表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

幽霊

身体欠損、後遺症等の表現がありますので、R15としております。

苦手な方は回避して下さい。

「お兄ちゃん、ネクタイちゃんと締まってないよ」


「えっ? そうなのか?」


ネクタイなど生まれて初めてだ。事前に教えて貰って練習もしたがどこかが崩れたようだ…。


「えっと、これでいいか?」


ごそごそと首元をいじるが、どこが崩れてるかよく分からない。


「そうじゃないよ、ほらこっち来て、直してあげるから」


「いっ、いいよ…」


妹からのありがたいご指摘なのだけど、どうにも気恥ずかしい。


「お兄ちゃんがみっともない格好をしてると保護者の母さんも恥ずかしいんだからね、ほら、そこにしゃがんで」


「そっ、そうだな…じゃあ…お願いするよ…」


「…結び方は合ってるけど、結び目の下の方をもう少し小さくしないと形が歪に見えるよ。せっかく似合ってるんだから、ちゃんとしようよ」


鏡を見ても、実の妹に言われても、やっぱり自分の格好に不安が残る。

こういう制服は今風というのだろう。ブレザーでネクタイでスラックスで革靴で…。

オレの頃には詰襟しか無かったのだが…。


「似合ってるかな、この制服? どうもしっくりこないんだけど…」


「もう~これで何回目、この質問…。ばっちり似合ってるよ、これでもかっていうくらい」


「そうなのか?」


「お兄ちゃんは痩せ形だけど、肩幅はあるし身長も170超えてるでしょ…。それに、その顔。

普通の女の子なら10人中9人は絶対イケメンって言うよ」


「…ちなみに、言わない1人って?」


「蓼食う虫も好き好き。それだけお兄ちゃん、顔と見た目は完璧なの」


「いまいち実感が無いな~。あと、顔と見た目だけなのかオレは?」


「いいじゃない、中身は自分で磨けるけど、外見は生まれつきのものなんだから」


そんな会話をしながら、妹の舞夏はオレのネクタイを直してくれる。


未だに慣ないのだがこの顔はそうとうハンサムらしい。細面で眉も細く目、鼻、口がスッキリしてるので、

弱々しい美少年という感じでオレの感覚ではあまりモテる顔ではない。むしろ目鼻立ちがはっきりして、

彫りの深い方がいい男なんだが…。ちなみにこの顔、今風に言うとイケメンというらしい…。


かくいう妹の舞夏は自称平々凡々な顔立ちで、お兄ちゃんとは似ても似つかないと言っているが、

オレに言わせれば十分可愛いと思う。ストレートの黒髪を肩胛骨あたりで切りそろえているとこは、清楚な感じでキレイだし、顔立ちも目鼻立ちが整っていて。けれど…


「えっ、あなたがあの石塚拓也の妹さん? 似てないわね~」


と、石塚拓也を知る人物にはそう言われるらしい。たしかに、舞夏の方が少し目じりが尖って拓也の淡泊な顔よりクールに見えるからあまり似てはいないが、そういう言い方はないだろうと思う、が、当の舞夏は気にしてはないらしい。

どうも拓也と舞夏の周りは視力の弱い輩が多いようだ。


「はい、出来た! これで平気だよ。あと、忘れ物はない?」


「あっ、ありがとう。忘れ物は…大丈夫だと思う…」


「それじゃあ行こうよ。入学式に遅刻なんかしたら、ただでさえ目立つのに必要以上に注目を浴びちゃうからね」


「そうだな、それに恭子さんを待たせるのも…」


オレは慌てて口を塞いだが、口から出た単語を引っ込めることは出来ない。


「お兄ちゃん! また母さんの名前言ってる…」


「ごめん…。けどなかなか慣れないんだよな…」


「今は私しか聞かなかったからいいけど、母さんが聞いたらまた落ち込むから。くれぐれも気をつけてよ。拓也お兄ちゃん!」


「ああっ、充分気をつけるよ…ありがとう、それにしても舞夏は優しいな」


オレは小さい子を相手にする時、膝を着いて相手の目線に合わせるクセのある。

それで少しかがんで、舞夏の顔の正面に自分の顔を持っていった。


「ちょっ! 実の妹にその顔はダメっ! それに近すぎ!」


「あっ、ゴメン…」


舞夏は焦ってオレから一歩後ろに離れる。

オレもつられて、舞夏から一歩離れた。


「もぅ、あんまり顔を近づけないでよ。前はこんなことしなかったのに…急に目でも悪くなったの?」


「いや、目は悪くないと思うけど…オレってこういうクセ、持ってなかったか?」


「私の知る限りじゃなかったと思う。ていうか、お兄ちゃん相手の目を見て話すの苦手だったし…」


舞夏はさっきまでオレの顔を見ていたが、オレとの視線をずらすためかネクタイの結び目を見ている。

これもまた実感がないのだが、オレが女性に向けて微笑むと、オレの意思とか意図に関係なく女性はオレの笑顔に見とれてしまうらしい。

それだけハンサムな…もといイケメンだそうだ…。

まったくもって、やっかいな面だ。

この顔を持っていたら、オレ自身の人生はあそこで終わることはなかったかもしれない…。

いや、こういう無意味な考えはやめておこう。ひたすら空しいだけだ。


「こほん…。えっと、それじゃあそろそろ行こうか」


「うん、昨日も言ったけど途中まで一緒に行こう」


「道は覚えたから平気だけど、まだ色々聞きたいことがあるから、歩きながら話していいか?」


「もちろんいいよ」


そんな事を言いながらオレ達は玄関から出る。互いにカギを持っているから後から玄関を出たオレがカギを締めるが、驚いたことに鍵穴が二つある。それにカギもギザギザがなく、代わりにカギ自体に小さい窪みが複数付いている。

これが今時のカギらしい…。


こんな話があった。知り合いが旅行に出るからと久しぶりに家にカギをかけようとしたら、

鍵穴が錆び付いていてカギがなかなか入らず、やっと入ったかと思えば今度は抜けなくなった…。

時間がないからカギが刺さったまま旅行に行ったが、帰ってきたらカギはそのままで特に泥棒が入った形跡もなかった…。

この話を当の本人から聞いた時には、そりゃそうだろう、と当たり前だと思ったが、今思うと相当のんきな話だ。


「…世の中が色々と変わってしまったのか、あそこがただ田舎だっただけなのか…」


「世の中が変わったって?」


思わずつぶやいてしまったセリフが舞夏の耳に入ってしまったようだ。


「いや、何でもない。それより、この携帯電話の使い方のことなんだけど…」


オレは慌てて会話の方向を変える。

こんな昔話、誰にも話すことなんで出来ないし、ヘタに誤魔化そうとするとかえってボロが出る気がする。

特に舞夏は妙に勘が鋭いから気をつけないと…。


「お兄ちゃん、やっと携帯使う気になったの? それならねぇ!いっそのこと機種変更しない? やっぱ今時ガラケーじゃ格好つかいないもんね♪ ねぇねぇアンドロイドにするiPhoneにする? 私的には新型が出たし、私とおそろいになるからiPhoneを勧めるけど!」


舞夏は家電とかハイテクな電化製品が大好きだから、携帯電話の話を振れば一発で食いつくと思った。

それはまあ正解だったのだけど…。


「それでそれでいつ買い換える? 今日は私も午前中まででその後ヒマだから一緒に電気屋さんに行こうよ!」


が、ちょっと勢いありすぎ。普段のちょっとクールな感じから一変して饒舌になる。

この辺りが舞夏という人物の特徴かつ個性なのだろう。


「ちょ、ちょっと待て! 機種変更とか人造人間とかわかんないって!」


「あっ、ごめん…んっ? 人造人間?」


話の方向が変わったのはいいが、人間興味のあることを話し始めるとことん周りが見えなくなるのはいつの時代でも同じようだ…。


「アンドロイドって人造人間とか人型のロボットのことじゃないのか? ていうか、なんで携帯電話がそっちの話になるんだ?」


「あっ、そうか…アンドロイドってそっちの意味もあるだった…えっとね、アンドロイドって…」


オレの感覚からすると、今の携帯電話の機能とか性能は完全にSFの世界だ。そんな、舞夏の説明とは見当違いのことを思いながら話を聞いていたが、まったくもってちんぷんかんぷんだった。このまま舞夏の携帯談義を聞いても時間のムダなので、今持ってる携帯電話の使い方を教わることにした。そして携帯の使い方のレクチャーを受けながら駅までの道のりを歩いた。


10分ほど歩いて駅が見えてくると、駅前に居た女の子がいきなり手を振りながら小走りでオレ達に近づいてきた。


「拓ちゃん、舞夏ちゃん、おはよぉ~」


高校の制服を着ているがオレが通う高校とは違う。オレの高校は男女ともブレザーで、近寄ってくる女の子が着ているのはいわゆるセーラー服だ。

染めているのか地毛かどうかは知らないが少し茶色の明るい髪を肩の辺りで切りそろえている。屈託のない明るい笑顔。目がクリっとして可愛いタイプ。

見た目では不快な印象が無いが、舞夏はその女の子が視界に入ると、一瞬だけ顔をしかめた。その反応は意図しではなく、完全に反射行動に見えた。


「なかなか来ないから心配しちゃった♪」


オレ達に駆け寄って来たのは、長谷川千鶴。拓也と同じ年で小中と一緒だったが、高校で別々になった女の子だ。

家は近所で、中学に上がるまではよく一緒に遊んでいたらしい。が、中学になってからは異性ということもあり、互いに同性の友達と遊ぶようになり疎遠になった。

最近は挨拶程度の仲だったらしい…のだが…。


「ねぇねぇ、この前倒れたって聞いたけど大丈夫なの? 救急車で運ばれたんでしょ? どこが悪かったの? 今日から高校でしょ? 平気なの?」


「…千鶴さん、私達急いでるんで、また今度にしてもらえません」


千鶴はオレに矢継ぎ早に質問してきたが、オレが答える前に舞夏が千鶴を遮って答えた。

さっき一瞬だけ見せたしかめ面はしていなかったが、初めて聞くトゲのある口調から、舞夏は千鶴が嫌いな事だけはハッキリした。


「千鶴さんなんて他人行儀な呼び方しないで~。前みたいにちーちゃんって呼んでよ舞夏ちゃん」


「…年上の高校生にその呼び方は痛いです。千鶴さんがイヤなら長谷川さんって呼びます…とにかく、兄と私は急いでるんで失礼します。長谷川さんの高校は兄の高校とは反対方向でしょ? こんなところで油を売ってていいんですか? 遅刻しますよ」


「そんな冷たいこと言わないでよ舞夏ちゃん。拓ちゃんが救急車で運ばれったていうのに、私には全然情報が入ってこないし、携帯にかけてもなしのつぶてだし、これでも心配したんだよ~」


舞夏を押しのけてオレに話かけてくるから、オレも思わず答えてしまった。


「それは悪かった。携帯は使い方が…あっいや、心配してありがとう。でも今は時間がないから…」


「遅刻なんてどうでもいいの。今は巧ちゃんとお話するほうが大事なの。ねぇ巧ちゃん、ホントに身体は平気なの? 救急車呼ぶくらい大変なんだったんなら、まだ出歩かない方がいいんじゃない? なんとなく顔色もよくないみたいだし…念のため今日は帰った方が良くない?」


「いや、別に身体の調子は悪くない…」


「なんだったら私が家まで送っていくよ。学校なんてへーきだよ、どうせ今日は入学式だけなんだし」


拓也は今まで長谷川千鶴にどう接していたかなど知りようがないが、オレはこういういい加減な事は…

嫌いだ!


「長谷川さん、オレはどこも悪くないし、このまま入学式に出ます」


「えっ? 長谷川さんって、巧ちゃん…?」


「身体の心配をしてくれたことは嬉しいですが、簡単に入学式をサボろうなんて言うのはおかしいです。一生に一度のことをこんな軽々しく扱うのは良くないです。オレのことは妹の舞夏もいるので放っておいて平気ですから自分のことを優先してください」


こういう返しを拓也はしてなかったのだろう。案の定、相手は戸惑っている。


「巧ちゃん…やっぱり変だよ…、私にそんな…そんな言い方、今までしなかったよ…やっぱりどっか変! 変だよ!」


「往来で人を指さして変、変と連呼しないでいただけますか…あまり気分の良いものではないので」


「どうして…、どうしてそんな初めて会った人のように私を見るの? ねぇ私だよ私、幼馴染みの千鶴だよ、昔みたいにちーちゃんって呼んでよ」


これまでの拓也とは随分と違っていたのだろう。オレはこれ以上彼女に付き合うつもりは無かったので、舞夏の手を取ると彼女に「それでは」とだけ告げると駅に向かった。


後ろから金切り声が聞こえたが無視した。正直関わりたいとも思わなかった。


「お兄ちゃんがあの人にあんな言い方するのを初めて見た…びっくりだよ…」


「そうなのか? まあ以前のオレがどういう態度をしてたかは知らないけど…彼女、かなり強引な性格みたいだから、いつも押し切られていたんだろうな…まずかったな?」


「いいよ、あの人いつも自分の都合だけでお兄ちゃんにまとわりついて、おいしい思いをしてきたんだから…」


どうやら、舞夏と彼女は色々と確執があるみたいだ。

この場で聞くことでもないし、そもそももう時間が無い。オレは駅の改札で舞夏と別れると一人で改札をくぐった。


オレがこの時代の物で驚いた物の一つが、この非接触の定期券だ。定期を改札口の指定のマークにかざすと

自動で定期の情報を読み取って改札が開く仕組みだ。定期の情報を乗り降りする駅で読み取るからキセルはできない。

正直これはスゴイと思った。


そんなことを考えていたら電車で来た。通勤時間帯でそれなりに混んでいる車内に入り、人混みに流されながらもなんとかつり革を掴めた。

一息つくと電車が動きだした。目的の駅はここから三つ目、時間にすると約10分。こういう中途半端にやることがない時間には色々と考えてしまう。

自分のこと、この身体のこと。そしてこれからの事…。


なぜなら、オレはこの身体の本当の持ち主ではない。この身体の名前は石塚拓也。そしてこのオレは、20年以上前に死んだ石川巧という人間で、なんの因果かこの身体、石塚拓也に取り憑いている幽霊だからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ