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幻待ち人  作者: 天猫紅楼
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それぞれの想い

「メッサー教官!何故こんなことをしたのか、説明してもらおうか?」

 話し終えた後、改めてクレディアが問い詰めると、メッサー教官は観念して肩を落とした。

「クレディア、手を離して。この人には、もう反論する意欲は無いわ」

 リゾーラが優しく諭すと、クレディアは憮然として身体を離した。メッサー教官は力なく崩れ落ち、俯いた。

「あいつは……ヴァン・ヴァインは、私の創りだした幻獣を弄んでいた……試験とは少々苦戦を強いられるものだ。なのにあいつは、いとも簡単に捻りつぶしてくれた。どんなに複雑な幻獣であってもだ。私は、あいつにだけは負けたくないと……」

「お前は最低な教官だな」

 クレディアは負傷している左腕を押さえながら、小さくうなだれるメッサー教官を冷たく見下ろしていた。リゾーラもまた、呆れた顔でメッサー教官を見つめていたが、やがて外が騒がしくなった気配に気づくと

「あら、私は居ないほうが良さそうね」

と煙を撒くように姿を消した。すぐに小屋の扉が開き、教官たちがなだれこんできた。

「メッサー教官! ヴァンから聞いたのだが、幻獣が二体も現れたとか!それはどういう……?クレディア教官!何故あなたがここに?コレは一体?」

 ザナル教官は、居るはずのないクレディアの姿と、壁ぎわにへたりこんで俯いているメッサー教官を見て驚き、まったく状況が理解できないでいた。クレディアは静かにザナル教官を見つめ

「詳しくは、彼から聞いてくれ。私は疲れた」

と呟き、ふらつきながら小屋を出ていった。

「メッサー教官……これは、どういうことなのですか?なぜ、クレディア教官がここに居るのですか?」

 困惑し目を白黒させながらも、ザナル教官はメッサー教官の前に膝をついて、その顔を覗き込んだ。



「軽い脳震盪だ。すぐに目を覚ますよ」

「そうですか……よかった……」

 ミランの言葉に安心したヴァンは、眠るように目を閉じているイースの顔を見つめた。彼女の額と右腕には、痛々しく包帯が巻かれている。瓦礫が当たった衝撃とはいえ、かなり大きな塊が飛んできたらしい。ヴァンの体にも、あちこちに傷の手当てがされている。

 そうでなくても、今回の特別試験は他の生徒たちにも厳しいものだった。六台ほどあるベッドは、負傷をした生徒たちが半数を埋めていた。パーテーションで区切られているあちこちから、うめき声のような寝息が聞こえてくる。

 ヴァンがイースの額の包帯にそっと触れようとした時、その目がゆっくりと開いた。

「イース!」

「目を覚ましたか」

 ヴァンの声に気付いたミランが、すぐにやってきてイースの様子を診た。

「イース、気分はどうだ?どこか痛むところはないか?」

 てきぱきと質問をしながら、ミランはイースの体を診た。

「大丈夫……です……ここは……?」

 擦れた声を出したイースに

「学校の医務室だよ」

とヴァンが答えた。イースは少し焦点の合わない視線をヴァンに向けて

「試験は?」

と心配そうに尋ねた。ヴァンはにこりと微笑んで

「大丈夫!イースのおかげで、試験は無事に終わったよ」

と頷いた。イースはほっとした顔で

「よかった……」

と枕に沈んだ。ヴァンは眉をしかめると、イースの手を握った。

「イース、ごめんな、こんな怪我までさせちゃって……」

「そんな……私の方こそ、結局ヴァンさんの足手まといになってしまって、ごめんなさい」

 握られた手に戸惑いながら、イースは苦笑を浮かべた。ヴァンはにこりと微笑み、二人の間に、穏やかな空気が漂った。



「クレディア教官……」

 教官室に現れたのはヴァンだった。眠りについたイースをミランに託し、医務室を出たヴァンは、その足でクレディアの居る教官室を尋ねていた。

 窓枠にもたれかかり、赤く染まり始めた窓の外を眺めていたクレディアは、ゆっくりと振り返った。いつものように、怪訝な表情もなく、ただ静かな雰囲気で立つクレディアに、ヴァンはつかつかと近づいた。

「何故……助けたりなんかしたんですか?」

 ヴァンもまた、いつもの明るくふざけた雰囲気ではなく、固い表情をしていた。無言で見つめ返すクレディアに、ヴァンは問い詰めるように言った。

「あの特別試験は、僕の実力を試すものだった。例えそれが異常のあったものであっても、僕は自分の力であの状況を片付けるべきでした」

「お前は、あの試験に異常があったことを知っていたのか?」

 クレディアの静かな問いに、ヴァンは頷いた。あの場ではイースがそう知らせてくれたが、メッサー教官のしたことだというのは、後からザナル教官から知った。

 クレディアは少し俯くと

「そうか……」

 一言呟き、窓枠から身体を離し、ヴァンと向き合った。次の瞬間


 パーーン!


 部屋に、乾いた音が響いた。クレディアの平手が、ヴァンの頬を叩いていた。

「つっ!何をするんですかっ!」

「お前は本当にバカだな!」

「え!」

 戸惑いを隠せない表情で、頬に手を当てるヴァンに、クレディアは冷たく言い放った。

「何が試験だからだ?何が自分の力で片付けるだ?そんな凝り固まった思い込みで、お前は人に怪我をさせているんだぞ!」

「…………」

「状況判断も出来なくて、ただ頭に血が上っていただけだろうが!そんな英雄面で強くなんてなれると思うな!」

 クレディアの熱を帯びた言葉に、ヴァンは俯いた。

「イースがどんな気持ちで、お前の前に立ったと思ってるんだ。自分の命を差し出してでも、お前を守ろうとしたんだ。その気持ちを無駄にするつもりなら、私はお前を疑う!以上、それだけだ」

 クレディアは机の上に置いてあったボトルを掴むと、ヴァンの肩をかすめて部屋を出ていった。残されたヴァンは、うなだれたように俯いて微動だにできなかった。



「あの子、あの光の正体がクレディアだって分かってたのね?」

 屋上で座り込んでボトルに口を付けるクレディアに、リゾーラの声が降った。

「…………」

 答えずに呑み続けるクレディアの横に姿を現したリゾーラは、そっとフェンスにもたれかかり、吹いてくる風にブロンドの長い髪を梳いた。そしてちらりとクレディアを見下ろすと眉をしかめた。

「まだ呑まないほうがいいわよ。怪我に響くわよ?」

 諭すように言うリゾーラに、クレディアは答えなかった。

「ったく、もう……強情なんだから……昔から変わらないのよね、そういうところ!」

 リゾーラは空を仰いで、呆れたようにため息を吐いた。クレディアの左腕は長袖で隠れてはいたが、赤く腫れあがり、分厚く包帯が巻かれている。それは、リゾーラが手当てをしたものだった。医務室に行くとヴァンとイースが居るので、自分で手当てをすると聞かないクレディアを見兼ねて、リゾーラが手助けをしたのだった。

「どうせ、ディードに言われたんだろ?」

 クレディアは俯いたままで呟いた。

「え?」

 リゾーラは少し意外そうに目を見開き、髪の毛を掻き上げた。

「『様子を見てやってくれ』とでも言われたんだろ?ホントに、あいつもお前もヴァンも、お節介な奴ばっかりだ……」

 リゾーラは、静かに顔を引きつらせた。

「……知ってたの?」

「途中からな。お前、最初に私に会った時、ディードのことを聞かなかっただろう?いつも一緒に居るはずのディードのことを聞かないのはおかしいと、後になって思った」

「ふう……」

 リゾーラは諦めたように肩をすくめた。

「なんだ。分かってたんなら、もっと早く言えばいいのに」

「確証はなかったからな、タイミングを見計らってたら、こうなった」

 クレディアは、これ見よがしに左腕を上げた。

「後でちゃんと医務室に行きなさいよ?私がしてあげたのは、あくまでも応急処置なんだから!」

「……信じてやれば良かったのかな?」

 クレディアの呟きに、リゾーラはそっと覗き込んだ。

「私もお節介な奴だったのか?」

 前髪に隠れてはいたが、クレディアは後悔を噛むように唇を引き結んでいた。リゾーラは、髪の毛を耳に引っ掛けながら

「そうねえ……それは、あの子が決める事だわ」

と、また遠くへ思いを馳せるように空を眺めた。

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