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外典 love is you

魔女協会の掟



 魔女協会に属する魔女はいかなる場合においても、この掟を守る事とする。

 違反者を目撃、もしくは自身が違反した場合、すみやかにそれを報告する事とする。



 ~中略~


  魔女協会に属している者がこの掟に背いた場合、魔女裁判にかけられ、その判定に従うものとする。

  

   魔女協会から支給される物品、及びスキンウォーカーは、全て魔女協会の所有物とする。

   魔女協会から脱退する場合、それらは全て魔女協会へと返却する事を義務付ける事とする。

   ただし、死亡したスキンウォーカーの亡骸は個々で処分する事とする。


 百年近く生きてきて、こんなに惨めな生活をするのは、はじめてだ。

 まさか今日食べる飯すらも無い生活を送ることになるとは、思ってもみなかった。

 全てはあの、天才クソ新参金髪魔女のせい……と、言いたい所ではあるのだが、俺がこうなったのは自業自得であり、本来なら処刑されていた。

 悔しいが、金髪魔女が根回ししてくれたお陰で俺とマリモが今でも生きていられている事は、変えようの無い事実。複雑な気分だ。


 魔女協会の掟は、絶対。それを破った俺は今、路頭に迷う寸前である。


 俺の心情とは真逆の、呆れるほど晴れ渡った空の元、魔女協会を脱退した際にクソ新参金髪魔女から「コレでなんとか生きてくださいね」と言われながら手渡された、スピニングリールが取り付けられている釣り竿と疑似餌を持ち、住んでいるボロアパートから海を目指して歩き始めた。

「ほら。釣り竿ブチ折らなくて良かったにゃー」

 俺の使い魔であるスキンウォーカーのマリモがニコニコと笑いながら、皮肉を込めて話しかけてくる。

 マリモの手には、呪術を行うためにかつて動物の血液を入れていたボロボロのバケツと、どこで調達してきたのか分からない、ボロボロのレジャーシートが握られていた。

 それらをブンブンと前後に揺らしており、とても幼いという、印象を受ける。

 実際、マリモは幼い。人間の姿になっている今の状態だと見た目こそ二十代前半のように見えるが、生まれ落ちて未だ三年程度。人間にしても、猫にしても、まだまだこれからの年齢だ。

「……悔しいが、たしかに」

「ねー? 天気もいいし、釣日和だにゃん」

 マリモには昨日から、何一つ食べさせてあげられていない。平気そうな顔をしてはいるが、今現在、かなりしんどい思いをさせている筈である。

 俺も腹は減っているが、不老不死の俺は魔術やまじない以外で死ぬ事は無い。俺一人だけなら食料が無い状況になろうともそれほど困る事は無いのだが、今の俺には、結果的に自分の命よりも大切だと証明されてしまった、マリモが居る。マリモは数日飯を食わなければ、通常の猫と同じように、死んでしまうだろう。

 そう考えると、とても心苦しい感情が湧いてくる。それなのにマリモは今、とてもとても楽しそうにスキップをしながら、笑顔を浮かべている。

 俺は今、どう思い、どう感じて、どうマリモと向き合えばいいのか。分からない。

 百年生きても、分からない。


 港へと到着した俺は、針に虫を模した疑似餌を取り付け、軽くキャスティングをして糸を垂らす。釣りなんてものをするのは、どれくらいぶりの事だろうか……なんて無意味な事に思いをはせ、コンクリートの地面に腰を下ろした。

 この時期のコンクリートはとても冷えていて、俺の体の芯までもを一瞬にして冷たくさせる。

 ……この感覚を、マリモに味合わせる訳にはいかない。なんて事を、瞬時に考えてしまった。

「あーご主人ばっちぃんだーっ。シート持ってきてるからシートに座ってにゃー」

 マリモは俺が想像していた通りのリアクションをし、俺の体をグラグラと揺らしながらシートを指さした。

「いいよ、お前が座れよ」

「なんでーっ? そんなだから魔女の不潔なイメージがいつまで経っても払拭出来ないのにゃーっ!」

「もう俺は、魔女じゃない」

「あんなクソッタレな協会の定義なんて、クソくらえなのにゃ! いいからシートに座ってにゃー腰冷やしちゃうにゃー」

 マリモはそう言い、俺の体に後ろから覆いかぶさり、更に強く揺する。

 元が猫なだけあって、マリモの体温は高く、温かい。しかし、このぬくもりを感じる事が、魔女の間ではタブーとされている事。

 胃が、痛い。とてつもない罪悪感が、俺に襲い掛かってくる。

「いいって……お前が」

「じゃあじゃあ、一緒に座ろうにゃー」

 マリモは自身のお尻を、近くに敷いてあったレジャーシートの上に下ろし、俺に向かって手招きをしながら「はやくはやくーん」と言った。俺はその言葉に従うように、小さく腰と尻を動かし、出来る限りマリモの体に触れないよう気を使いながら、マリモの隣に座った。

「うにゃにゃー」

 マリモは満足そうに笑顔を作り、俺へとピッタリくっついてきた。マリモの手が、俺の体にぐるりと巻き付く。

「これで温かいのにゃ」

「……あぁ」

「ご主人、温かいにゃ?」

「……あぁ」

「ふひひーっ」

 マリモは、笑っていた。その顔に視線を向けた俺は、おそらく今、表情を崩している。

 ……こんな絶望的な状況だと言うのに、俺はなんとこの時、幸せを、感じていた。


 スキンウォーカーは二種類存在し、生来のスキンウォーカーと、魔女の手によってスキンウォーカー化された動物とが居て、マリモは後者のスキンウォーカーだ。神が作り出したスキンウォーカーではなく魔女が魔術によって作り出したスキンウォーカーは、基本的に忌むべき存在であり、奴隷同然に扱わなければいけない。ちなみに、スキンウォーカーを個人が作り出すという事は魔女協会では禁止とされている上、並の魔女にはとても作り出せるものではないと、言われていた。

 では何故、多くの魔女が使い魔としてスキンウォーカーを所有出来ているのかと言うと、ひとつは生来のスキンウォーカーを自力で探し出して、相棒として使い魔にするというものと、もうひとつは魔女協会から与えられたスキンウォーカーを使い魔として道具同然に扱うかの、どちらか。

 生来のスキンウォーカーとならば、どんな事をしようとも、咎はない。しかし、魔女協会から与えられたスキンウォーカーは忌むべき存在な上に、魔女協会の「所有物」である。

 大昔は手で触れる事さえも禁じられていたそうだ。そして今でも、性的行為はいかなる事情、いかなる状況でも、禁止されている。抱きしめる、キスをするなんて、以ての外。許される事では、決して無い。

 しかし俺は、それをした。マリモは「三年も生きているのに言葉遣いがおかしい」「恐らく知能が足りていない」という理由で失敗作だと断定されてしまい、処分されてしまいそうになった。しかし処分されるその刹那、俺の中で感情が爆発し、魔女協会のお偉いさん方が大勢居る前で、マリモを抱きしめて、キスを、した。マリモと一緒に死のうと、思ってしまった……。

 十数年で死んでしまう人工のスキンウォーカーの死を、これまでにも沢山沢山、見てきた筈。その時に特別な感情なんて、抱いていなかった筈。

 それなのに、どうして今更、あんな事をしてしまったのか……あの時から数週間が経過した今でも、分からない。


 釣りを始めて数時間、一向に釣れる気配がない。この時期は冬の魚が釣れると聞いていたのだが……時間帯が悪いのだろうか。

 隣に座っているマリモは猫らしく早々に飽きてしまったようで、俺の体に自身の体を寄りかからせ、昼寝をしてしまっている。失敗作だと断定されてしまったマリモは、確かに猫の気質が、強い。

 しかし、マリモの持つ強い猫の気質が、俺は恐らく、気に入っているのだなと、思う。

 俺は釣り竿を左手に持ち直し、右手をマリモの首へと巻きつけて、顎の下を撫でた。マリモは口を二度小さく開き、ウットリした表情を作って自身の口の端を俺の肩へとこすりつけた。マーキング行為。何様だ、コイツは。

「はは」

 俺は笑った。


 時刻は夕方の四時を過ぎて、見つめ続けていた海に太陽が沈もうとしていた。真っ赤に燃える太陽は、黒い水面をオレンジ色に染め上げる。黒を、違う色に変えられる太陽は、偉大だなと、思う。

 ……クソ新参金髪女、名前は確か、ローラ。ローラがまだ魔女協会に入っていない時、アイツは自らのチカラで鷹だか鷲だかのスキンウォーカーを作り出した。魔女協会に入っていなかったお陰で咎は無く、むしろ「天才だ」「素晴らしい」という評価を受け、魔女協会へ入会してきたのだ。

 ……あいつが作り出した鳥のスキンウォーカーの出来が良すぎたせいで、相対的にマリモの存在がマリモを作り出したお偉いさんの恥とみなされ、マリモが処分されそうになり、我慢出来ずに抱きしめてキスをしてしまったのだが……ローラは俺に下された「死」の運命を、覆してみせた。黒が、他の色に変わった瞬間だった。

 ……アイツに対してどう思って良いのか、分からない。ありがたいと感じる部分は、確かにあるが、何故だか納得のいかない気持ちも湧いており、複雑だ。その点マリモは素直であり、どうやらローラの事を気に入ったらしく、時々話題に出す。

「ん……にゃー……」

 隣で眠っていたマリモが目を覚まし、俺の顔を見つめた。その瞳は猫らしく、黒目がとても大きく愛らしい。

「うにゃー……寝ちゃってたにゃ」

「おはよう」

「おはよーご主人。お魚さんは釣れたかにゃ?」

「……坊主だ」

「坊主? 釣れてないって事かにゃ?」

「あぁ」

「元気を出すにゃんご主人っ! 絶対に釣れるにゃ!」

 マリモはニパッと笑顔を作り、俺の肩をカリカリと掻く。それはまるで猫が爪を研いでいるかのような仕草だった。

「夜に釣れるお魚さんもいるのにゃ! もうちょっと粘るのにゃ!」

「……寒いだろ。もう帰ろう」

「もうちょっとっ! もうちょっとだけ、こうしてたいにゃ!」

 マリモは俺に抱きつき「にゃんにゃん」と言いながら、自身の体の全てを委ねてくる。それはそのまま、猫であった。

 だからマリモは失敗作と言われる。

 だからマリモは馬鹿だと言われる。

 だからマリモは猫そのままだと言われる。

 だからマリモは可愛いと思える……。

「……そうだな。粘るか」

「うにゃんっ! おっさかなおっさかっなー釣れるかにゃーっ」

 どう思えば、いいのだろう。

 どう思えば、いいのだろう。

 分からない。

 分からない。

 魔術を覚えて不老不死になり八十年近く、様々な人間を幸せに。そして不幸にしてきた俺は今、何を感じる事が正解なのかが、分からない。

 だけどマリモを見つめる俺の目頭は熱くなり、コイツのために、なんとしてでも魚を釣ってやりたいと、心の底から思っている。


 太陽が沈み夜となり、明かりの少ない寂れた港はすっかりと闇に包まれてしまい、強い海風が俺達二人の体を更に冷やしていく。しばらく飯を食べていない俺の体は冷たく、それにくっついているマリモの体温までもを奪ってしまっている実感が湧き、罪悪感が生まれる。

 このままこうしていても、体力を失ってしまうだけ……そう思った俺はリールを巻きはじめた。

「……帰るのにゃ?」

 意気消沈してしまっているマリモが、細い声で言葉を漏らす。

「あぁ……」

「……マリモが猫になって、畑から野菜取ってくるにゃ」

「駄目だ」

「なんでにゃー? このままだったら、ご主人死んじゃうにゃ」

「俺は死なないし、悪さをした魔女やスキンウォーカーは、ハンターの駆除の対象だ。駄目だ」

「うにゃにゃにゃにゃーっ……低俗なハンターめっ……」

「……バイトでも」

 俺がそう言った瞬間、俺が持っている竿に、手応えがあった。それは俺が魔術を覚える前にやった事のある釣りで、感じた事のある、手応えだった。

「……来たっ!」

 俺は立ち上がり、リールを巻く。

「ホントにゃっ? にゃーっ! 頑張れご主人っ!」

 必死に必死に、リールを巻く。マリモに、食べさせてあげたいその一心で、リールを巻く。


 今日の釣果は、成人男性である俺の手のひらほどの、本当に小さな、魚だった。

 しかしそれでも、なんだか満足している。充実した気持ちが栄養剤となり、元気が俺の全身に漲っているのが分かる。

 ボロアパートに帰って直ぐに俺は魚を少量の塩で調理し、リビングで待っていたマリモの前に差し出した。マリモはヨダレを垂らしながら、満面の笑みで魚と俺の顔を交互に見つめた。

「おいしそーにゃーっ! ご主人食べようにゃっ!」

「全部食っていいぞ。俺は平気だ」

「なーにを言っているのにゃっ! マリモとご主人は一心同体だって、ご主人が言った事なのにゃっ!」

 ……そう言えばマリモにキスをした時、マリモの耳元でそんな事を、呟いたような記憶がある。思い出すと、恥ずかしい……。

「……俺のためを思うなら、マリモが全部、食べてくれ」

「うーにゃー……ご主人ー……」

 マリモは眉毛を垂れ下げ、困った表情を作った。

「ご主人は、愛だにゃ」

「……ん?」

「愛がご主人そのものだにゃ。愛情を感じるのにゃ」

「……馬鹿か。そんな事言うから……失敗作だってっ……言われるんだっ……」

 胸が熱くなり、視界がにじんで見えてきた。この感覚は、なんだろう……この感覚が、もしかして、愛というもの、なのだろうか……?

「にゃー……マリモは失敗作だにゃ。だけど失敗作だから」

 箸を使えないマリモは魚の身を手でちぎり、俺の口元へと持ってきた。

「こうして愛を愛で返したいって、思うのにゃ。マリモも、愛そのものになりたいのにゃ」


 どんなに惨めでも。どんなに辛くても。俺は生きていこう。

 せめてマリモの寿命である十数年後までは、生きていたい。

「おいしーにゃーっ!」

 この笑顔を、守り続けたい。

 強く強く、そう思う。


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