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幻待ち人  作者: 天猫紅楼
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セパラドス

「どういうことだ、ヴァン!」

 クレディアはヴァンの胸ぐらをつかんで睨んでいた。 ヴァンはされるがままに壁に押さえ付けられながら

「まあまあ」

と落ち着かせるように両手を上げている。 クレディアの後ろには、ディードが固い顔をして腕を組み、立っていた。

 実技試験は見事に合格した。

 ヴァンが唱えた呪文によって、ザグドの体はみるみるうちに小さくなった。 そして小さなトカゲの姿になったザグドは、見下ろすヴァンにひれ伏すしかなかった。

「お見事! ヴァン・ヴァイン合格! しかし、闘技場はかなり破壊されてしまいました! 暴れてくれましたね! この修理は、どう――」

「ちょっとちょっと! 暴れたのはこいつだよ」

 ヴァンは、指先でザグドのしっぽをつかんで持ち上げ、笑った。 

それを見ていたメッサー教官は、誰にも気づかれない音で舌打ちをした。



 闘技場の修繕に関してはまた協議するということで、とにかくヴァンの合格は確定となった。 だが、クレディアとディードは納得いかない表情でヴァンの首根っこをつかむと、迫った。

「何故お前があの技を使えるんだ?」

 クレディアはヴァンに詰め寄った。 その瞳は動揺に揺れていた。 ヴァンは頭を掻き、苦笑いをした。

「だって、あのまま戦っていたら、体力が持ちそうに無かったんですもん! 肋骨をやられちゃったし……」

 そう言いながら、自分の脇腹を指差した。 闘いの衝撃で、ヴァンの肋骨は数本折れているかヒビが入っていると、ヴァン自身分かっていた。 だがクレディアは睨み付けたまま怒鳴った。

「そんなことを聞いてるんじゃない! 私が聞きたいのは――」

「待てよクレディア、落ち着け」

 ディードが彼女の肩に手を置き、落ち着かせるように優しい声をかけた。 だがクレディアはその手を払い除け、今度はディードに食い付いた。

「ディードは不思議に思わないのか? ヴァンはアレを使ったんだぞ!」

「まあまあ、いいから落ち着け。 俺も思ったさ」

 ディードは優しくクレディアの肩を叩きながら言い、ヴァンを見た。

「ヴァン。 さっきお前が使った術は【セパラドス】。 幻獣に、なおも幻を見させ、姿を変えさせるという高度な術だ。 俺とクレディアは、それを一人の男が使っているのを知っている。というより、彼がオリジナルで作り出した術だと、俺たちは教えられた。 彼本人に、だ」

「…………」

 相変わらずの強い力でクレディアに壁へと押し付けられながら、ヴァンはじっと黙っていた。 ディードは続けた。

「ヴァン、セパラドスをどこで、誰に教わった?」

 静かに、しかも強い気迫を持ったディードの瞳を見返しながら、ヴァンはやがてため息をついた。

「そっか。 あれはやっぱり、兄さんしか使えないものだったんだ?」

「「兄さん?」」

 クレディアとディードは、驚いて目を丸くした。

「い……今、何て言った? 『兄さん』って……」

 クレディアの声が震えた。 ヴァンは苦笑いをして、小さく頷いた。

「僕は、アスカル・セルベーサの弟です」

「なんだって?」

 クレディアとディードにとっては、衝撃的な告白だった。 頭の中が真っ白になり、言葉を失った二人の前で、ヴァンは再びにこりと笑った。

「もう少し隠し通せると思ったんですけど、意外に早くバレちゃいましたね」

「あいつ……弟がいるなんて言わなかった……それに、セルベーサって……お前はヴァン・ヴァイン!名前が違うじゃないか!」

 ディードは、絞り出すように擦れた声で言った。 するとヴァンは

「兄さんは、自分の事をあまり言わなかったんじゃないですか? 故郷のことも、家族のことも」

と淋しそうな顔をした。

「そういえば、あいつは自分の事を話したがらなかったな。 謎の多い男だったが、何故か憎めなかった。 だからクレディアも……」

 ディードがクレディアに視線を移すと、彼女は震えながら後退りをして、きびすを返すと走り去った。

「クレディア!」

「クレディア教官!」

 ヴァンとディードは、慌てて彼女を追った。クレディアは武器庫に駆け込むと、中からしっかりと鍵を掛けた。

「クレディア開けろ! クレディアっ!」

 ディードは激しく鉄の扉を叩いたが、何も反応が返ってこない。後ろから、ヴァンが抑えた口調で言った。

「ディード教官、いいですか?」

「ヴァン……?」

 息を飲んで扉から離れるディード。 ヴァンが静かに近寄ると、固く閉ざされた扉の向こう側に向かって声をかけた。

「クレディア教官、僕の兄、アスカルが、何故何も話さなかったのか分かりますか?」

 ディードはヴァンの背中を見つめた。

「兄さんは、思い出を残したくなかったんですよ。 もし自分が突然居なくなったとき、残された人たちが、自分を思い出してしまうモノを残したくなかった。 いつか、まるで霧のように、自分が存在していたことを忘れてほしかったんです」

「ヴァン……」

 ディードは唇を噛んだ。 ヴァンは彼に振り返った。

「兄さんは、僕に手紙をくれました。 後にも先にも、一通だけ。 その中で、兄さんはとても幸せそうでした。 ライバルでもあり、親友であるディードや……」

 ヴァンは扉を向いた。

「生涯一度だけ愛した人だというクレディアのことも、とても熱く語っていました」

 扉の向こうでは、クレディアが頭を抱えてうずくまっていた。 ヴァンは、扉に額を付け、念じるように続けた。

「兄さんはきっと、悟ったんでしょうね。 自分がもう皆に会えないということを。 だから、とても心配していました」

 ヴァンは、意を決したように息を吸った。

「自分が居なくなってしまうことで、クレディアが、笑顔を忘れてしまうのではないかと」

「くっ!」

 ディードはこぶしを握り、悔しげに俯いた。

「あいつ……馬鹿野郎……」

 ヴァンはそれをそっと見つめ、再び扉に向いた。

「で、様子を見に来たわけなんです!」

 さっきまでの抑えた様子から一変して、いつもの明るい調子でそう言うと、ヴァンは微笑んだ。

「兄さんが愛した人がどんな人なのか、気になってたんですよ~~。 そうしたら案の定、冷たい顔で自分を押し殺していた」

「勝手なことを言うな!」

 激昂したディードが、ヴァンの首根っこを捕まえて引き寄せた。

「お前はクレディアの何を知ってるんだ? 彼女がどんなに苦しんできたか、お前に分かるか?」

「じゃあディード教官は、クレディア教官に何をしてあげたんですか?」

 ヴァンはディードを強く見上げた。

「ぐっ……」

 言葉に詰まったディードに、ヴァンはさらに追い打ちをかけた。

「クレディア教官は、アスカル兄さんが帰ってくるかどうかも分からない状態で、ずっと苦しんでたんですよ! あなたはそれを、黙って見ていただけなんですか?」

 真っ直ぐに見つめるヴァンに、ディードはしばらくムキに見返した後、その腕をつかんだ。

「ちょっと来い!」

「いった! 何するんですか!」

「いいから来い!」

 ディードはヴァンを無理矢理引っ張って、武器庫の前から離れていった。

 静かになった武器庫の中で、クレディアは頭を抱えていた。 震えながら

「やっと諦められると思っていたのに……何で今……」

と呟き、膝を抱えなおも小さくうずくまった。

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