クレディアとバカラ
クリーチャー幻術学校があるヴィダル町から二駅南へ行ったところに、港町バサンがある。
果てが見えないほど広い漁港には、個人的な小さな船から、大きな漁船まで立ち並び、新鮮な魚介類を求めて絶えることのない人々が行き交っている。この辺りでは有名な、漁業の盛んな町である。
この町の一角に、そんな港の様子や海が一望出来る小さなアパートがあり、その一部屋に、クレディアは住んでいた。
負傷していた怪我の手術はうまくいき、クレディアは療養も兼ねてここで一人暮らしをしていた。石畳の道を歩き、今日の食料を買いながら海沿いをゆっくり歩いて景色を眺めるのが、一日の楽しみになっていた。
「今日も穏やかだな……」
クレディアは呟いてベンチに座り、海から吹いてくる風に髪を梳いた。穏やかな表情からは、以前のような鋭い眼光は既に消えていた。今はただ、素直に風の流れを受けとめていた。流れゆく雲を眺めながら、潮が沁みて少し潤んだ瞳を細めた。
しばらくそうしていた後、再びゆっくりと立ち上がったクレディアは、帰路についた。
人並みを泳ぐように歩くクレディアは不意に、すれ違う人の肩にぶつかった。
「あ……」
クレディアが持っていた紙袋から、さっき買ったばかりのリンゴがこぼれ落ちた。
「んだよ!ちゃんと前見て歩けよ!」
乱暴な言葉がクレディアの頭上に降り注ぎ、リンゴを掴んで顔を上げると、目の前には、柄の悪そうな若者たちが腕を組んで冷たく見下ろしていた。その中の一人が、クレディアの顔を見て目を丸くすると、大きな声で言った。
「あれあれぇ~~?あんた、クリーチャー幻術学校の教官じゃないのぉ~~?何やってるの、こんな所で~~?」
「え?……お前は……!」
クレディアも彼を見て、目を丸くした。彼女を好奇心の固まりのような瞳でいやらしく見つめるその青年は、以前クレディアが教官として在籍していたクリーチャー幻術学校の生徒、バカラ・ミソールだった。
彼は生徒でありながら素行が悪く、仲間を引きつれては授業も受けずにダベってはだらけた生活をしていた。そして、初めての試験にものの見事に不合格をもらい、退学を突き付けられた。
試験に落ちれば退学……それは学校の規則であり、普段のバカラの生活態度を見ればしごく当たり前の措置であった。バカラはその規則さえ知らなかったようで、両腕を教官に固められ、門の外へ引きずられるように連れていかれる姿は、クレディアの脳裏にもはっきりと残っていた。
「お前、こんなところにいたのか」
クレディアはリンゴを紙袋に戻しながら立ち上がった。バカラは以前と変わらない様子で、その顔を覗き込むように長い舌を揺らしながら笑い、
「あんたこそ何してんの~~?あ、もしかして、クビになっちゃった~~?」
と、歌うようにからかいながら、クレディアの周りをぐるぐると回った。すると仲間たちが寄ってきて
「何?バカラの知り合いか?」
「随分小さいお姉さんだな」
とクレディアを見下ろした。バカラは舌なめずりをしながら仲間を見回し
「知り合いっていやあ、知り合いだな!俺はこいつらに貸しがあるんだ。丁度良いや!ちょっと顔を貸せよ」
と指の関節を鳴らした。
「あれ~~?ここら辺じゃないのか?」
ヴァンはリゾーラに教えてもらったクレディアの住所が書かれた紙を手に、バサンをさ迷っていた。
「一体ここはどこだよ?全然わかんねーー!クレディアーーっ!どこだーーっ!」
ヴァンは途方に暮れ、眉をしかめながら髪の毛をかきむしった。リゾーラに着いてきてもらえば良かったと、後悔をしていた。その時、町を行く人混みの中に不穏な気配を感じ、ヴァンは思わずそっちの方へと視線を移した。
「あ!あれは!」
ヴァンは人混みの中を歩く若者の固まりの中に、探し人の姿を見つけていた。
「クレディア……一体、どこに行くんだ?」
そっと後を付けていくと、クレディアたちは町の裏通りへと入っていった。
薄暗く人通りもない場所に入った途端、彼女の身体は壁に打ち付けられていた。持っていた紙袋から果物や野菜が転がり落ち、それらを気にせずに踏み付けながら、バカラたちはクレディアに拳や蹴りを入れていた。クレディアは若者たちの下で、ひたすら受け続けていた。何の防御もしていなかった。
「お!お前ら、何やってんだ!」
思わず飛び出したヴァンに振り向いたバカラは、にやりと笑った。
「復讐」




