翻弄されるヴァン
「ヴァン、いいから!」
「たまには、頼ってください!」
「…………」
「僕に、手当てをさせてください」
ヴァンはあえて優しく言うと、クレディアは諦めたように息を吐き、おとなしく手を下ろした。恥ずかしそうに視線を外しながら
「ヴァン、たくましくなったな」
と呟いた。ヴァンは嬉しそうに笑った。
「はい。教官になりましたから」
「えっ!教官に?」
驚くクレディアを見て、ヴァンは
「驚きました?」
とまた笑った。
「そ、そりゃあ……でも一体何故?それにイースは?」
ヴァンは落ち着かせるように優しく微笑むと、クレディアの頬に大きな絆創膏を貼った。
「クレディアの後を継ぐ為です」
「ヴァン!言っただろう、あの怪我は――!」
いきなり、ヴァンはクレディアの唇に指先を当てて黙らせた。
「勘違いしないでください。これは僕の意志です。僕は甘かった。人生に対して、軽く考えていた。楽しければいいのは、子供の時だけなんだって、気付きました」
ヴァンは、小さなクレディアの部屋を見回した。無駄なものは何もない、シンプルな家具と小物が並んでいる。小さな窓には、軽く埃がたまっていた。
「僕の心は凄く小さくて、知識も経験もなくて、ただの空っぽの部屋でした。だから、思ったんです。僕は変わらなきゃって。それは、クレディアが居なくなってから、気付いた……」
「ヴァン……」
「でも僕はまだ、何も変わってないかもしれない……実感なんて無いから」
切なく微笑んで、ヴァンは立ち上がった。
「もう、行きますね」
「えっ?」
クレディアは小さく驚いたように見上げた。背中を向けたまま、ヴァンは呟くように言った。
「何故さっき、あいつらに手を出さなかったんですか?」
「…………」
クレディアは無言で俯いた。
「僕は、昔の、強くて厳しかったクレディア教官に憧れていました。あんな奴ら、あなたなら簡単にねじ伏せられたはずです!貸し借りがどうとか、そんなの関係ないじゃないですか!あれは僕から見ても、理不尽な攻撃でした」
クレディアはゆっくりとヴァンを見上げた。その瞳には何か言いたげな光が宿っていたが、その唇は固く閉ざされたままだった。
「何も言いたくないなら、それでいいです」
ヴァンは扉に手を掛けた。だが、その手が扉を押すことはなかった。
「どうした?出ていかないのか?」
クレディアの小さな声を背中に受けながら、ヴァンはリゾーラの言葉を思い出していた。
『まったく、見ていられないほど元気をなくしちゃってるの。もう何ヵ月も笑った所を見ていないわ。誰とも関わっていないみたいだし、友達も居ないんじゃないかしら?』
リゾーラは、クレディアが学校を出てから、時折お見舞いに行っていた。この町の部屋を探してあげたのも、リゾーラだった。
「綺麗な景色でも見て気分を変えて、新しい生活を頑張りなさい!」
と言うと、クレディアは小さく頷いてお礼を言ったと、リゾーラが呆れたように肩をすくめてヴァンに伝えた。
そんなクレディアの様子を見てほしいとリゾーラに頼んだのはヴァンだったし、時期を見て会いに行くつもりではあったが、いざ会ってみて、彼女のすっかりやつれて生気もない様子に、見ていられなくなったのだった。
「ヴァン……?」
扉の前に立ったまま背中を向けているヴァンに、クレディアは声をかけた。
「すまない。私は変わってしまった。言われなくても分かる。もう、幻術さえ使えないだろうな……無論、使うこともないだろうけど」
「さっき僕が助けなかったら、死んでいたかも知れないんですよ?」
「……ああ……」
「くっ!」
ヴァンは思わず振り返り、拳を握った。
「どうしてそうなっちゃったんですか?手術は成功したと聞きました!また教官として、やり直せるんじゃないんですか?また学校に戻ってきて、生徒たちをしごいてくださいよ!」
身体いっぱいに気持ちを表して言うヴァンに、クレディアはわずかに口角を上げた。
「ヴァン……お前が今、どんな生活をしているのか、話してくれないか?」
と言いながら、さっきヴァンが座っていた椅子を指した。
「クレディア……さん……?」
「夕食くらい食べていけ。それとも、急ぎで帰るのか?」
「…………」
ヴァンは唇を噛んだ。
すっかり自分の気持ちが分からなくなっていた。目の前に居るクレディアからは、以前のような気迫のこもった覇気はまるで感じられず、指で突いたら簡単に倒れてしまいそうなか弱ささえ感じ取れた。ヴァンの心の中で
『自分が求めていたのは、こんな姿じゃない!』
と叫んだ。ヴァンは思わず俯くと、
「はい……今日は、顔を見たかっただけですから……」
と少し震えた声で後ろ手に扉のノブに手をかけ、視線を逸らしながら扉を開けた。




