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幻待ち人  作者: 天猫紅楼
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ヴァンの決意

 その夜、教官室に訪れたのは、イースだった。その姿に驚いたクレディアは

「私に関わるなと言ったはずだ」

と、イースを部屋から追い出そうと近づいた。それでもイースは、キッとクレディアを見つめ

「私の話を、聞いてもらえませんか?」

と訴えた。

「え?」

 クレディアは珍しいその気迫に押されて、渋々イースを中へと招き入れた。

「私、あの人のことで気付いたことがあるんです」

 【あの人】とは、リゾーラのことだろう。クレディアはイースを見つめ返した。

「それはどういうことだ?」

「あの人に捕まったとき、あの時は怖いだけだったんですけど、後から思えば、どこか変だと思って……」

「分かりやすく言ってくれないか?」

 できれば、リゾーラの事はもう考えたくもなかったクレディアは、少し苛立った様子で言った。それに、どこからリゾーラが見聞きしているかも分からない。その焦りもあるのだろう。イースはクレディアからそれを感じながらも、自分の思いを伝えようと言葉を選んだ。

「あの……怖くなかったんです」

 先ほどの事を思い出しながら言うイースは、不思議そうに首を傾げていた。クレディアはそれを聞いて、ふむ……と外を見た。

「確かに捕まれた時は痛かったけど、屋上で体を抱かれていたときも、どこか穏やかっていうか……『殺す』とか言っていても、殺意はまったく感じなかったというか……不思議なんですけど……」

 そこまで聞いて、クレディアはため息のように言葉を吐き出した。

「あいつは……リゾーラは、もともとお前を殺すつもりなんて無かったんだよ」

 イースは驚いて顔を上げた。

「殺すつもりがなかった?」

 クレディアはそっとイースに振り返ると、小さく頷いた。

「あいつも、そこまで事を荒立てるような馬鹿な奴じゃない。ただ……」

 そして再び外を見て、悔しそうに唇を噛んだ。

「あいつの考えていることが分からん……」

「クレディア教官、あの人に何かあったんでしょうか?」

 イースはどこか腑に落ちない様子でいた。襲われたはずなのに、恐怖だけでない後味の悪さに、すっきりしなかった。どうにかしてこの心のモヤモヤを晴らしたいと思っていた。イースの心配そうな表情に、クレディアは小さくかぶりを振った。

「分からん。もともと昔からあいつは、何を考えてるのか分からない奴だったし、その場の空気で、平気で気分を変える奴だったから、つかみどころのない女だった。そんな印象しか無い」

 イースは俯いた。

「もういいから、部屋に戻りなさい。このことは、私がなんとかするから」

 クレディアはイースの肩を抱き、部屋の扉を開けた。背中を押されながら必死に振り返り、イースは顔を上げた。

「クレディア教官!私は大丈夫ですから!あの人が狙っているのは、ヴァンさんなんですよね?」

「え!」

 クレディアの動きが止まったので、イースは振り返って彼女と向き合い、両拳を握った。

「私も協力しますから、一緒にヴァンさんを守りましょう!」

「…………」

 クレディアはしばらくイースの懸命な顔を見つめていたが、その両肩を掴むと、強引に後ろを向かせた。

「お前は何もしなくていい。ヴァンにも、余計なことはするなと伝えておいてくれ」

 強引に教官室を追い出されたイースは、慌てて舞い戻ってその扉を叩いたが、何も返ってはこなかった。

「クレディア教官っ!本当に、私は大丈夫ですからっ!教官っ!」

 イースの声を振り切るように扉から離れたクレディアは、力が抜けたように椅子に座ると、長いため息を吐いた。




「クレディア教官は?」

 朝の講堂で、ヴァンは隣のイースに問い掛けた。

 生徒の点呼も兼ねた朝の講堂には、教官たちも同じように集まる。ファンネル校長の眠くなるような話を聞き流しながら、ヴァンはクレディアの姿を探したが見つからなかった。

「居ないな……」

 そう呟くヴァンの気持ちが、イースにも伝わった。すぐにでもクレディアを探しに行くつもりだ。

「ヴァンさん、あの……」

 イースは昨日クレディアに言われたことを伝えようとした。だがそれより先に、ヴァンは動き始めていた。

「ヴァンさん!」

 囁くように呼び止めたが、ヴァンは止まる気配を見せない。

「ダメですよ!朝礼中に出ていっちゃ……」

 生徒の間を縫ってするすると歩いていくヴァンに、必死でついていくイース。一番後ろの生徒たちの間を抜けたその時

「どこに行くつもりだ?」

 突然ヴァンを呼び止める別の声がした。

「く、クレディア教官!」

 ヴァンとイースは驚いて足を止めた。

「クレディア教官が見当たらないから心配になって……」

 そういうヴァンの頭に拳骨が降った。

「ぐっ!」

「まだ朝礼中だ。勝手に講堂を出ると、この学校から逃げたものとして見られるのは知っているだろう!さあ、戻りなさい」

 クレディアはあくまで静かに叱り、ヴァンとイースを振り返らせた。

「私のことは心配するな」

 そう小さく言った言葉を背中に受け、ヴァンとイースはスゴスゴと生徒たちの列に戻っていった。

「クレディア教官、きっと一番後ろから私たちのことを見ていてくれていたんですよ」

 イースはそっと囁いた。ヴァンはそれを聞いて、何かを考えるように押し黙っていた。



「クレディア教官の所に行かないんですか?」

 イースは、朝礼が終わるといつも一目散にクレディアのもとへと走っていくヴァンが、今日はまっすぐに、授業を受けようと武道場へ向かおうとしていることを不思議に思った。ヴァンは武具を身に付けながら言った。

「僕は昨日、何も出来なかった……まだ強さを身につけていない事を改めて思い知ったんだ。強くならなきゃ……」

 そう言うヴァンの横顔は、強い意志を表していた。

「ヴァンさん……」

 イースは彼が何か思い詰めていることを察して、それ以上何も言わなかった。ヴァンたちが近くにいなければ、クレディアも一人でなら応戦できるだろう。足手まといになりたくない気持ちは、ヴァンもイースも同じだった。

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