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魔法を消す町

作者: 木嶋隆太
掲載日:2015/10/22

「あ、あの……ここが私のうちですか?」


 扉を開けた俺の視線の先には、困った様子の少女がいた。

 ……少女の名前は、リール・フェザード。

 俺に用事があるのは分かったけど、思っていたよりも小さい子だった。

 ……つい、いつもの調子でからかいの言葉を口にしてしまう。


「キミは誰だ?」

「え!? そ、その……」


 慌てた様子で頭を下げようとした彼女に、苦笑する。

 これから一緒に生活をするため、どういった子なのか知るために問いを投げたが、真面目な子のようだ。


「リール・フェザード。でいいのかな?」

「し、知っていたのですか!?」

「ここが、今日からキミが暮らす家だよ。どうぞ、中に入って」


 扉を開けたまま、リールを部屋へと入れる。


「……あなたが、海斗さんですか?」

「うん。リビングに先にあがっていていいよ」


 鍵をかけたあと、僕もリビングに向かう。


「ここまで一人で来たの?」

「は、はい。変ですか?」

「ううん。記憶が大丈夫なら、良いんだよ」

「はい。まだ、全然問題ないです」


 なら良いのだ。

 ここは、無魔の町。町に流れる魔力は特別なもので、人の魔法を奪う力を持っている。

 知らずに迷い込んでしまえば、魔法が二度と使えなくなってしまうほどに、恐ろしい町である。

 リビングに入った彼女はうっといった顔をする。


「ああ、ごめん。さっきちょうど掃除が終わったところなんだけど……まだ埃っぽいかな?」

「ど、どこを掃除したんですか?」

「リビングだよ」

「……えと、そこにゴミが転がっていますよ?」

「このくらいは気にしちゃダメだ」

「掃除本当にしたんですか!?」


 ……朝慌てて掃除をしたのだけど、まだダメだったか。

 もっとゴミ屋敷だったので、人が普通に生活できる程度になっている現状は十分な進歩なんだけどね。

 

「とりあえず、ソファに腰かけて。これから、キミと依頼の内容について確認をとりたい」

「はい、わかりました」


 彼女は礼儀正しく腰かけ、それからぴっと背筋を伸ばす。

 リールはまだ興味があちこちにあるようで、窓の外を見ている。

 ちょうど、リールを祝福するように二羽の鳥が鳴いている。可愛いかったからか、リールが目を輝かせている。

 対面に座った俺はいつも通りの猫背とともに、資料に手を伸ばす。


「これから、キミの過去について少し語ることになる。もしも、嫌なら途中で止めてくれてもいいからね」

「大丈夫です」

「そうか。……キミはとある国の小さな町の領主の娘だった。キミは、時を凍らせる力を持っているが、制御ができず、暴走させてしまい、その町と……あといくつか近くの町までも凍らせたままである。これでいいんだね?」

「……はい」

「キミは、それらの町を元に戻したくて、ここに魔法をなくすために来た、と」

「はい。魔法は今も発動しているから、町は凍ったままです。だから、私の魔法さえなくなれば、きっと……溶けると思うんです」

「……なるほどね」


 俺は資料を戻しながら、ソファに腰かける。

 今どき珍しいくらい責任感のある子だ。

 そりゃあ、戻したいと思うだろうが、まさか自分の魔法を、そして記憶をなくしてまで元通りにしたいとは。

 俺だったら、しらばっくれてどこかの町で暮らしているだろう。


「本当にいいんだね? キミの魔法がなくなるということは、キミの中から魔法に関する記憶もなくなることになる。例えば、魔法と一緒に育ってきたのならば……ほとんど記憶がない状態になると思うよ」

「……それでも構いません。町には、家族が……友達がいます。あれからずっと彼らが動いているところを見ていないんです……。私だけこんな風にしているなんて……申し訳がなくて」

「魔法の制御の練習は?」

「しました。けど、魔法は発動はできても、解除ができません」

「厄介だね。ためしに何かを止めて見てはくれないかな?」

「……どうして、ですか?」

「キミの魔法が消えたかどうかの確認になるからね。そうだ。そこの時計をとめて見てくれ」


 壁にかけられていた時計を指差すと、リールはゆっくりと頷いた。


「……そう、ですね。町が戻ったかどうかも、すぐにわかりますね」


 消極的であったが彼女は片手をそちらに向ける。


「……アイスロック」


 小さく呟くと同時、時計の周囲が完全に止まる。散々うるさかった、かちかちという音が今ではまるで聞こえない。

 発動した魔法は見事に、時計を止めている。

 軽い拍手をしていると、リールは首を捻った。


「……魔法が、弱まっています」

「今も、キミの魔法は消え始めているということだよ。あと一ヶ月もすれば、完全に消滅するよ。悔いはないかな?」

「ここで、躊躇うなんてそれこそ失礼です」


 彼女の両目には強い気持ちがあった。


「依頼を受けよう。もしも、途中でやめたい場合はいつでも言ってくれ。ただ、魔法も記憶も、すべてを元の状態にすることは難しいけどね」

「……はい。わかっています」

「それと、俺たち案内人と、この町のことについても記憶からは消えることになる。これは秘密保持のためだ。そこは、了承しておいてくれ」


 まあ、町に残る場合は別なんだけど。


「すでに、話は聞いています」


 この町と俺たち案内人は、世界の裏側の存在だ。

 リールはそれから立ち上がり、ざっと周囲を見る。


「どうしたんだ?」

「……あの、私のこと覚えていませんか?」

「いや、どこかで会ったか?」


 記憶にまるでないが。


「まあ、五年くらい前のことですからね……。わかりました! 掃除! しますよ!」


 五年。それは町が凍った日付に近いな。

 それから、リールとの生活が始まった。



 ○



 三日ほどかけて、掃除のすべてを終えた。

 俺は本当にここが自宅なのかどうか、首を捻りたくなった。

 それはリールも同じようで、ぴっと大量にでたゴミ袋を指差す。


「今までどんな生活をしていたんですか!」

「これも計画のひとつなんだ。俺たちはこれから、一ヶ月を暮らす必要がある。一ヶ月というのは案外長いもので、見知らぬ人同士が何もないまま生活するのは厳しいだろ? だから、この掃除というイベントを用意しておいたんだ」

「あなた、来たときに掃除していましたよね!?」

「お祝いだ。これから近くの店で食事でもしないか?」


 誤魔化しに気づいたようだが、彼女は窓の外へと視線をやる。


「……初めて、外に行きますね」

「町をゆっくり見る良い機会だ。一緒に行こう」


 俺が手を差し出すと、彼女はこくりと頷いた。

 それから簡単に着替えをすませ、外に出る。

 晴天だ。


「……この町って、普通の町とは違うんですか?」

「そんなことはないよ。魔道具による生活補助は普通にある。魔法がなくなっても、魔力は持っているからね」

「そうですか。けど、この町にいる多くの人は……」

「みんな、魔法を消すためにここへきて、そしてそのままここに住みついた人たちだ。店で働く人もいれば、案内人に興味をもって、目指す人もいるくらいだからな」

「そうなんですか」

「で、気になっていたが俺とおまえはどこかで会ったことあるのか?」


 首を捻ると、リールは頬を膨らませた。


「覚えていないんですか?」

「ヒントは?」

「思い出してください!」


 仕方ないか。

 近くの店に入り、俺は本部で発行されているカードを見せる。

 軽い笑顔を見せた後、複雑そうにリールを見て席へと案内してくれる。


「……それは?」

「ああ。俺が案内人っていう証明書だよ。キミのような依頼者がいるときに限り、ただで町の施設を利用できるんだ」

「だから、あんなに熱心に誘ってきたんですね」

「そういうことだ。利用しない手はないだろ。今日は俺のおごりだ。好きに食べてくれ」

「……それでは、このデザートセットにします」


 俺はもちろん、店で一番高いものを注文する。

 運ばれてきた料理を口に運びながら、リールはきょろきょろと店員を見る。


「……あの方たちは、どっちなんですか?」

「この店は、全員依頼者だった人たちだ」


 俺がちょうどいったところで、デザートが運ばれてくる。


「そういうこと。オレは前にこいつに依頼した人だぜ」


 結構前に引き受けた男だ。


「ゼーダ。そういう話は基本的にはしないって話だろ」

「それは、案内人へのルールだろ? オレたちが自分達のことを語るのは別に問題なかったはずだぜ」

「俺はあんまり好きじゃないけどね。ほら、さっさと仕事に戻ったほうがいいだろ」

「おうそうだったな。もうすぐ終わりだから、ちょっと待ってろ!」

「リール。なるべく早く食べてくれ」


 あいつはうるさくてあまり好きじゃない。

 リールは俺のほうをちらとみてから、ゆっくりと食事を始めた。

 嘆息しかでなかった。


 やがてゼーダがやってきた。

 俺が座らせないようにしたが、リールが隣をあけてしまう。

 

「ありがとね、お嬢ちゃん。それでそれで、今回の依頼者はこの子か?」

「俺からは何も言えないね」


 案内人として、依頼者の許可なく話すことはできない。


「はい。私です。リールです」

「へぇ、リールか。オレはゼーダだ。よろしくな。結構最近に来たのか?」

「三日前です」

「三日、か。……もしかして、部屋の掃除したか?」

「私から言いました。部屋が汚かったので」

「やっぱりなぁ……。気をつけろよ? 放っておくとすぐに部屋が汚くなるからな?」

「……そうなんですか?」


 こちらを見てきた彼女に肩を竦める。


「文句は俺じゃなくて部屋のものたちに言ってくれ」

「ちゃんと戻してください!」


 むぅと頬を膨らませる。

 それからゼーダがちらとリールを見る。


「こいつ、たぶん女相手だろうと、気にせずに裸で歩き回るとかすると思うからな。気をつけろよ」

「……すでに、裸で風呂場から出てくるところをみました」

「すでに、顔に鋭いのもらってるよ」


 俺が自分の頬を指差す。僅かに青くなっているのに気づいたゼーダが、大笑いする。


「やっぱりか!」

「……リール。これからのことの参考のためにも、ゼーダから色々と聞いておくと良い」

「おいおい! そりゃあ、案内人の役目だろ!」

「実体験者から聞くほうが、ためになるだろ?」


 ゼーダは、比較的問題なく魔法を失ってからの生活に対応していった。

 だからこそ、ゼーダの感想とかを聞くだけでも、リールにとっては良い刺激となるだろう。

 日記を書いておいたほうが良い、とか。

 今のうちに俺に対して迷惑をかけたほうがいい、とか。

 余計なことをたくさん教えやがった。



 ○



 一週間がすぎた。

 彼女もすっかりと生活になれ、一人で町へと出かけることもあるくらいだ。

 買出しを頼むと、怒られ、一緒に外へでる。


「いい加減答えあわせといかないか? 俺とおまえは過去にどこかで出会っている。場所はどこかね?」

「……もう、全然思い出してくれないんですか!? 五年前ですよ!?」

「五年前となると、俺は二十一歳。キミは十一歳だ。……面影がなくなってもおかしくはないね」

「私は覚えていました!」


 うーん。どこで会ったのだろうか。

 断片的な記憶を引っ張り出してみるが、まるで思い出せない。

 その後で、リールは頬を染めて俺の手を掴んできた。


「私、こうして男性と一緒に出かけるの、実はあんまり経験ないんです」

「兄、弟、父とかいないのか?」

「いませんでしたし、そういう意味ではないです」

「ちまたじゃ、デートとか言われるらしいな」


 俺がからかってやると、彼女は顔を真っ赤にした。


「でででデート!? これは違います!」

「知っているよ。さっさと食材を買いだめに行こうぜ」

「野菜とかは定期的に買わないと痛んじゃいますよ?」

「腹に入れば同じさ」

「私はあなたほど頑丈じゃないんですっ。これから三日に一度は買い物に一緒に行きますよ」

「わかったよ、おかん」

「怒りますよ!」


 ぶーと頬を膨らませる彼女に苦笑する。



 ○



 さらに日にちがすぎていった。

 今日がすぎれば、リールの記憶も完全に消えるだろう。

 心なしか、体も弱ってきているのか、今日はどこかに座ることが多い。

 普段は子犬のようにはしゃいでいるから、このくらいがちょうど良い気もするけど。


「海斗、ちょっと買い物行きましょうよ!」


 ……ってもう元気になったか。


「昨日、いったばかりだよ」

「……へ? あれれ? じゃあ、一緒に遊びに行きませんか!? この前私良い公園を見つけたんです」

「それは一昨日いったばかりだ。別の公園の話か?」

「……あれ?」


 ……始まったか。

 今までも小さな記憶の齟齬はあったが、ここまではっきりとしたのは初めてだ。いよいよ、だな。

 ……つらいものだ。

 一緒にいるとどうしても、情がうつってしまう。

 だから、極力生活を共にしない案内人もいる。最後の一ヶ月くらい、楽しく暮らしてほしいから、俺は一緒に生活するようにしているけど。


 おまけに、俺が女を担当したのは初めてだ。異性として意識してしまっていた部分もあるから、余計にな。

 同性同士が基本であるが、今回ばかりは、彼女が俺で良いと言ってきたのだ。

 前に会ったかどうかきいてきたが、リールは俺のことを知っていたのかもしれない。


「リール。まだ覚えていたらで良いんだが、少し聞いても良い?」

「私が答えられるものであれば、なんでもきいてください」

「……なら、少しデリケートな問題かもしれないけど、良い?」

「過去の、ことですか?」

「ああ」


 今まで散々はぐらかされてきた。

 俺が彼女とどこで出会ったのか。俺が思いだせるはずもなかったので、聞くことにした。


「……そう、ですね。出来れば、思い出して欲しかったんですけど……」

「……悪いな」

「いえ、仕方ないですね」


 リールはソファに座りなおし、俺も対面に腰かける。


「……五年前。私の町は、ある人たちに襲われて……町が燃えてしまいました。私はそれに怯えて……魔法を暴走させてしまいました」

「……火は、治まり、町はある意味守られた。……ある意味、ベストだったんじゃないか?」

「それは……優しさですか?」

「いや、本心だ」

「……優しいですね」


 ……違う。


「……火を止めてくれなければ……俺たちは、もっと多くの人間を殺していたんだ」

「……え?」


 俺の言葉に、戸惑った様子でリールが呟く。


「俺は……当時騎士をやっていたんだ。国から、あの町で人体実験が行われていると聞き、その調査に向かった。……そのときに、俺たちは護身用にあるアイテムを持たされていたんだ。……町ひとつを破壊できるような火魔石をね。……俺たちは何も知らずに、その火魔石を暴走させてしまい……町を焼いた。その次には、あの氷だ。俺は運よく逃れて、生き残りがいないか探して……キミを見つけたんだ。キミを安全な町まで連れて行ったところで、俺はこの町にたどりついて……魔法を消した」

「……魔法を、ですか?」

「ああ、そのときは忘れたくて。けど、忘れちゃいけないと思って俺は自分がやったことのすべてを、日記として残した。……だから、記憶はなくても自分がやってしまったことは覚えている」

「……だから、私のことは」

「ごめん。まるで覚えていないんだ。誰かを助けた、と俺は日記に書いていた。たぶん、それがキミなんだと思う」

「……そう、だったんですか」


 軽い苦笑の後、彼女はすみませんと頭を下げた。


「全然、そんなこと知りませんでした」

「……俺のほうこそ、悪かった。あの町を破壊して……」

「けど、あなたがいなかったら、私は死んでいたと思います。町から出ることもできなくて、魔物にあっけなくやられていました」

「けど……俺は、キミの人生の中での貴重な時間を奪ってしまった。……謝罪の言葉がいくつあっても、足りないよ」


 俺はその場で土下座でもする勢いで頭を下げようとして、彼女に止められる。


「……あの町の人たちは、たぶんみんなうらんでいます」

「だろうね……俺はそれが怖くて逃げたんだ」

「けど、私はあなたを恨んでいません。だって、あなたがいなかったら……私は生きる希望もなかったんです」

「……俺が希望?」

「最後に言ったんですよ。私と次会ったら結婚してくれるって」

「……へ?」

「今のは冗談です」


 てへと彼女は微笑んだ。

 ……俺の記憶は断片的にしかない。

 だから、彼女の言葉が本当なのかわからない。


「……結婚か。俺とキミはさすがに年齢差がね。ロリコンだと思われちゃうよ」

「そうですか? わりとロリコンじゃないですか?」

「違うね」

 

 いつも通りの空気に戻りかけるが、やはり先ほどのことが気にかかってしまう。


「最後なんです。……もっと笑ってください。私、あなたのやれやれって感じの笑顔好きなんですよ?」

「やれやれって……俺は別に普通に笑っているよ」

「だとしたら、普段から無気力だからそう感じるんですね」


 からかうような彼女が、立ち上がろうとして姿勢を崩した。


「けど、海斗。私が結婚しないと、一生結婚できないんじゃないですか?」

「だろうね。特に興味もないよ」

「掃除はしない。基本部屋でごろごろ。たまに外に出たと思ったら、漫画買ってくるとかですしね」

「無駄な労力を使っていないだけだよ」

「結婚式とかしても、来る人少なそうですし」

「……それはほら。あれだ。本部の人や、今まで案内人として知り合った奴らをかき集めれば何とか」

「……冗談ですよ。……私は、この町には残りません。……あの町の人たちへの、謝罪として……働かないといけませんから」

「……頑張ってくれ。俺も後で謝罪に行くよ」

「そうですか?」


 ……ここで、誰かを助けていれば罪滅ぼしになるかもしれない。

 そう俺の日記の最後には書かれていた。

 だから俺は、ここで案内人を目指し、そしてなった。

 その日の夜。リールは俺にそばにいてほしいといった。

 ……俺も彼女の手を握る。

 安心したようにリールは眠り、僅かに彼女の香りが鼻をくすぐる。


「そうか。一ヶ月、楽しかったよ。……本当に」


 俺はリビングへと戻り、視線をあげる。

 庭にいた二羽のうち一羽が、空へと飛びたつ。

 うるさいくらいの時計の針の音が、再び動き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] おおう、せつないですね。 主人公の、魔法はなんだったのだろうか? 連載になるなら消しに来た人の、バックストーリーを語ったり、誰かが追ってきたりとか、色々できそう。
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