ヴァンの求愛
「どうじゃった? 今年の新人は?」
外の喧騒も全く入ってこない静かな校長室の中、ファンネル校長はクレディアに尋ねた。 彼女ははじめ黒革のソファに促されたが、今しがた動いたばかりで埃が付くからと断り、部屋の壁よりに立っていた。 壁には、歴代の校長の肖像画が数枚飾ってあり、シンプルな装飾品が棚を飾っていた。 クレディアは、見慣れたそれらをぼんやり見ながら
「今年も、有望ですよ」
と答えた。 ファンネル校長は
「そうか」
と満足気に頷き、白い顎髭をさすった。
「厳しい試験に合格した彼らじゃ。 生半可な気持ちでは来ていないじゃろうが、最後の試験はクレディアに任せるべきじゃと思っておる。 これからも頼むぞ」
「……はい」
クレディアは、ほぼ無表情で小さく頭を下げると校長室を出ていった。 ファンネル校長は閉じられた扉を目を細めて見つめながら
「お前が一番、人の命を大切に思うことができるからな……」
と嬉しそうに呟いた。
武道場に入ったクレディアの前には、まだ組み合っているディードとヴァンがいた。
「まだやっていたのか……」
クレディアの呆れ声に、いち早くヴァンが反応した。
「ああっ! クレディア教官っ! おかえりなさぁいっ!」
恍惚の表情で両手を広げ、駆け寄るヴァンの顔は、ディードとの取っ組み合いのせいでずいぶんと腫れあがっていた。
「はっ!」
クレディアは駆け寄ってくる彼の腕を取ると、思い切り壁へと投げ付けた。 叩きつけられたヴァンの体は、ズルズルと頭から床に落ちた。
「ヴァン! いい加減にしろ!」
クレディアは床に横たわるヴァンを冷たく見下ろし、踵を返した。
「クレディア教官~~」
ヴァンが弱弱しい声で呼び止めると、クレディアは立ち止まって視線だけを送った。
「何故、僕じゃダメなんですか?」
天井を見たまま話すヴァンに、ディードが口を開こうとした。 それを無言で制したクレディアは、少しだけ振り返った。
「もう私に関わるな。 ただ、教官としては真面目に向かい合ってやるから。 それ以上深く詮索をするな。 いいな?」
淡々と言ったクレディアは、ヴァンの答えを待たずに武道場を出ていった。 その横には、当たり前のようにディードが付き添っていた。
ヴァンの求愛が、治まることはなかった。
勿論、授業としては真面目に接するが、一旦終業のベルが鳴ると、ヴァンはクレディアへと緩い表情で駆け寄っていく。 決まってそれをディードが制止するのだが、クレディアは至って冷静な顔でその様子を見ているのだった。
「クレディア教官っ! また後でうかがいますからあっ!」
遠ざかるクレディアの後ろ姿に、ヴァンは満面の笑みで手を振っている。その肩を仲間たちは叩き、いい加減にあきらめろと説得するのだが、ヴァンはまるで聞く耳を持たなかった。
「いいのか、クレディア? あいつ、放っておいたら益々しつこくなるぞ?もう少しきつくお灸を据えた方が良いんじゃないか?」
ディードが、スタスタと歩いていくクレディアの背中に声をかけた。
「俺もいい加減疲れてきたぞ……」
頬をかきながら苦笑するディードに振り向きもせず、クレディアは淡々と答えた。
「疲れたなら放っておけ。 あいつも、そのうち飽きるだろ」
ディードはしばらくその背中を見つめていたが、やがてポンと手を叩くと
「そうか! さてはクレディア、楽しんでるな? 今の状況が楽しくて仕方ないんだろう?」
と微笑んだ。 するとクレディアは立ち止まって素早く振り向くと
「そんなわけないだろ! 私も相手をするのが面倒になっただけだ!」
と憮然と言い、再び踵を返すと、スタスタと歩いていく。
「そーーですか、それは失礼しましたっ」
ディードはおどけて言うと、クレディアの背中を追いかけた。




