指を耳から取り出してフッと息を吹きかけ、カスを飛ばした……その刹那、ルドルフはユキちゃんの頬へと手を伸ばし、親指と中指で掴み、体を乗り出してユキちゃんへと頭突きをした。

 その動きはとても、七十のお爺さんには見えない。行動の全てが速く、そして意表を付いたモノだっただけに、僕すらも「ゴッ」という頭突きの音が聞こえてくるまで、何が起きたのかが分からなかった。

 やはり、歴戦の雄。現代ハンターの父と、呼ばれるだけの事はある……なんて、冷静に分析してしまう。

 そしてほんの少し、心がスッとする。

「いいかクソガキ。ケイジはな、日本のハンターの要だ。今や怪物の抑止力だ。ケイジが死んだらちょっとヤベェ。パワーバランスが崩れるかも知れねぇ。特別な存在なんだよ。それがわからねーのか。その相方を勤めていられるお前は、もう既に大したもんだっつってんだろうが。だから今は休んで体調を万全にする事がチームワークなんだよ」

 ルドルフは強い眼力で、ユキちゃんの顔を睨みつけた。その姿はまるで、オイタをした幼い子供に対して、抑えきれない苛立ちをぶつけている親のように見える。

 しかしそれも、必要な事なのだろう……ルドルフが大勢の日本のハンターから敬愛と尊敬を集めているのには、こういった説教による所も大きい。

 道を踏み外しそうなハンターに、こうしてちゃんとした道を指し示しているのだ。

「……わかってます……けど……私だって、悔しいとかっ……倒したいとかっ……思うんですっ」

 ユキちゃんは眉毛を垂れ下げ、左目を充血させ、歯をカチカチと鳴らしながら、涙を流した。

 ……悔しいんだろうなと、思う。凄く悔しいんだろうと、思う。

 悔しいから、悪魔の卵なんてものを、宿したのだろうなと、思う。

「わーかってるよ。ナイフの練習はちゃんとしてんのか? ちゃんと刺さるか? 狙った所に投げられるか?」

「はいっ……良くなってきたと、思うっ」

 僕はルドルフの肩に手を置き、グイと引っ張る。するとルドルフはユキちゃんの顔から手を離し、地べたに腰を下ろした。

「ルドルフ、ユキちゃんは本当に一生懸命頑張ってます。暇さえあればナイフを触っていますし、投げる練習もしています。そのスキルや集中力が他の事にも生かされていますよ。今回のゾンビ退治でもユキちゃんは活躍していました」

「なんだよ、上出来じゃねぇか。何が不満なんだ? オイラにはわからねぇな」

 ユキちゃんは表情を歪ませ、目をギュッとつぶり、ボロボロと涙をこぼし、歯を食いしばりながら「うっうっ」という嗚咽を漏らす。

 その表情には、まだ納得いっていない部分が残っているという事が、見て取れる。しかしどこか嬉しそうにも見え、なんだか複雑な気分になってしまった。


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