ヴァンの秘技……
「さあ! 本校一を争う秀逸な生徒の一人、ヴァン・ヴァインが今、意気揚揚と現れました! さあ! 今回の相手はどんな幻獣なのでしょうか?」
実況アナウンサーのハルナが声を張った。
「ほほう! 本校一を争う、かぁ。 そりゃまたでかくなったもんだ!」
ディードが驚いて呟くと、
「当たり前だ。 毎日のように私らの相手をしていれば、いやでも強くなる」
とクレディアがヴァンを見つめたまま淡々と言った。 そんな彼女を見つめ、ディードはピュウと一つ口笛を鳴らすと、くすりと笑った。
闘技場の真ん中辺りに進み出たヴァンは
「そんなに上げてくれなくても、テンションは最高だよ」
と、ハルナに微笑んだ。
「あらあら! やはり今回も余裕がありそうですね~~」
ハルナは少し頬を赤らめて、からかい混じりに言った。
「勿論だ! 早く戦いたくてウズウズしてる!」
ヴァンは闘技場の向こう側を見た。 分厚い壁に設置された門には、太い鉄格子が冷ややかに下りている。
「では、ヴァンの相手、前へ!」
試験官の声が響いた。 その合図と共に、鉄格子が重い音を立てて上がりはじめた。 闘技場を囲む人々の目が、鉄格子の向こう側を凝視する。 その暗い奥から、メッサー教官と共に幻獣が現れた。
「おっと! メッサー教官の顔があまり晴れやかではありません! きっと、ヴァンの余裕な態度が気に入らないのでしょう! 連れてきた幻獣も……っ!」
ハルナは幻獣を見て、言葉を失った。
闘技場の三分の一を占領するかのような巨体。 でんと垂れた体を引きずりながら、太く短い手足でゆっくりと歩いている。
「で……でかいぞ!」
「見たことのない幻獣だ!」
生徒たちが騒めきだした。 ハルナが、全身を覆う鳥肌を懸命にこらえ、気力を振り絞ってマイクを構えた。
「か、かなり大きい! 私も長年この試験に携わっていますが、ここまで大きな幻獣は初めてです!」
興奮したハルナの横で、ヴァンはあろうことか静かに立っていた。 決して恐怖ではなく、受けとめる覚悟で、目の前に現れた巨大な幻獣を見上げていた。
「ほう。 さすがだな。 余裕を語るのは、口だけでは無さそうだ。 この幻獣は私の最新作。 というより、試作品だ。 今はおとなしいが、制御を外せば、私もどう動くのか分からん。 ヴァン、お前にコイツと戦う意志はあるか?」
メッサー教官は挑戦的かつ冷ややかに言った。 ヴァンは一度メッサー教官に視線を投げると、くいっと口角を上げた。
「何でも良いから、始めてくださいよ。 なんなら、暴走したところを止めてあげてもいいですよ」
その言葉に、メッサー教官の眉がピクリと動いた。 もともと口数が少なく、いつも黙々と仕事をこなすメッサー教官がわずかながらでも表情を変えるのは、珍しいことだった。 ハルナは少し後退りした。
「こ……この勝負、何が起こるのか予想できません! 皆様、自分の身は自分で守りましょう!」
少し上ずった声でアナウンスし、ハルナは試合開始を告げる笛を高らかに吹いた。
「ま、後始末くらいはしてやるがな。 いけっ、ザグド!」
メッサー教官は腕を上げ、指をパチンと鳴らした。 すると幻獣ザグドは瞳を光らせたかと思うと、ヴァンを目がけて猛突進した。
「来たな、デブとかげ!」
ヴァンは一つ後退りをすると、身を屈めて剣を構えた。 身の丈ほども長く、細い刃をした剣の切っ先が、キラリと光った。
「行くぜっ!」
ヴァンは足元を思い切り踏みしめると、幻獣ザグドへと飛び掛かって行った。 ザグドはヴァンを真正面から迎え撃ち、太い前足を上げた。
ザンッ!
風を切る音と共に脚先から突風が生まれ、ヴァンを襲った。
「うわあっ!」
意表を付かれ、両腕でガードしながら踏張るヴァンの体が、いきなり吹っ飛ばされた。
「があぁっ!」
ヴァンの体がくるくると回りながら宙を舞い、やがて地面に落ちた。
「ヴァン!」
ディードが思わず腰を浮かせた。 その隣で、クレディアは微動だにせずヴァンを見つめていた。 長めの前髪から見えるその瞳は、明らかに動揺し揺れていた。 それでもゆっくりと起き上がると、激しい痛みを感じて脇腹を押さえた。
「な……なんだ?」
気付いたら地面に倒れていた感覚に、ヴァンは一瞬記憶が飛んだことを知った。
「何があったんだ?」
剣を杖代わりに、痛む脇腹を押さえながら立ち上がり、ザグドを見つめた。 その時、ハルナが声を張り上げて実況した。
「ヴァンの一瞬の隙をつき、ザグドの長いしっぽが、彼のよこっつらを殴り付けました! ヴァンはどうやら肋骨を痛めたようです! 序盤に痛い負傷! どうするのでしょうか?」
ヴァンは横目でハルナを見た。
「そうか。 あいつのしっぽが……」
ザグドの後ろには、不釣り合いなほど太く長いしっぽが揺れていた。 ヴァンは唇を噛んだ。
『正面から行っても、あの足から生まれる風が来る。 あの意外に器用なしっぽも邪魔だな』
ヴァンは目玉だけを動かし、周りに視線を送った。 ぐるりと囲まれたさほど高くない壁の向こう側に、生徒たちが観覧している。
『少し暴れるか……ちゃんと逃げてくれよ!』
そう生徒たちに願いながら、ヴァンはザグドから離れるように走りはじめた。
「よし! 来れるもんなら、来い! ザグド!」
ヴァンの言葉に反応するように、ザグドは咆哮を上げて彼を追い掛けた。
「おっと~~! ヴァンが走りはじめました! でもザグドに攻撃を仕掛けるようには見えません! 逃げるのでしょうか?」
ハルナの困惑した声が響いた。
「好きに言ってろ!」
ヴァンは痛みを堪えながらも、わざと余裕めいた笑いを浮かべた。
「あの馬鹿……」
クレディアが思わず呟くのを、ディードは聞き逃さなかった。 だが、聞かなかったふりでヴァンの様子を見つめた。 その唇には、密かに笑みが浮かんでいた。
その間にもヴァンは闘技場の中を駆け回り、ザグドを翻弄していた。 闘技場を囲む壁にザグドのしっぽや体、手足がぶつかり、その瓦礫が生徒やスカウターにまで飛散しはじめ、闘技場は騒然となった。
「あいつは、一体何をやってるんだ!」
「怪我人なんかが出たら、試験に合格どころじゃないだろうが!」
次第に生徒やスカウターたちが避難しはじめた。
「俺たちも逃げる?」
ディードはクレディアに尋ねた。 すると彼女は、ヴァンを見つめたまま
「いや。 試験は最後まで見届ける。 それが、教官としての使命でもあるだろ?」
と答えたので、ディードは肩をすくめて
「やっぱりね」
と呆れ口調で言いながら座り直した。
ヴァンは半分以上のギャラリーがいなくなったのを確認すると
「よし、いくか!」
と足を止めた。 ザグドは無我夢中でヴァンを追い掛けていたので、半ば息も絶え絶えだった。
「ふん、意外とスタミナは無かったな!」
ヴァンは自分の足元に剣を突き立て、勢いよく手を合わせて印を組むと、呪文を唱えはじめた。
「チャガ・ヂョーラ!」
「あ……あれは……!」
突然、クレディアが驚いて立ち上がった。 ディードもまた、目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
「あれは……アイツの……」
二人の目の前で、ヴァンの体が赤い光に包まれ、まばゆい繭のようになった。
「あやつは一体……?」
それまで黙っていたファンネル校長が、震えた声を出した。