幻獣との激闘
「ヴァンさんっ!」
数秒、いや数十分だろうか。ヴァンは、自分を呼ぶ声に目を覚ました。
「つっ……!」
思わず押さえた側頭部がズキズキと痛み、目眩を感じた。
「ヴァンさんっ!大丈夫ですか?」
「あ?」
懸命に頭を上げ、声がしたほうに視線を向けると、イースが幻獣と向かい合っていた。
「イース!何故ここに?」
驚いたヴァンは、よろける足を叩きながら立ち上がった。
「ヴァンさんの後を付いてきたんです!」
幻獣の鋭い爪を剣でいなしながら言うイースに、ヴァンは
「イース!これは試験なんだ!手出しをしちゃダメだ!そこをどいて!」
と叫んだ。するとイースはかぶりを振った。
「試験を終えた人に聞きました!数々の罠を潜り抜けた後に出てきた幻獣は一体だけだったと!ヴァンさんの試験は、さっきの幻獣を倒した時に終わっているんです!この幻獣は、きっとリゾーラの仕業に違いないです!」
「えっ?」
ヴァンは驚いたが、すぐにイースの横に立った。
「そうか!イースありがとう!あとは僕だけで大丈夫だ!」
「でもヴァンさん、まだ怪我が……!」
「これは僕の問題なんだ。これ以上、誰かに頼りたくないんだよ」
気丈にイースに微笑んだヴァンは、彼女とすれ違いながらその肩を叩き、勇んで幻獣に立ち向かっていった。
「ヴァンさん!」
イースは幻獣とやり合うヴァンの後ろ姿を見送りながら、何かあったときの為に身構えた。
「リゾーラが僕をどう思っていようと、この問題は僕が片付けなきゃ!」
ヴァンは迫り来る長い爪に応戦しながら、機会をうかがった。
イースに頼んで幻獣の動きを封じ、そこへ攻撃を仕掛けることも可能だ。だがそれでは意味がなかった。ヴァン一人の力で目の前の幻獣を仕留めなくてはならない。
彼女にもそれは伝わり、壁際まで控えた彼女は胸の前で両手を握り、ひたすらヴァンの無事を祈っていた。
ヴァンは足場を固めると呪文を唱えた。
「チャン・ナラっ!」
すると幻獣の足元から無数の瓦礫が飛び出し、それは棒のように変化して、檻のように幻獣を閉じ込めた。足止めを食らった幻獣は怒り任せに檻を壊していく。その間、ヴァンはあの呪文を唱えた。
「チャガ・ヂョーラ!」
そう。ヴァンの兄、アスカルの技だ。ヴァンの目の前で、幻獣は小さくなるはずだった。だが……
「えっ!何故だっ?」
幻獣は変わらず巨大なままで、檻に爪を立てている。
「ヴァンさんダメです!あいつ、耳が聞こえていない!」
イースの言葉にハッとして、ヴァンは幻獣を見た。毛むくじゃらの体は、かろうじて赤い目だけが確認でき、耳がどこにあるのかも検討がつかない。
「そうか!あの剛毛が耳を塞いでるんだ!僕の術は相手に聞こえなければ効果が無い!くそっ!痛いところを突かれた!」
ヴァンは悔しげに拳を握り、幻獣を睨んだ。
「周りから固めていくしかないか!」
だが、幻獣はあまりに巨体過ぎて、その間にもヴァンが作った檻の棒も次々にへし折られている。次の手を考えていると、暴れる幻獣の爪から火花が散り、それが自身の身体に飛び火した。
「えっ!」
途端に幻獣の体が燃え上がり、もがき始めた。
「ヤバい!周りにも引火するかも!」
ヴァンが慌てる前で、幻獣が力任せに振り回した腕に瓦礫が吹き飛ばされた。
「危ないっ!」
イースがヴァンの前に飛び出し、飛んできた瓦礫がイースに直撃した。
「きゃあぁっ!」
「イースっ!」
腕でガードはしたものの、その衝撃にイースは気を失ってしまった。
「イース!しっかりしろ、イースっ!」
ヴァンがその体を支え声をかけたが、イースは額に血をにじませ、目を覚ます気配はなかった。
『僕はまた、イースを守れなかった……!』
唇をかみしめ、ヴァンは彼女を抱き締めると、目の前で暴れる火だるまになった幻獣を睨んだ。苦しそうな咆哮をあげながら、その太い腕はひたすら周りを破壊していく。そしてふらついた足は、やがてヴァンたちの方へと向かってきた。
「くっ!」
ラディンはイースをかばうように抱き締めながら、印を結んだ。
「チヴン・チキョーラ!」
呪文と共にヴァンの頭上に瓦礫が伸び上がり、幻獣の太い足からヴァンたちを守った。
「イース、少しここで待っててくれ」
ヴァンはそう言うと、イースのぐったりした身体をそこに残し、立ち上がった。そして改めてぐっと身構えると、幻獣へと向かっていった。
「はあぁっ!」
もはやそれは、やけくそにも見えるヴァンだったが、実はそれはイースから幻獣を遠ざけるため。ヴァンは幻獣を挑発しながらどうにか向きを変えようと躍起になっていた。だが……
「くっ!ダメだ!あいつ、耳が聞こえない上に、火に包まれて我を忘れてる!」
そう悔しい言葉を吐き出す前で、幻獣はイースがいる方へと駈けだし始めた。
「ダメだ!そっちは!」
ヴァンが慌てて引き返そうとしたその時だった。一陣の強い風が吹き、同時にまばゆい光がヴァンの視界を奪った。
「っ?なんだ?」
見えない目で必死に状況を探ろうとしているヴァンの目の前に、幻獣が倒れこんできた。
「な!なんで?」
飛び退きながら驚くヴァンに、丸く形作られた光が高速で接近した。
「くっ!」
身構えたヴァンの肩口をかすめ、耳元で声が聞こえた。
「今だ」
「えっ?」
振り返るヴァンだったが、光はすでに気配とともに消えていた。彼は光を追いたい気持ちを振り切って幻獣に振り向くと、印を結んだ。
「トルット・ロヂョラ!」
天井が崩れ、幻獣の姿は鎮火と共に瓦礫の下敷きになった。それを見届けるのもそこそこに、ヴァンはイースへと駆け寄った。
そこへ、異変に気付いたザナル教官や残っていた生徒たちが駆け付けてきた。
「ヴァン、大丈夫か?一体、何があったんだ?」
「なんだこの匂いは?何かが焦げたのか?」
壮絶な広間の状況に目を丸くしている面々に、ヴァンは言葉少なに説明をし、とにかくイースの手当てをと頼んだ。運ばれていくイースを見送りながら、ヴァンはもう一度広間をぐるりと見回した。だが、さっきの光の気配はなく、残っている土煙と焦げ臭い匂いが少し漂っているだけだった。




