特別試験
それから数日、リゾーラは現れなかった。
一方、クレディアは毎日のようにずっと気を張っていたので、疲れが溜まってきていた。軽い頭痛がするこめかみを押さえながら、この中途半端な緊張状態がいつまで続くのかと不安になっていた。
その分、ヴァンが付きまとわなくなったのは、ある意味助かっていた。そんな中、特別試験の知らせが発表された。
通常の試験とは別に、こういった突発的な試験をクリアすることで、実力に箔が付く。希望者のみが受験出来るのだが、生徒たちの多くは希望をした。当たり前のようにヴァンもその中の一人だったが、イースはまたいつリゾーラが襲ってくるかもしれないと、不安で仕方なかった。辞めたほうがいいというイースの助言も聞かず、名前を提出した。
「僕は、少しでも強くならなくちゃならないんだ!」
それが、このところのヴァンの口癖だった。
リゾーラと一戦交えたときに何も出来ず、むしろクレディアとイースに助けられたことが、余程心に引っ掛かっていたのだ。
いくら実力があっても、いざというときに発揮できなければ何の意味もない。ヴァンもそれを痛感していた。よりによって、守らなくてはならない相手に助けられてしまったのだから……。
「リゾーラが来るとか来ないとか、それ以前に僕は、この試験に合格しなきゃならないんだ」
ヴァンはそう言って、心配げなイースを安心させるように微笑んだ。
「でも、クレディア教官が心配しますよ。ただでさえ、毎日きっと見守ってくれているのに、こんな特別な機会に何か起きないとも限りません!」
「……それでも……」
拳を握るヴァンの気持ちが、変わることはなかった。
「クレディア教官……」
イースは数日ぶりにクレディアのもとを訪れた。授業以外で話をしに来るのは、リゾーラとの一件以来久しぶりのことだった。
「どうした、イース?」
クレディアは机に向かって書類に目を通していた。いくら疲れていても、教官としての仕事はこなさなくてはならない。真剣な横顔には、少しやつれた感じも見てとれた。
「クレディア教官、随分お疲れのようですね……」
イースの気遣いに、クレディアは書類を机に置くと微笑んでみせた。
「私のことは大丈夫だ。で、用事があったんだろう?」
「はい……あの、ヴァンさんの事で……」
クレディアもそれは分かっていた。ヴァンが特別試験を受けることは、イースの精神的な負担になっていることも。
クレディアは席を立つと、イースに近づいた。
「イース。特別試験はその名の通り、通常の試験とは少し違う。クリアするのは難しいうえに、リゾーラの件もある。お前の気苦労も分かる。だが試験である以上、教官の私が介入することは出来ない。イース、お前がヴァンを守ってやってくれ」
そう言ってその両肩に手をやり、真っすぐに見つめた、イースは大きな瞳をしばたかせて
「私が……ヴァンさんを守る……?」
と繰り返した。クレディアはこくりと頷き、頼むぞ、と微笑んだ。
試験の当日は、クレディアたちの不安も介せず、憎らしいほどの快晴だった。
今回の試験は、学校の裏手にあるカナン山を下り、ふもとから少し離れた森の中で行われた。数人の教官が付き添い、約二十人の試験希望者である生徒たちが付いた場所には、廃墟と思われる石造りの建物が建っていた。
「今にも崩れそうだな……」
「この中で一体何をするんだろう?」
学校の敷地内で行われる闘技場での試験とは全然違う雰囲気に、生徒たちは戸惑っていた。
「試験の説明をする。まず一人ずつあの建物に入って、中に印してある矢印で示された道順で進むんだ。途中にはいくつかの罠が仕掛けられている。それをクリアしながら無事に出てこられたら、試験の終了だ」
試験監督を務めるザナル教官の説明に、生徒たちはそれぞれに顔を見合わせた。
「幻獣は出てこないのですか?」
いつものように対戦形式を心づもりしていた彼らは、戸惑っていた。ザナル教官は、手を腰にやって太い眉をしかめた。
「お前たち、そうやって凝り固まった思い込みをすることで、危険を誘うことだってあるんだぞ!この試験では、そんな予期しないことが起こったときにどう対処出来るかを再確認する」
「そりゃ、丁度いいや」
楽しそうにヴァンは笑って拳を握った。
やがて受験番号が配られた。
「なんだ、最後か……」
ヴァンはつまらなさそうに番号札を指先で遊んだ。しいて言うなら、この勢いで試験に臨み、余裕で合格を取るはずだったのだ。それを思えば、その思い込みを払拭させるにはいい傾向だったのかもしれない。
「まあいいや。番が来るまで精神統一でもするか!」
ヴァンは試験会場から離れると、一人で木の根元に座り、目を閉じた。
「…………」
その様子を密かに見つめている影があった。
イースだった。
彼女は受験希望に名前を載せず、こっそり後を付けてきたのだった。
「クレディア教官は業務で学校に残ってるし、私が頑張らなきゃ!私がヴァンさんを守らなきゃ!」
イースは自分に言い聞かせるように呟き、ヴァンを見つめながら木の幹に張りついていた。
廃墟の中では生徒の声や物音が時折聞こえ、残っている生徒たちは、一体何が起こっているのかも分からずに不安だけが募っていた。最初の一人が戻ってくると口々に中の様子を聞きたがったが、ザナル教官はそれを由としなかった。
「試験を受けるものは皆平等でなければならん!一切の情報交換は禁ずる!もし口外したときは、問答無用で失格だからな!」
パシリと言われ、生徒たちは何も言えなかった。試験を終えた生徒は、
「とにかく、気が緩んだら最後だと思えよ。俺が言えるのはそれだけだ。じゃあ、頑張れよ!」
と疲れた顔で手を挙げて学校へと戻っていった。
「次!」
ザナル教官の声に、次の番号札を持った生徒は、唾を飲み込み、恐る恐る廃墟へと入っていった。
時は流れ、次々に試験は進み、遂にヴァンの番になった。
「これで最後だな。次の受験者!」
その声を聞くと、それまで目を瞑り静かに座っていたヴァンが、ゆっくりと目を開けて立ち上がった。
「ヴァン、お前か。くれぐれもあわてないように!」
ザナル教官の助言にひとつ頷き、ヴァンは廃墟へと進み入った。




