再びの対峙
翌日には、イースは医務室から退院した。まだ包帯は取れないが、激しい動きさえ制限すれば、との忠告付きだった。その横には、ヴァンが付き添っていた。
「頭を打っている以上、少しの異変も気にしていなさい。そして、何かおかしいと思ったら、すぐに来なさい。分かったね?」
ミランが念を押して言うと、イースの代わりにヴァンが答えた。
「大丈夫!僕が見てますから!」
変わらぬ笑顔で明るく答えるヴァンの横顔を、イースは嬉しそうに見つめていた。ヴァンは、イースを守るようにぴったりと傍に付いて歩いて行った。
「へえ~~、すっかり恋人同士ね」
リゾーラが、クレディアの後ろから覗くように、二人の背中を眺めながら言った。クレディアは
「なんでお前が居るんだよ!もう用はないだろ?早く帰れ!」
と迷惑そうに言うと、医務室の扉に手を掛けた。そして
「あいつには、アスカルを引きずって欲しくない。これでいいんだ」
と呟くと、扉を開いた。
「クレディア……あなた、本当にそれで良いの?」
リゾーラは切なそうにその背中に言葉を掛けたが、振り返りもせずに医務室に消えたクレディアに、一つ息を吐いた。
「私はもうお呼びじゃないってことね」
とつまらなさそうに肩をすくめると、姿を消した。
「あの、ヴァンさん?」
昼食をガツガツと食べるヴァンに、隣に座るイースが声をかけた。
「どうした、イース?食欲無いの?これ、美味しいよ?」
頬いっぱいに肉を詰め込んで答えるヴァンの迫力に押されながら、イースはかぶりを振った。
「い、いえ、そうじゃなくて、今日はクレディア教官の所に行かないんですか?いつも暇が出来ると、すぐに探すじゃないですか?」
するとヴァンは、ゆっくりと口の中のものを飲み込むと手を止めた。
「ん……もういいんだ」
「えっ?」
「気付いたんだよ。僕を命懸けで守ろうとしてくれたイースの気持ちに」
「ヴァンさん?」
思いがけない言葉に目を丸くするイースに、ヴァンは笑顔を向けた。
「ありがとう、イース」
「ヴァ……」
イースの瞳が潤み、涙がこぼれた。思わず俯くイースの頭を優しく撫で、ヴァンが笑った。
「こらこら、泣いてちゃ、ご飯食べられないよ?後さ……」
まだ言葉を続けようとするヴァンに、イースは顔を見上げた。
「よかったら、これからもお弁当、作ってよ」
と微笑むヴァンに、イースは頬を赤らめて頷いた。
それからの二人は、一層距離が縮まり、仲良く時を過ごした。
やがて特別試験で負った傷も癒え、ミランの許可が下りて、授業への参加を再開し、また普段どおりの生活に戻った。
そんなある日のことだった。
「ホント、クレディア教官は俺たちを舐めてるよな!」
「そうだぜ!メッサー教官の不正を発見したからって、いい気になってんじゃねーの?」
「大体さ、クレディア教官って本当に強いのか?」
と生徒たちが話しているのを、偶然通り掛かったヴァンとイースが耳にした。
「なんだろう?」
二人は顔を見合わせて、その生徒たちに近づいた。ヴァンの姿に気付いた一人が、同意を求めるように笑顔を向けた。
「なあ、ヴァンもクレディア教官に呆れて、諦めたんだろ?」
「は?何の話をしてるんだ?」
生徒の一人が、首を傾げるヴァンの肩に軽々しく手を掛けて、耳元で囁くように言った。
「クレディア教官、きっとお前にふられたからおかしくなったんだぜ」
「ちょっと!どういう意味ですか、それ?」
イースが噛み付くように叫んだ。生徒は笑いながら
「だってよ、クレディア教官、『お前たちには右手だけで十分だ』とか言ってよ、全力で相手しないんだぜ?」
「そりゃ、お前がただ弱いだけなんじゃ?」
ヴァンが突っ込むと、生徒の拳骨が振った。
「俺はいつも全力だぜ!この間なんかよ、力任せに振り回した拳に当たって、ふらついてやんの!」
嬉しそうに笑う生徒たちに囲まれながら、ヴァンとイースは怪訝な顔を見合わせた。
「どういう事なんでしょうね?クレディア教官がそんなこと……あり得ないわ。いつだって私たちのことを真正面から受け止めてくれる人だったのに……」
色々と推測を始めるイースに、ヴァンはずっと黙っていた。
「そう言えばさっきの人、ヴァンさんにふられたからとか言ってませんでした?」
その言葉に、ヴァンは手を振った。
「そんなわけないよ!ふられたのは……僕の方だよ……」
顔をしかめて苦しそうな表情を浮かべるヴァンを、イースはじっと見つめながら言った。
「そう言えばヴァンさん、最近クレディア教官の授業を受けてませんよね?何かあったんですか?」
問い詰めるように言うイースに、ヴァンは自嘲気味に苦笑した。
「そうだね……一度、クレディア教官の授業を受けてみるか」
かくして、悪評の流れだしたクレディアの真相を確かめるべく、ヴァンとイースは彼女の授業を受けることにした。二人が他の生徒たちと交じって並ぶと、クレディアは以前と変わらずの、厳しいトレーニングを要求しはじめた。柔軟体操からダッシュ、瞬発力の確認、そしてクレディアを相手に実技訓練が始まった。
「さあ、誰から始める?」
クレディアの言葉に、ヴァンは一番に手を挙げた。
「ヴァンだな」
クレディアは、久しぶりに対面するヴァンに対して、眉ひとつ動かすこともなく向かい合うと、身構えた。
「え?」
ヴァンはすぐに異変を感じた。クレディアは左半身を後ろに下げ、右手を少し挙げて構えていた。
『いつものクレディア教官じゃない』
ヴァンが覚えているクレディアは、いつも体を真正面に向けて両腕をだらりと下げるか、両腕を少し挙げて構えるのだ。
『舐められている』
そう言っていた生徒の言葉の意味が分かった。
『そうか、あいつらの言っていた通り、片手一本で相手をするつもりか!』
そうでなくても、ヴァンは数日前に罵倒されたばかり。正論だったからこそ、ヴァンはクレディアから離れることを心に決めた。
それでもまだ、顔を合わせられるほどの気持ちにはなれなかったので、しばらくクレディア教官の授業は受けなかったのだった。
とはいえ、今のクレディアの態度を見てカチンときたヴァンは、胸の奥底にチリリと灯された炎を感じ、自らも左腕を後ろに下げた。
「…………」
言葉は無かったが、クレディアの眉が少し動いた。
「行きます!」
ヴァンの言葉に、クレディアは瞳に力を込め
「来い!」
と頷いた。




