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幻待ち人  作者: 天猫紅楼
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ヴァン・ヴァイン

 クレディアはその後も次々に進み出る少年少女たちの相手をすると、講堂から送り出した。 

 そして数刻後――

 誰もいなくなって静まり返った講堂に残ったクレディアは、両腕を上げて伸びをすると、大きなあくびをした。

「結局、毎年全員合格なんだよね」

 ディードは最後の一人が出て行った少年の背中を見送りながら、廊下へ続く扉を静かに閉めると、いたずらっぽく肩をすくめた。 クレディアは答えずに小さく息を吐くと、自分も武道場の外へ出た。

 山を吹き下りてくる心地よい風の舞うグラウンドでは、訓練に勤しむ生徒たちが汗を流していた。

「あっ! クレディア教官!」

 その中の生徒の一人が彼女に気付くと、一目散に駆け寄ってきた。 それに気づいたクレディアは、途端に視線を逸らし、面倒臭そうに頭をかいた。 嬉しそうに近寄ってきたのは、ヴァン・ヴァインという少年だった。 肩まで伸びる黒髪は緩いカールをしており、一つにまとめていた。 くっきりとした二重の瞳は、意志の強さを反映している。キラキラと輝く瞳にクレディアを映し、鍛えれた腕を大きく振りながら駆け寄ってくる。

「ヴァン……またお前か……」

 クレディアは視線を外したままそう呟くと、避けるように立ち去ろうとした。 するとヴァンは素っ頓狂な声で、ああっ!と叫んだ。

「ちょっと待ってくださいよ! 入学試験終わったんでしょう? 今度は僕に稽古付けてくださいよ!」

 クレディアにすがるように腕をつかんで言うヴァンの頭に、げんこつが降りおろされた。

「やめろ。 クレディアは疲れてるんだ! たった今、二十人の相手をしたところなんだぞ!」

 ディードがこぶしを握ったまま怒った。 見上げるヴァンとは、大人と子供くらいの身長差がある。 その落差から落とされるげんこつの衝撃は、甘く見られない。

「だって、クレディア教官を捕まえるの大変なんですよ! 今を逃したら、次いつ会えるか分からないじゃないですか!」

 頭をさすりながら頬を膨らませるヴァンに、ディードはあきれたように額を押さえてため息を吐いた。

「分かった。 じゃあお前の相手は俺がしよう」

 ディードが言うと、慌ててヴァンは激しく首を横に振った。

「ダメです! クレディア教官じゃないと!」

「何でだ! 稽古なら俺だって同じようにしごいてやれるぞ」

「僕はクレディア教官が好きだからです!」

「ぐ!」

 クレディアはディードと顔を見合わせて、同じタイミングで大きなため息を吐いた。

「それは何回も聞いた。そして断っただろう?」

 クレディアはあきれた口調で言ったが、ヴァンは彼女の肩をつかむと、頷いて

「はい。それを聞いて僕は、あきらめないと言ったはずです!」

とまっすぐに見つめた。 曇りのない茶色の瞳にクレディアの無表情な顔が映った。

「…………」

 クレディアは呆れ顔で視線を外し、肩に置かれたヴァンの手をはじくように離した。 そしてその場を離れようとする彼女に、ヴァンは慌てて手を差し伸べた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいって! 教官っ!」

「私はこれから、ファンネル校長にさっきの報告をしなきゃならないんだ。ディード、相手をしてやれ」

「ええ~~っ!」

 眉をハの字に下げ、嫌悪感を丸出しにするヴァンに、ディードの拳が炸裂した。

「しっつこいんだよ、お前は!」

 いい加減に堪忍袋の緒が切れた状態のディードは、ヴァンの耳をひっぱり

「武道場でいいだろ?」

とクレディアに言うと、嫌がるディードをひきずるように引っ張っていった。 クレディアは小さくため息を吐くと、踵を返して校舎の中へと消えていった。 それを見ていた他の生徒たちは、呆れた顔でそれぞれに囁き合った。


「ホント、ヴァンは物好きだよな」

「そうそう。 なんでよりによってクレディア教官なんだか……」

「あんな怖い女、隣にいられるだけで寿命縮まるよ」

「愛想無いしなぁ!」

「こらそこっ! よそ見するな!」

 担当のサライナ教官が怒号を浴びせると、生徒たちは、慌てて各々の訓練に戻っていった。 一方ディードに引きずられて武道場に入ったヴァンは、やっと観念しておとなしくなっていた。

「仕方ない。 クレディア教官が来るまで、ディードさんで我慢しましょう」

「我慢ってなんだっ! それになんで俺には【教官】を付けん? そういうところが気に食わないんだっ!」

 ディードの怒りも気にせず、ヴァンは軽く手を振って笑った。

「まあまあ。 僕の方は、あなたがクレディア教官の隣にいるということが気に食わないんですから、お互い様ということで」

「お前はぁっ!」

 ディードの身体中が熱くなり、オーラが立ち上った。その時、ヴァンがニタリと口角を上げた。

「あなたもフラれたんなら、潔く身を退くことですよ」

「なっ!」

 ヴァンの言葉に、ディードの姿が消えた。 次の瞬間、ヴァンの目の前に現れたディードは、その拳を彼に突き出した。

「はっ!」

 ヴァンはそれを軽くかわし、一歩後ろに脚を引き、ぐいっと踏みしめると、ディードの懐に肘を入れた。

「ぐっ!」

 ひるんで体をくの字にするディードの背中にヴァンの合わされた両拳が振り落とされたが、瞬間的に体をくねらせてよけると、脚を上げて迎撃した。 パンという破裂音と共に、ぶつかり合った気が四方に飛び散り、武道場の壁を響かせた。

 間合いをはかった二人は、向かい合って睨み付けていた。

「これで実力はあるから、油断ならない……」

 呟くディードに、ヴァンは余裕を込めた不適な微笑みで

「もう終わりですか、【教官】?」

とわざとらしく言った。

「その舐めた態度をどうにかしろ!」

 ディードの中で何かがキレた。

 次の瞬間、ヴァンの体が宙に舞った。 ふわりと弧を描いて床に倒れ落ちたヴァンの体が、一回バウンドした。

「ってえなあ!」

 すぐに起き上がったヴァンの頬が、赤く腫れていた。 その胸ぐらをつかみ、厳しい顔で見下ろすディードを、ヴァンはまだ余裕が残っているかのような笑みで見上げた。

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