ゾンビに対してずっと私達のターン
ケイくんが連れてきたハンターは、二人だった。
一人は背がとてつもなく高く、ブロンドの髪の毛を肩まで伸ばした、屈強な体格の男性。これぞハンター。といったような出で立ちで、軍服のような迷彩の服を着用している。
もう一人は、背はそれほど高くはないが、短髪で、ハンターとしてはとても珍しいイケメンだった。ケイくんに負けないほどの甘いマスクで、彫りの深さから外国人の血が混ざっているように見える。
二人とも私とは初対面。つまり私と常に一緒に居るケイくんとも初対面の筈。しかしここに到着するまでの間に意気投合したのか、ハンドジェスチャーによる意思疎通を完ぺきにこなしている。
ああいったやり取りにも、私は憧れている……まるでゲームや映画、ドラマのように見え、やっぱり格好いい。
彼らはまず、私が引きつけてしまったゾンビ達に立ち向かった。背の高い男性が大きな声で「ふおおぉい!」と叫び、さらには手を叩き、ゾンビの大群を自分へと引きつけながら、バック走で逃げ出す。普通、こんな山の中でそのような走り方をしたら、直ぐ様転ぶか木にぶつかる筈なのだが、まるで後ろにも目が付いているのかと思えるように、障害物の全てを避けていた。
背の高い男性がある程度ゾンビを引きつけ、私から距離を取った所で、甘いマスクの男性が火炎瓶をゾンビの中心目掛けて投げ込む。すると直ぐ様辺りは火の海と化し、ゾンビを丸焼きにしていった。
次々と倒れていくゾンビ達ではあるのだが、致命傷にならず、体に炎を纏ったまま歩き続けるゾンビも居る。それを発見した彼らは直ぐ様近づき、大型のマチェットナイフでその首を、片腕で軽々と切り離していた。
ケイくんはと言うと、背の高い男性に引きつけられずに、私のほうへと迫ってきていたゾンビの応対をしていた。その数は十を優に超えていただろうが、流石「全怪物の天敵」である。まるで川に流れる一枚の葉ような、滑らかで無駄のない動きで、あぶれたゾンビの全てを倒していく。
右手でマチェットを持ち、前に進みながら手前のゾンビの首を切る。そのゾンビの体を左手で押し倒し、体をクルリと回転させ、次のゾンビの首を刺す。引き抜く動作の延長で横に居たゾンビをなぎ倒す。それを繰り返している。
ケイくんは一度も足を止める事無く、最小限の動きで、ゾンビの全てを狩り切ってしまった。十数体いたゾンビを倒すのに所要した時間は、ほんの二十秒にも満たなかったように思える。
「うぉーい消化器ー! 山火事になるぞーぃ!」
背の高い男性が私の周りに置かれてる大きなバッグを指差し、そこから消化器を取り出すように催促してきた。私は無言のままバッグの中から消化器を取り出して、ドンと地面の上に置く。
「お嬢ちゃん、ケイジの相棒なんだって?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた背の高い男性は消化器を手に取り、私へと話しかけてきた。私は役に立たなかったという理由でなんとなく居心地が悪く、とても小さな声で「まぁ……」と、返事をする。
「やめとけやめとけ。アイツぁ化物より化物だぞ。あの動き見たか? まるでカンフー映画みてぇだったろ。女の子に付いていけるヤツじゃねーよ」
彼のその言葉に、私の全身は鳥肌を立たせ、嘔吐感に襲われた。
……そうか、やはり、ケイくんは、特別なんだ……このような屈強な男にさえ、一目を置かれるような、人なんだ……。
ルドルフお爺ちゃんもケイくんの事を「色々なハンターを見てきたが、ケイジの腕はその中でも五指に入る」と言っていた。いつだかの吸血鬼も「お前をヴァンパイアにしたら、最強の戦士が出来上がる」と言っていた。そして付いた二つ名が「全怪物の天敵」だ。
住む世界が、違う……改めて、そう思わされた。
「っつー訳で、俺ん所に来ない? 可愛がってやるぞ?」
「……え? あ、いえ」
「ははっ! まぁ考えておいてくれや」
男は消化器を手に、ゾンビが焼かれている場所へと小走りに戻っていく。
ハンターのナンパには慣れたもので、今までのナンパは軽くいなしてきたのだが……今の私の心は少し、波立っている。
それは背の高い男に惚れた訳では無く、ケイくんの隣に居ても、私は恐らくこれ以上の成長は見込めないのでは無いかと、思ってしまったからだ。ケイくんはやはり、モノが違う……いくらケイくんの真似を私がした所で、私は一生、ケイくんには成れない。
他の誰かに、師事を受けなければならないのかも知れないなと、思い始めていた。
「ユキちゃん大丈夫っ?」
微笑みを浮かべ私のほうへと駆け寄ってくるケイくんの顔には、返り血は一切付いていない。腕や服には付いているが、顔は綺麗なもの。
拭いた訳では無い。血が付かなかったのだ。戦いながら、液体を躱しているなんて……神技である。この世の誰にも不可能な事をこの男は平然とやってのけ、それを誇ったり自慢したり、しない。この先一生、話題にすら出さないだろう。自分自身に興味が無いから。
この男は……たしかに化物よりも、化物だ。
「私は大丈夫だけど、ゾンビはあれだけじゃない。まだ居る。倒さないと」
「あー……そうしたいけど、ユキちゃん動けないでしょ? 僕達は一旦下山して、残りは彼らに任せよう。夜になって山から下りてきたゾンビを一掃して、隠れ家でしばらく安静にしてよ?」
「私が、邪魔してる?」
私の声を聞いて、ケイくんは一瞬驚いた表情を作り、唇をギュッと結んだ。
その行動だけで、よく分かる。私はケイくんの邪魔をしている。お荷物となっている。
「……邪魔じゃないよ」
「嘘ばっかり。邪魔なら邪魔って言って」
私は痛む足をかばうように、プルプルと震える体をなんとか立ち上がらせようとする。その姿を見てケイくんは私の腕を持ち、私の脇の下から肩へと腕を回して、私を支えた。
「邪魔じゃないって。心配なだけ」
「じゃあ、足に当て木する。それでゾンビを見かけた所まで案内する」
「心配だって言ってるでしょ」
「心配されるくらい弱いって事でしょっ! 遠回しに邪魔って言ってるのと一緒だよっ!」
私はつい、大声を上げてしまった。
何故、こんなにもイライラしてしまうのだろう……。
何故、こんなに我儘で、嫌な奴になってしまったんだろう……。
「……わかったよ。ごめん。案内して」
ケイくんが謝るような事なんてひとつも無いのに、いつも謝らせてしまう。そして「ごめん」という声を聴く度に、更なるイライラが私の中に湧き上がる。
私は一体、なんなんだ……? 心まで、怪物になってしまったのだろうか……。
当て木と応急手当を済ませた私は自分の足でなんとか歩き、ゾンビの大群を発見した所までやってきた。
全員が身をかがめ、崖下のゾンビを見下ろす。するとそこにはやはり、満員電車状態のゾンビの大群がうめき声を上げながらひしめき合っている。
「うわっ、きもちわりぃー」
背の高い男の声を受け、イケメン男は「確かに、これは気味が悪い」と相槌を打つ。
「とりあえず火炎瓶を三本くらい投げて、あぶれたヤツを倒すでよくねーか?」
「他に潜んでいるゾンビが居て、騒ぎを聞きつけて集まったらどうする? お嬢ちゃんが満足に動けない今、それは危険だろう」
それは変えようのない事実なのだが、イケメンの言葉を聞き、私の胃はギュゥと痛くなる。
……やはり、邪魔は邪魔。誰がどう見ても、今の私は非戦闘員だ。
「ケイジが居るんだぞ? そんなんヨユーだろ」
「はは……そこまで信頼されても困ります。僕はお二人ほど強くありませんって」
「何謙遜してんだよ。吸血鬼に支配されてた村の基地を壊滅させたってすげー噂だぞ? 吸血鬼の基地だぞ? 誰にもそんな事できねー」
「それは、ユキちゃんのサポートもあって命カラガラってやつですよ」
……嘘ばっかり。思ってもいないくせに。
「まぁーそういう事にしておくか。優秀な相棒なんだな、お嬢ちゃん」
背の高い男はニッコリと微笑む。
その笑顔は元カレであるタダ君とは似ても似つかないものではあるのだが、私は元カレの事を思い出していた。
身長が高い……くらいしか共通点が無いのだが、どうしてだろう。
私は背の高い男からボウガンを受け取り、崖の下へと向けて狙いを定める。
「いくぞ」
背の高い男の声を合図に、三本の火炎瓶が同時に崖の下へと放たれ、一瞬にして辺りを炎の海へと変えた。その熱気の風が私の所まで届き、前髪を揺らす。
「おおぉぅ」
「うぉぉん」
うめき声を上げながら一斉にゾンビが私達のほうへと視線を向けるが、ゾンビはその性質上、火にはとても弱い。次々と身を崩し、倒れていく。しかし、ゾンビの中でも比較的新しいものは多少の耐性を持っており、崖の上に居る私達のほうへと向かって来ようとしていた。
私はそのゾンビの頭を狙い、引き金を引く。ビンとした感触が手に伝わると同時に矢が放たれ、ゾンビの頭を一撃で貫通させ、倒した。
「うひょぅ! お嬢ちゃん上手じゃねーか!」
背の高い男はとてもテンションが上がっているようで、大きな声で叫んだ。
私はその言葉にとても嬉しくなり、早速次の矢を装填し、再び放つ。するとその矢はゾンビの頭へと命中する。
構える、狙う、撃つ。そういった意味では投げナイフとコツは変わらない。むしろ引き金を引くだけのボウガンは、投げナイフを死ぬほど練習した私に、かなり合っているように思える。
マチェット同様、市街地では決して使う事は出来ないが。
「すげぇっ! なんだよなんだよ、戦力になんじゃんっ! お嬢ちゃん下は任せたからな!」
……背の高い男の言い草に、私の精神は多少、揺らぐ。まるで「ユキは戦力にならない」と聞かされていたかのよう……。
しかしそんな事を気にしていられる場合では無い。私は矢を充填し、狙い、引き金を引く。その行為を繰り返した。
「よっし! お嬢ちゃん、あぶれた分や潜んでる分は俺たちに任せておけよ! 安心してぶっ殺していってくれ!」
「はい」
後ろには屈強なハンターが三人も居るのだ。私が襲われる心配なんて、これっぽっちもない。
私はただ、矢を充填し、狙い、引き金を引き続けた。そしてその全ての矢が、ゾンビの頭へと命中していた。
私だって、やれば出来る。だけどそれには、安心が必要……か。
個体として、私の能力は決して高くなく、サポートされて始めて本領が発揮出来るのだろう。
……畜生。悔しいけれど、やはり私はケイくんには、なれない。
ケイくんとは違う、自分の強さを、手に入れなければ。