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亡骸の処分の仕方

 ワーウルフの死体を大きな土嚢袋どのうぶくろに入れ、愛車であるウィッシュのトランクへと乗せた。そしてそのまま車に乗り込み、コインパーキングを出、山に向かって車を走らせながらスマホを取り出し、着信履歴から依頼者の番号を選び、電話をかけた。

 数度目の呼び出し音の最中に通話が繋がり、年老いた男の「もしもし、ハセガワさん?」という声が聞こえてくる。

「はい。ワーウルフは退治しましたよ」

「おぉ、流石ハセガワさんだ。死体の処理等は警察の」

「あ、いいですよ。今から山に行って焼いてきますので」

 僕のその言葉を聞き、男は言葉を詰まらせた。その様子を察して僕は更に言葉を続ける。

「えーとですね、被害者が少なくとも一名、出てしまいました。そちらの後処理をお願いします。それと山火事のような煙が見える事になるでしょうけど、通報されても受けないでくださいね? 事情を知らない署員の人にも通達してくれればと思います」

「ハセガワさん、貴方はどうしてそんな仕事を続けているんです?」

 ……急に、なんだ? 男の声が突然低くなり、とても張りつめたものへと変わった。

「給料が出る訳でも無いのに、危険な世界に身を置き、下手をすれば殺人罪で捕まってしまうような、そんな無益な人生を、どうして送っているのですか?」

「……えー? なんですか急に?」

「今からでも遅くはありません。警察官になりませんか? 表側から市民を守るという事も、立派な職務だと私は思っております」

 ……警察官か。確かにそれは、立派な職務だろうと思う。

 学生時代、一時期憧れていた。そして僕にはピッタリだと、思っていた。

 しかし、今からでも遅くはない……という事は、無いだろう。僕の手は、化物となった市民の血で汚れている。初めて怪物を殺した瞬間に、まともに生きる機は、逃してしまったように思う。

「はは、僕には無理ですよ。高校中退ですよ」

「それでも、卒検をとって警察学校に入りませんか? 私が推挙致しますので」

「いいですって。お気持ちだけ頂いておきます」

 僕がやんわりとお断りすると、彼はどうやら憤りを感じたようで「貴方の真意が、私には分からない」と低い声で呟いた。

 少し会話をするのが、面倒臭くなってきてしまった。お年を召した方の言葉は、どこか説教っぽく、苦手である。

「あー……すみません、運転中なので、そろそろ切りますね」

 僕は最後にそれだけを伝えて、通話を終了させた。



 先程電話で話した依頼者の言葉が、僕の頭を支配している。僕の、真意についてだ。

 自分の真意なんて、とうの昔に忘れてしまった。僕の毎日はただただ、悪魔や怪物を、淘汰していくのみ。

 必要であれば怪物を殺し、人が来ないであろう山の奥へとその死骸を運び込み、ドラム缶の中に入れてライターオイルと塩を大量に注ぎ、火を点ける。そんな毎日。

 今だってその最中だ。僕はドラム缶から放たれた轟々と舞い上がっている炎を見つめ、漂ってくる香ばしいニオイを肴に、お酒をあおっている。

 時々貰える感謝の言葉や謝礼、そして極々稀に助けた相手から性処理を受ける事だけに喜びを見出し、後腐れの無いよう、痕跡を残さずその場を去る。

 ただそれだけの、人生。狂気の人生と言える。

「臭いなぁ相変わらず」

「臭いね」

「ワーウルフって焼いたら一番臭いかもね」

「肉食獣だからじゃない?」

「関係あるの?」

「知らないけど」

 敷いてあるブルーシートの上で僕の隣に座り、何をするでもなくただ炎を見つめ続けている相棒が、なんとなくの相槌を返してくる。

 それっきり、僕と相棒は黙り込んでしまった。僕は一度もこちらを見る事のなかった相棒の横顔を見つめ、お酒をひとくちすする。


 最近、今回の依頼者のような人に、やたらと表の仕事を紹介される機会に恵まれている。この間なんか聖職者にならないかと、勧誘されてしまった。

 そんな日々が続いた影響だろうか、僕は妙な事に「誰かの記憶に残れているのだろうか」と、思ってしまっている。

 怪物や悪魔を退治した僕に感謝を表し、僕に身を預けた……というより、僕が身を預けさせられた女性は、これまでに数人居た。そのいずれもが年上であったのだが、その中には性格も容姿も綺麗だと思える人が居る。

 要領と気立てが良く、笑うと鼻筋にシワが寄る、とてもシッカリした女性というイメージの、アラサーの彼女。彼女の事は密かに母親のように思っていた。しばらくその地に身を置こうと思うほどに、通じ合っていた。

 しかし、名前が思い出せない。彼女の名前は、なんだっけ。

 彼女だけではない。この戦いが始まってから知り合った女性、その全ての人の名前が、僕の頭から抜け落ちている。

 彼女達の名前を忘れてしまっている僕という存在を、彼女達は覚えてくれているのだろうか。もう一度会いに行ったら、快く迎えてくれるだろうか。僕の記憶に彼女達の名前が蘇るだろうか。終わりの見えないこの戦いがいつか、いつか終わったその時に、僕の居場所は存在しているのだろうか……。

 そんな風な事を考えていると「一度ハンターになった者は、死ぬまでハンターであり続けなければならない。死ぬ瞬間まで現役だ」と僕に教えてくれたお爺さんの言葉を、まるでフラッシュバックのように思い出す。そしてその言葉の重さに、押しつぶされそうになる。

「おじいちゃん覚えてる?」

 僕は隣に座る相棒に再び話しかけた。

 僕の言葉を聞き、相棒はようやく僕のほうへと首を動かし、僕の顔を見つめる。

「おじいちゃん?」

「最初に知り合ったハンターの、おじいちゃん」

「……覚えてるよ。シェイプシフターのおじいちゃんでしょ?」

「そうそう。自分がおじいちゃんに変身したシェイプシフターだって事を忘れて、ハンターを続けてたお爺ちゃん」

「……うん、覚えてる。それで?」

 相棒の覇気の無い表情と言葉を受けて、話す気がどんどんと失せていくのを感じた。

 僕と相棒は仲が悪い訳では無いのだが、どうも最近ギクシャクする事が多い。長く一緒に居すぎたせいだろうか。

 そもそもハンター仲間からは、夫婦や恋人同士以外の男女で、ハンターとしてコンビを組んでいる人間は僕達以外に居ないと言われた。兄妹や親子ですら居ないらしい。

 そういった歪な関係が、二人の空気を悪くしているような気がする……。

「んー……別に。なんでも無い」

「そっか」

 途切れてしまった僕の意味不明な言葉を聞き、相棒は再び炎へと視線を移した。炎の光に照らされているその横顔は、傷だらけだが整っており、儚げに見えて美しい。

 しかし、決して恋心は生まれない。相棒は死んでしまった親友の、元彼女だ。手を出そうという考えすら、産まれた事がない。

 死を常備し、それを相手に叩きつけるか、自分が受け入れるかという、綱渡りの日々の中、彼女は生涯独身を貫くという事を、覚悟している。そしてつい先程、ワーウルフとの戦闘の前に、生涯ハンターでいるという覚悟も、聞かされた。 

 相棒にかけられた、元カレの呪縛という、呪い。

 解く方法を、時々、考えている。

 そして考え始めてすぐに、僕も呪いにかけられている事を思い出す。

「……ワーウルフは」

 突然相棒が唇を動かし、声を漏らした。

 僕は相棒の声を聞き、反射的に「ん?」という返事をする。

「……殺しておいてなんだけどね、吸血鬼と違ってワーウルフは、基本的に被害者だよねって、思うんだよ」

「そうだね」

「襲われて、噛まれて、命からがら逃げ出して、感染して、発症して……だもんね。酷いよね、呪われてる」

 相棒は顔を上げ、煙を見つめている。僕もつられて、その煙に視線を移す。

 ワーウルフの魂は煙となり、満天の星空の中、たちのぼっていく。

 元々人間だったワーウルフ、意図せず変異させられた彼らは、とても無念だという事を、僕は知っている。無念な場面をいくつも見てきた。

 相棒にはその様が自分と、重なって見えていたのかも知れない。右目に悪魔の卵を宿した化物だから。

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