半月の夜。。。ヴァンの夢
数日後――
その夜は半月が眩しく照らす静かな夜だった。
クリーチャー幻術学校は、全寮制である。 約二百人の生徒たちが朝から晩まで共に過ごし、鍛錬に勤しんでいる。
昼間騒然としていた建屋も、疲れ切った生徒たちの寝息のみが漂う静かな空間になる。 寮の上にある静まり返った屋上は、夜風を転がしていた。
その中に一つ、フェンスに寄りかかって座る人影があった。 クレディアだった。濃紅の髪の毛を夜風に揺らし、手にはグラス、足元には酒瓶が置かれていた。 クレディアはそれを、一口飲んでは夜空を見上げていた。 その時、屋上の扉が静かに開き、人影が彼女にゆっくりと近づいてきた。
「あぁ、やっぱりクレディア教官だった!」
明るい声が屋上に響いた。 クレディアは視線だけを送り、ため息をついた。
「またお前か……」
彼女に近づいてきた人影は、ヴァンだった。
「すみませんね、しつこくて」
ヴァンはあっけらかんと言いながら、クレディアの横に座った。
「こんな冷たい所に座ってたら、風邪ひきますよ?」
驚いたように言うヴァンを向かず、彼女は一口飲んでそっぽをむいた。 ヴァンはその足元にある酒瓶を見つけると
「あっ! お酒飲んでるんですかっ? いいんですかっ? ここ寮ですよっ?」
とまくしたてた。 クレディアはうるさそうに耳を指でふさぎながら
「教官は良いんだよ! 翌日に響かなければ、許可されてる」
と面倒臭そうに答えた。 ヴァンはふうん、と不服そうに唇を尖らせた。
「お前こそこんな夜中にどこに行ってたんだ?」
クレディアが尋ねると、ヴァンはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに嬉しそうに微笑んだ。
「ちょっと友達と外でご飯食べてたんですよ! そうしたら、話が盛り上がっちゃって、こんな時間になっちゃったんです! あ、ちなみに酒は飲んでませんよ! ちゃんと規則は守ります! でね、帰ってきたら、屋上に人影が見えたんで、もしかしたら最愛の人かと思って、急いで上がってきたというわけです」
息継ぎもままならずに、ニコニコと話すヴァンの表情は、視線を遠くに向けているクレディアには届かないままだったが、彼はまるで構わない様子で話していた。 クレディアは聞いているのかどうかも分からないほど、揺れる髪の毛に表情を隠してグラスに口を付けていた。 ヴァンはそんな彼女をにこやかに見つめていたが、やがてふと思いを馳せるように静かに話しはじめた。
「クレディア教官は、ここで何を目指しているんですか?」
「えっ?」
突然の全うな質問に、クレディアは驚いて顔を上げた。 ヴァンが優しい笑顔で見つめていたので、避けるように再び視線を外した。
「たまにはちゃんとした事も言えるんだな」
そう呟くクレディアに、ヴァンは心そのままに唇を尖らせた。
「僕を見くびらないでくださいよ! これでも、優秀とは言えなくても、それなりに結果残して来てるんですから!」
そんな彼を、クレディアは横目で見てふっと小さく笑うと
「綿帽子は、ここでどうなりたいんだ?」
と反対に質問した。 ヴァンは
「あっ! はぐらかしたっ!」
と、カールした黒髪の頭を押さえて頬を膨らませたが、すぐに真面目な顔つきをした。
「僕は、ここで一つ、叶えたいことがあるんです」
「叶えたいこと?」
クレディアが聞きなおすと、ヴァンは大きく頷いた。
「それは……」
と人差し指を立ててクレディアに近づいたヴァンは、にこりと微笑んだ。
「あなたの笑顔を見たい!」
「えっ?」
クレディアの前髪がなびき、紅色の瞳が揺らめいた。 酔いのせいなのか、少し潤んだ瞳に、月の光が反射していた。 ヴァンはまっすぐに見つめたその瞳に、話すように言った。
「クレディア教官、僕がこの学校に入ったときからずっと、いつも固い顔のままです。 一度だって楽しそうに笑っている姿を見たことがありません。 もしかしたら、ずっと前からそうだったんじゃないですか? だから、卒業するまでの目標として、クレディア教官に笑顔を取り戻すと決めたんです」
「ふん!」
クレディアはグラスと瓶を持って勢いよく立ち上がると
「くだらん! そんな余裕があるなら、早く卒業したらいいだろう! お前にはその実力がすでにある! 優遇される働き場所もすぐに見つけられるだろう」
と吐き捨てるように言って立ち去った。 残されたヴァンは
「それはどうも」
と頭に敬礼のように手をやって答えると、
「それでも、僕の夢ですから」
と、神妙な顔で呟いた。