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VSゾンビ(リビングデッド)

 私達は「現代ハンターの父」や「妖怪仲介爺」と呼ばれている、ルドルフお爺さんから紹介された依頼を受け、現場へと急行した。

 今回はなんと、ケイくん個人への依頼では無く、私達二人への依頼である。

 苦節四年、ようやく私にも依頼が来るようになったのかと思うと、もの凄く嬉しい。それに加えて、ルドルフお爺さんが私の名前を覚えていてくれた事に、この上ない喜びを感じていた。

 心がルンルンし、ウキウキしている。

「ふふっ」

「ホント、良かったね」

 嬉しさのあまり、堪えきれない笑い声を何度も漏らしている私に、ケイくんはいちいちコメントしてくる。

 基本的にケイくんは、物凄く優しい人。底なしと言っていいほどに優しい。その優しさにぶら下がり、甘え、頼りきっている自分がこの上なく嫌いになっていたのだが、今回ばかりは私の機嫌は悪くならない。

「良かった」

 私は思わずニッコリと微笑み、運転しているケイくんの横顔を見つめた。ケイくんも私の顔を見て、表情を崩している。

「うんうん、頑張ろうね」

「頑張る」

 私とケイくんは微笑みを交わす。お互いの間に流れる空気が、とても緩んでいるのを感じた。

 普段空気が悪くなるのは、やっぱり私がいつも不機嫌でいるからだよなぁ……お強いケイくんに嫉妬してるからだよなぁ……と思い、少しだけ反省した。


 某県の田舎町。それが今回の戦いの舞台である。

 現場に到着した私達は車を降り、トランクからマチェットナイフを数本取り出し、それぞれ持っている大きめのスポーツバッグに詰め、既に現地に来ているというハンターとの待ち合わせ場所へと歩いて向かった。

 その途中、私はキョロキョロと辺りを見渡す。この町はどうやら中途半端な田舎町らしく、古い民家が立ち並んでいる。建物の間隔は広く、土地が余っているのだろうなと思わされた。

 民家に混じり酒屋さんがあったり、駄菓子屋さんがあったりと、ノドカな場所だなという印象。居住区のすぐ近くには森林があり、太陽が苦手なゾンビはそちらのほうに避難しているのだろうと推察出来る。

「結構大きい森があるね」

 私の言葉にケイくんが振り向き、首を上下に振った。

「うん。昼間は森の中に居るんだろうね、きっと」

「ケイくんはこのままハンターと合流して。私ちょっと森見てくる」

 私の声を受けて、ケイくんの表情はグッと険しいものとなった。なるだろうなとは、思っていた。

「何言ってるの? 危ないでしょ」

「昼間はゾンビの動きが鈍いよ。倒すなら今のうちだと思うんだけど」

「駄目だよ単独行動なんて。万全の状態で山狩りだよ」

 ケイくんの、子供を諭すかのような口調が、私は苦手である。

 怒るならもっと対等な人間らしく怒って欲しいし、予想はしていた事だが、反対された事にも腹が立つ。私はもう、以前の私とは違うというのに。

 お前は私に助けられたんだぞ? という恩着せがましい感情が湧き、私はその感情に従ったままの声色を放つ。

「なんで? 私、噛まれても感染しないよ」

 私のような者を表す固有名詞こそ無いけれど、私は悪魔の卵を右目に宿した怪物となっている。怪物が他の怪物に変異するという事は無く、私はゾンビやワーウルフ、吸血鬼といった、相手を感染させるタイプの怪物の攻撃は効かない。

 それに私は以前、ゾンビよりも遥かに強力なワーウルフを、一流ハンターとして名高いケイくんを助けるという形で狩った。その事をルドルフお爺さんに話したら「大したもんだ」という評価を貰う事が出来、それが私の自信となっている。

「感染しなくても、食い殺されたらどうするの」

「ゾンビなんて動きがノロいんだから、食い殺されたりしない」

「ノロくても大量に居る可能性があるでしょ。お願いだから意味の無い無茶はしないで」

 ケイくんは更に表情を険しくさせ、私の腕を掴みグイッと引っ張る。その行動、その言動、その表情に、私の理性が乱れていくのを感じた。

 何故ここまで、私を信頼しないんだ、この男は……自分は勝手な行動を起こし、勝手に成果をあげ、勝手に一人、有名になっているくせに……。

 私だって有名になりたい。ケイくんと言えば「全怪物の天敵」で、ルドルフお爺さんと言えば「現代ハンターの父」といったような、いわゆる二つ名が欲しい。

 その言葉を聞いただけで私を連想させられる、特別な二つ名が、欲しくて欲しくてたまらない。

 生涯を怪物退治や悪魔退治に捧げると誓っているのだから、それくらい欲しがったって、罰は当たらない筈だ。ケイくんには何度もこのような事を伝えているのに、どうして分かって貰えないのか。

 ……いや、分からないのだろうな。ケイくんに功名心は無く、自身が持つ「全怪物の天敵」という二つ名に対しても「ふーん」といった態度だ。私が最近、何故ケイくんに対して冷たくしているのかも、理解出来ていないのだろう。

「意味の無い無茶って何? ケイくん、いちいち余計な事を言うよ」

「……だって、意味の無い無茶でしょ。一人で向かう事に意味があるの?」

「意味……あるよっ!」

 私はケイくんの腕を振り払い、山へと向かって駆け出した。

「ユキちゃんっ!」

「ついてこないでっ! ケイくんはハンターと合流して来ればいいでしょっ!」

 私は振り向きながらケイくんの顔をキッと睨み、大声で叫んだ。

 するとケイくんは追ってくるのを辞め、眉間に思いきりシワを寄せ「なんなんだよっ!」と怒鳴り、持っていた自分のスポーツバッグを地面に叩きつける。

 ケイくんはやっぱり、私の気持ちなんか全然分かってくれていない。

「危なくなったらすぐ逃げる事っ! いいねっ! すぐ向かうからっ!」

 ……だけど結局はケイくんが折れて、気にかけてくれるんだよな……やはりこの行動も、甘えになるのだろうか……と思いはするが、私の足は止まらなかった。

 ハンターとして生き、ハンターとしての名声を上げ、ハンターとして認められる……その思いのほうが、遥かに強い。


 昼間だと言うのに薄暗く、妙に静かな森の中、私は刃渡り五十センチを超える大型のマチェットナイフを二本、バッグから取り出し、一本を腰に差してもう一本を鞘から取り出し身構える。

 今から狩るモノの正体は、日本ではゾンビの名で知れ渡っているが、正式な呼び名はリビングデッド。死後に活動を行う人体の事を指し、人間としての意識があろうがなかろうが、蘇った死体は全てリビングデッドと呼ばれ、駆除の対象だ。

 そもそも何故、死体が蘇るなどという自然の摂理に反した現象が起こるのかと言うと、数十年前までは「死んだ罪人が多すぎて地獄から溢れてきた」との見解が主力であったが、今では悪魔が人間の魂を収集するための手段としてゾンビを利用しているという事が、判明している。誰が突き止めた事実なのかは分からないけれど、そう教えられた。

 不完全な魂を人間界に持ち込み、死体に吹き込んでゾンビと化し、暴れさせる。ゾンビによって殺された人間の魂は地獄に堕ち、地獄の入口で待ち構えている悪魔がその魂を回収しているそうだ。魔に属するモノに殺された魂は生前どれほど徳を積んでいようとも、魔の烙印を押され地獄に堕ちるという原理を利用した、吐き気を催すほど卑劣な行為である。

 さらに言うとゾンビには感染能力があり、噛まれた者の中は魂のカスだけが残され、ゾンビと化す。つまり一匹残らず駆除しなければ、たとえ個体として非常に弱いゾンビといえども、いずれ強大な群体となり、この世に終末をもたらす事が出来るほどになるだろう。

 ……いや、それは他の怪物が黙っていないだろうし、流石に言い過ぎたかも知れないが、被害が増える前に、駆除しなければならないという事実は変わらない。

 私は僅かに高鳴っている鼓動を感じ、胸に手を当てる。そして足音で奴らに気付かれないよう、慎重に森の中へと歩を進めていった。


 捜索を始めて数十分が経ち、緊張感が少しだけ緩んできていた頃、私の聴覚は誰かの足音とうめき声を捉えた。その瞬間、心臓をギュッと掴まれたような感覚が私を襲い、私の気を再び引き締めさせる。

 私は身をかがめ、ゆっくりと前進する。するとすぐに小さな崖へと突き当たり、私は体を地面に貼り付けながら、崖の下を覗き見た。

 眼下は他の場所よりも木々が密集しており、太陽の光をほぼ遮断している。そしてそこには数十匹のゾンビ達が犇めくように、集まっていた。

 まるでゾンビの満員電車状態である……ゾンビになったばかりの為か異臭はしてこないが、その異様な光景に私は思わず「うっ」と声を漏らし、胃酸が喉まで逆流してくるのを感じた。

 流石にこの数を目にしたら、怖気づいてしまう……あの中に飛び込んでいく事は、ケイくんでさえ自殺行為だろう。火炎瓶があれば一掃とは行かないまでも、かなりの数を減らす事が出来るのだろうが……。

 確かに、他のハンターと合流したほうがいい。これだけ大勢のゾンビを相手に白兵戦で戦い切れるほどのスタミナが私には無い……というより、スタミナ以前の話だ。戦えば私は十秒と持たずに食い殺されてしまうだろう……。

 そもそもケイくんが「全怪物の天敵」と呼ばれているのは、個体の強さのお陰も勿論あるのだが、知識と経験に基づいた万全の怪物対策をするからだ。仮にケイくんが単独でここに来るのならば必ず、火炎瓶と消化器を用意してくる。それも大量に。このような軽はずみな行動は、絶対にしない。

 私は後悔しながらも、小枝の折れる音や布のこすれる音に最大限気を使いながら、一旦この場を離れようと後ずさる。

 体と地面がこすれるズリズリといった音がやけに大きく私の耳には聞こえ、私の動きを遅くさせた。

 季節は晩秋と呼べるものだと言うのに、額から湧く大量の汗が私の顎から滴り落ちていく。

「んもぉ……ケイくん遅い……」

 私の口から漏れてきた言葉は、なんとも自分勝手なものだった。

 そんな自分が嫌いなのだが、ハンターを始めてから、どんどんと性格が悪くなっていくのを自分でも感じていた。


 ようやくの思いでその場を離れ、私はポケットからスマホを取り出し、電波が入っている事を確認してからケイくんへと電話をかける。

「早く出てよぉ……」

 寄りかかっている木に踵をコツコツと当て、イライラしながら画面を見つめる。

 数分かかり、ようやくケイくんが電話に出る。スピーカーから流れてくる「もしもし大丈夫?」というケイくんの言葉に少し安心するも、私は開口一番に「遅いっ」と、冷たい声色で発してしまった。

「ん……ごめん。でも大丈夫そうで安心した」

「……ゾンビ、いっぱい居る。三、四十匹は居るかも知れない」

「えーマジか……他の町から流れてきたのかな。ゾンビってノロいくせに、意外と大移動するから」

 呑気にゾンビの説明をしてくるケイくんに、私は更に腹をたてる。イライラが増幅し、より強く木を蹴った。

「そんな事いいからっ……火炎瓶が必要だよ」

「……そうだね。持っていってる。今GPS見てそっち向かってるから。あと数分で到着するよ」

 ケイくんの言葉に、私は安堵する。流石、一流ハンターと呼ばれているだけの事はあるなと、関心した。

「うん、分かった。ケイくん来るまで」

 私が「待機してる」という言葉を言い終わる前に、遠くのほうから大量のうめき声が聞こえてきた。私は思わず、声の聞こえてきた方向へと視線を向ける。すると数十メートル先から、ゾンビの大群が私のほうへと向かってきている姿が、見えた。

 そちらの方角は、私がゾンビを発見した方角では無い……つまり他の場所にも、ゾンビは潜んでいた。それも私の声が聞こえるほど、近くに居た……という事。

 なんて、迂闊で阿呆なんだ、私は……そう思うと同時に私の全身は、総毛立つ。

「けっ……! ケイくんっ!」

「聞こえたっ! 急ぐから逃げて!」

 私はスポーツバッグを放り投げ、ナイフを力強く握りしめ、来た道を引き返すように走り出した。

 足場が悪く、草で滑る場所も多い。木の根が地上に出ている場所もあり、スピードが制限されてしまう。

 木の枝や葉が、私の行く先を邪魔する。視界を遮る。顔に当たる。

「あぅっ!」

 ついに私はぬかるむ地面に足を挫き、走っていた勢いのまま、樹木へと頭を打ち付けてしまう。そして私の体は地面へと、叩きつけられた。

 痛い……視界が歪む……。

 私はなんとか力を込めて体を起こし、目を細めてゾンビのほうへと振り返えようとするが、振り返るまでもなく、私の目の前には、男のゾンビが、居た。

 ほんの数メートル先。ほんの数歩先に、前かがみで、顔の皮が剥がれ、目玉を飛び出させた、醜悪なゾンビが居る。

「ひっ……!」

 ナイフで迎え撃とうとするも、どうやら木にぶつかった拍子に手放してしまっていたようで、手元には無い。腰に指してあるナイフへと手を伸ばすが、私の体の下敷きとなっていて、取り出す事が出来ない。

 立ち上がり逃げようとするも、挫いた足首が鋭くズキンと痛み、動けない。身を捩りナイフを取ろうとするも、脳にまで響く足の痛みが、それをさせてくれない。

「あがっ……! あああっ!」

 これはやばい。

 死が、迫ってくる。

「いやだあああっ! いやっ! いやぁっ! ケイくんっ! ケイくんっ! 助けてぇっ! 助けてぇっ!」

 私は腕だけでなんとか地面を這いつくばり、ゾンビと距離を取ろうとする。しかし今の私の動きは、ノロいゾンビよりも、更にノロい。

 一歩、また一歩と、死が迫る。

 大きく口を開けた死が、私を飲み込もうとしている。

「ああああっ! いやあああっ!」

 私の中で産まれた恐怖が、私の許容量を超え、私の下半身から漏れ出ていくように、ズボンが濡れていくのを感じた。


 あぁ……このまま、噛み殺されて、死ぬのかな……タダくんの所に、行くのかな……。


 自然と思考が死後へと切り替わったその瞬間、目の前のゾンビの頭から血が吹き出したのを、私は目撃した。

 そのまま倒れたゾンビの頭には、ボウガンの矢が刺さっている。

「いよっしゃーあ! 一発で命中したぜ!」

 男の人の、低く乱暴な声が、私の耳へと届いた。

「危なかったなお嬢ちゃん。噛まれてないかい? おっと、噛まれても平気なんだったな、こりゃ失敬」

 違う男の、低く丁寧な声が、私の耳へと届いた。

「……ユキちゃん、大丈夫? 立て……ないよね。そのままそこに居て。動かないでね」

 呆然としている私の視界に、英雄の顔が入り込んだ。

 こんなタイミングで現れるなんて……この男は間違いなく、英雄なんだろうな……と、思わされた。

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