クレディアを迎えに
「クレディア教官!」
ヴァンが勢いよく開け放った教官室には、人気もないどころか誰かがいた気配さえも感じられなかった。キンと張った空気が、無言で部屋の中を支配していた。
「クレディア教官!どこにいるんですかっ?」
部屋の中を見回すヴァンの後ろから、イースの声がかかった。
「もう居ないのよ。もう、この学校には居ないの……」
その声は震えていた。ヴァンは、壁に拳を叩きつけた。
「何故だよ?なんで何も言わずに居なくなるんだよ!」
だがその答えはどこからも返らず、静かな部屋のしんとした空気に消え入った。
クレディアは突然居なくなった。だがそれは、ファンネル校長を始めとした教官たちには既に報告されていた。
「クレディア教官は退任した。もう、復帰はない」
ヴァンが問い詰めたザナル教官は、その気迫に押され気味に仰け反りながら答えた。
「まさか……腕の怪我が……」
ヴァンの顔面が蒼白になった。
「やっぱり無理してたんだ……僕のせいだ……僕があの時、腑甲斐ない戦いなんかしていたから……」
動揺し身体を震わせながら、ヴァンはうずくまった。重く濃い後悔の念が、ヴァンを暗闇へと誘うように包み込んだ。
「ヴァン……」
近づいてきたイースに気付き、振り返った途端、ヴァンの視界が揺れた。
パンッ!
「う……っ」
不意打ちのイースの平手打ちは、ヴァンの脳を揺らすのには充分だった。
「……イース?」
イースは哀しげに睨みながら、ヴァンに言った。
「ヴァンさん、クレディア教官がどんな気持ちでここを去ったのか分かってるんですか?クレディア教官は、今でもあなたを愛しています!」
「えっ?」
「クレディア教官は、怪我の事であなたが自分自身を責める事を恐れていた。怪我を負ったせいで、ヴァンさんがここで学ばなくてはいけないことを、邪魔したくなかったんです!だから、言って聞かなければ……去るしかなかったんです……」
言いながら、イースの瞳からはとめどもなく涙が溢れだしていた。驚いた顔で見つめるヴァンに、イースは涙を袖でぐいっと拭きながら
「私、そんな弱いヴァンさんなら大っ嫌いです!私は……いつも嫌がるクレディア教官にめげずに追い掛けてるヴァンさんが、好きだったのかもしれません……」
「イース……」
ヴァンはゆっくりと立ち上がり、イースに向き直すと、その頬の涙を指先で拭った。その手を握ったイースは、ヴァンを真っすぐに見つめた。
「ヴァンさん、クレディア教官を追い掛けてください!絶対に待ってるハズだから!それに……」
イースは微笑んだ。
「ヴァンさんも、クレディア教官をまだ好きなんでしょう?」
ヴァンは少し視線を泳がせた。そして苦笑すると
「……そうみたいだ」
と頭を掻いた。
だが、ヴァンはすぐにはクレディアを追い掛けることはなかった。
半年が経った頃、まだクリーチャー幻術学校に在籍するヴァンの前に、リゾーラが現れた。
相変わらずグラマーな体型を生かした露出の高いドレスに、ブロンドの長くカールした髪の毛を揺らしているリゾーラに
「あら、久しぶりだね、リゾーラさん!」
と明るい口調で言いながら笑うヴァンに、リゾーラは呆れた様子で肩をすくめた。
「相変わらず、間抜けた顔をしてるわね~~。人の気も知らないで!」
ヴァンは苦笑しながら、少し長くなった黒髪を掻き上げた。
「どうですか、クレディアの様子は?」
「だいぶやつれてるわ。全然元気無いの、見てられないわ。あなたもそろそろ動いたらどうなのよ?」
リゾーラは鼻息荒く、不機嫌に言った。
「全く!私に子守を押しつけておいて、自分はのうのうと実力をつけて卒業!その上、教官にまでなったなんて、ホント、人を利用するのが得意よね!」
「僕には時間が必要だったので、たまたま暇そうにうろついていたリゾーラさんに声をかけただけですよ」
ヴァンは屈託ない笑顔を見せた。その襟元には、新人教官の印であるピンバッチが光っていた。
リゾーラはそれを恨めしそうに見つめながら
「そうやって頭の回るところは、アスカルそっくりね」
と皮肉った。ヴァンは構わない様子で笑うと
「それはどうも」
と頭を下げた。そして腰を伸ばすように、白い雲が流れる青空を仰ぐと
「そうだな……そろそろ迎えに行きますか!」
と遠く視線を送った。




