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幻待ち人  作者: 天猫紅楼
31/33

翻弄されるヴァン

「ヴァン、いいから!」

「たまには、頼ってください!」

「…………」

「僕に、手当てをさせてください」

 ヴァンはあえて優しく言うと、クレディアは諦めたように息を吐き、おとなしく手を下ろした。恥ずかしそうに視線を外しながら

「ヴァン、たくましくなったな」

と呟いた。ヴァンは嬉しそうに笑った。

「はい。教官になりましたから」

「えっ!教官に?」

 驚くクレディアを見て、ヴァンは

「驚きました?」

とまた笑った。

「そ、そりゃあ……でも一体何故?それにイースは?」

 ヴァンは落ち着かせるように優しく微笑むと、クレディアの頬に大きな絆創膏を貼った。

「クレディアの後を継ぐ為です」

「ヴァン!言っただろう、あの怪我は――!」

 いきなり、ヴァンはクレディアの唇に指先を当てて黙らせた。

「勘違いしないでください。これは僕の意志です。僕は甘かった。人生に対して、軽く考えていた。楽しければいいのは、子供の時だけなんだって、気付きました」

 ヴァンは、小さなクレディアの部屋を見回した。無駄なものは何もない、シンプルな家具と小物が並んでいる。小さな窓には、軽く埃がたまっていた。

「僕の心は凄く小さくて、知識も経験もなくて、ただの空っぽの部屋でした。だから、思ったんです。僕は変わらなきゃって。それは、クレディアが居なくなってから、気付いた……」

「ヴァン……」

「でも僕はまだ、何も変わってないかもしれない……実感なんて無いから」

 切なく微笑んで、ヴァンは立ち上がった。

「もう、行きますね」

「えっ?」

 クレディアは小さく驚いたように見上げた。背中を向けたまま、ヴァンは呟くように言った。

「何故さっき、あいつらに手を出さなかったんですか?」

「…………」

 クレディアは無言で俯いた。

「僕は、昔の、強くて厳しかったクレディア教官に憧れていました。あんな奴ら、あなたなら簡単にねじ伏せられたはずです!貸し借りがどうとか、そんなの関係ないじゃないですか!あれは僕から見ても、理不尽な攻撃でした」

 クレディアはゆっくりとヴァンを見上げた。その瞳には何か言いたげな光が宿っていたが、その唇は固く閉ざされたままだった。

「何も言いたくないなら、それでいいです」

 ヴァンは扉に手を掛けた。だが、その手が扉を押すことはなかった。

「どうした?出ていかないのか?」

 クレディアの小さな声を背中に受けながら、ヴァンはリゾーラの言葉を思い出していた。

『まったく、見ていられないほど元気をなくしちゃってるの。もう何ヵ月も笑った所を見ていないわ。誰とも関わっていないみたいだし、友達も居ないんじゃないかしら?』

 リゾーラは、クレディアが学校を出てから、時折お見舞いに行っていた。この町の部屋を探してあげたのも、リゾーラだった。

「綺麗な景色でも見て気分を変えて、新しい生活を頑張りなさい!」

と言うと、クレディアは小さく頷いてお礼を言ったと、リゾーラが呆れたように肩をすくめてヴァンに伝えた。

 そんなクレディアの様子を見てほしいとリゾーラに頼んだのはヴァンだったし、時期を見て会いに行くつもりではあったが、いざ会ってみて、彼女のすっかりやつれて生気もない様子に、見ていられなくなったのだった。

「ヴァン……?」

 扉の前に立ったまま背中を向けているヴァンに、クレディアは声をかけた。

「すまない。私は変わってしまった。言われなくても分かる。もう、幻術さえ使えないだろうな……無論、使うこともないだろうけど」

「さっき僕が助けなかったら、死んでいたかも知れないんですよ?」

「……ああ……」

「くっ!」

 ヴァンは思わず振り返り、拳を握った。

「どうしてそうなっちゃったんですか?手術は成功したと聞きました!また教官として、やり直せるんじゃないんですか?また学校に戻ってきて、生徒たちをしごいてくださいよ!」

 身体いっぱいに気持ちを表して言うヴァンに、クレディアはわずかに口角を上げた。

「ヴァン……お前が今、どんな生活をしているのか、話してくれないか?」

と言いながら、さっきヴァンが座っていた椅子を指した。

「クレディア……さん……?」

「夕食くらい食べていけ。それとも、急ぎで帰るのか?」

「…………」

 ヴァンは唇を噛んだ。

 すっかり自分の気持ちが分からなくなっていた。目の前に居るクレディアからは、以前のような気迫のこもった覇気はまるで感じられず、指で突いたら簡単に倒れてしまいそうなか弱ささえ感じ取れた。ヴァンの心の中で

『自分が求めていたのは、こんな姿じゃない!』

と叫んだ。ヴァンは思わず俯くと、

「はい……今日は、顔を見たかっただけですから……」

と少し震えた声で後ろ手に扉のノブに手をかけ、視線を逸らしながら扉を開けた。

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