そして背中を押される
「怪我、お大事に!」
吐き捨てるように言ったヴァンは、扉を思い切り開くと部屋を飛びだしていった。
『なんで……あんな……』
ヴァンの心が慌ただしく揺れ動いていた。
町の喧騒に紛れたくて、大通りに向かう道を走っていたヴァンは、不意に足を引っ掛けられ、勢いそのままに豪快に転んだ。
「いっってぇぇぇ~!」
スライディングのように体を滑らせ、手のひらと額を地面で擦り、胸は砂で汚れ、あちこちに血がにじんだ。
「だっ、誰だっ!」
振り返ったヴァンを冷たく見下ろしながら足を出していたのは、身体のラインをはっきりと映す薄手の生地で出来たワンピースを着た、リゾーラだった。
「リゾーラさん!何故ここに?」
迷惑そうに言いながら身体に出来た擦り傷を気にしつつ、道の真ん中にあぐらをかいて見上げるヴァンの頭を、リゾーラは容赦なくゲンコツで叩いた。
「何やってんのよ?クレディアを迎えに来たんじゃなかったの?」
苛立ちを顕にしながら、リゾーラは今にもその鋭いヒールの踵でヴァンを踏みつける勢いだった。
「このまま、のこのこと帰るつもりっ?」
ヴァンは眉をしかめて立ち上がると、尻や腕に付いた砂を叩き落とした。
「自信が……無くなってしまって……」
「…………」
腕を組んで細い目をするリゾーラから視線を逃がすように瞳を泳がせ、ヴァンは気持ちを紛らわせるように髪の毛を掻き上げた。
「僕の予想以上に、クレディアはすっかり小さくなっていて……僕はそんな彼女に何と言ったらいいのか分からなくなってしまって……」
「はああぁ……」
リゾーラは額を押さえて、長いため息を吐いた。
「あんたが助けなくて、誰があの子を助けるっていうのよ?あんただって、ずっとクレディアを想ってきてたんでしょう?心配で仕方なかったから、このあたしに協力してって頼んだんでしょうが!ここにきてそんな臆病になるんだったら、あたしの今までの努力はどうなるのよ?」
「結局自分大事なんじゃん……」
「なんですってっ?」
「い、いや!」
ヴァンは、リゾーラの光る目から視線をそらした。リゾーラは呆れたようにため息をつくと、遠く街並みの隙間に見える、クレディアが住むアパートを見上げた。
「あの子も一緒よ」
「えっ?」
「クレディアも、今、自分がどうしたらいいのか分からないのよ。教官を辞めて、怪我は治ったけれど、行くところもないし、アスカルを待つことと稽古以外なんの楽しみも無かったあの子には、目標も何も無くなってしまった……ヴァン、クレディアは今、一人ぼっちなのよ」
「……一人ぼっち……」
「それでもあの子は、自分の事を話したがらないでしょうね。あなたには特に。でも、クレディアの心を開けるのはヴァン、あなたしかいないわ」
「僕が?」
「そう。あなたに会うまで、クレディアは笑うことを忘れていた。少しずつ穏やかにしていたのは、あなたの功績。あなたは気づいていないかもしれないけれど、そのしつこさは、あの子にとっては丁度良かったのかもね」
ヴァンの瞳に、再び光が灯った。 リゾーラはブロンドの髪の毛を掻き上げて肩をすくめた。
「ただ、クレディアは頑固者よ」
ヴァンは、さっきまでとは打って変わって、自信に満ちた満面の笑みを浮かべた。
「分かってますよ!」
クレディアは再び市場にいた。
さっきバカラたちに襲われた時に、せっかく買い物をした全てが台無しになってしまったからだった。痛みの残る足を引きずりながら人混みを歩くクレディアは、擦れ違った人にぶつかってよろめいてしまった。
「あっ!」
またしても紙袋からリンゴが飛び出し、クレディアの目の前を飛んだ。その時人影が現れ、それをうまくキャッチした。
「ヴァ……ヴァン?」
驚くクレディアに、ヴァンはにっこりと笑顔を見せた。
「ホント、危なっかしいんだから!」
「な、なんで?」
ヴァンはクレディアの紙袋にリンゴを戻し入れながら
「やっぱり、放っておけなくて」
とはにかんだ。
「あ……」
一瞬、クレディアの目の前のヴァンにアスカルが重なる幻を見た。
アスカルもまた、クレディアの事をいつも目にかけてくれていた。そして、今より少しだけ明るかった彼女の少し抜けた所を助けながら、優しい眼差しで微笑んでくれた。
クレディアは、無意識に彼の名を呟いていた。
「アスカル……」




