次の標的
ガンゴンッ!
ゴツンッッ!
バキキッ!
と何かが倒れ壊れる音がしたかと思うと、医務室の扉が勢いよく開いた。
中の様子が気になって、扉の前で聞き耳を立てていたミランとイースは、驚いて飛び上がった。
扉を開け放ったのはクレディアだった。
彼女は両拳を握り、怒り心頭な様子でつかつかと足早に出てくると、イースを睨むように見て
「イース!あいつが私に近づかないようにしっかり捕まえておけ!」
と凄んだ。
「は?はいっ!」
思わず姿勢を正して返事をすると、憮然とした表情で踵を返し、クレディアは歩き去っていった。
「あ……?何があったのかねえ?」
ミランは呆然とクレディアを見送りながら呟き、イースははたと思いついたように医務室に駆け込んだ。
「ヴァンさんっ、大丈夫ですかっ?」
イースとミランの前には、ひっくり返ったベッドに下敷きになっているヴァンの姿があった。
「一体、何があったんですか?」
慌てて助け起こすイースに、ヴァンは苦笑いのまま呟いた。
「何もここまで邪険にしなくてもぉ……」
その頃クレディアは、屋上の扉を力任せに閉めると、いつもの隠れ場所――貯水槽の裏へと直行していた。まだ昼下がりで、訓練に余念のない生徒たちの声が遠く聞こえてくる。だが今のクレディアには、何も聞こえてはいなかった。ヴァンの前で泣き顔を見せていた彼女の目にはまだ、少しの余韻を残してはいたが、その表情は怒りに満ちている。
「ったく……ちょっと気を許すとこれだ……」
そう呟くクレディアの髪を、昼下がりの穏やかな風が梳いていった。
感極まって泣き崩れたクレディアの身体を抱き、しばらく守るように温めていたヴァンは、あろうことかその顔をクレディアの頬に近付け、キスをしようとしたのだった。
敏感に気付いたクレディアのとった行動は、イースたちが見た光景に間違いなかった。ヴァンの体は吹っ飛び、その上に轟音と共にベッドが倒れ落ちた。
クレディアは長く深いため息を吐くと、遠い景色を眺めた。
しばらくすると、彼女の表情は穏やかなものになり、口元には笑みさえ浮かんでいた。クレディアの心を締め付けていた行き場のない鎖が解けたかのように、体までも軽くなる感触を覚えた。次に吐いた息は、さっきの苛立ちに満ちたものではなかった。
クレディアは、思い切り腕を伸ばして深呼吸をすると、清々しい顔できびすを返して屋上を後にした。
翌日からは、普段どおりの生活に戻った。
クレディアは相変わらず厳しい態度で授業に挑み、生徒たちは数分で息が上がっていた。
「クレディア教官の居なかった昨日一日、すげー楽だったよな」
「そうそう。自分のペースで出来たしな」
「やっぱクレディア教官、厳しいわぁ~~」
「こらそこっ!サボるな!」
顔を寄せあって愚痴をこぼす生徒たちに雷が落ちた。クレディアの雷は、幻術を使った本物の雷だ。
「ひえぇ~~!」
「ぎゃぁぁ!」
黒焦げになる生徒たちを横目に、クレディアは他の生徒たちの相手もしていく。どこか動きも軽くなったクレディアにとって、生徒たちの相手をするのは大したことではなかった。
授業が終わり、休憩がてら水分を取りつつ、満開の花が敷き詰められている花壇を眺めながらベンチに座っていたクレディアを、そっと見つめる姿があった。
「リゾーラ!」
気配を感じ取ったクレディアは、驚いて立ち上がり身構えた。
「何をしに来たんだ!」
身体を固くして睨むクレディアに、リゾーラは呆れたように手を腰に当てた。
「たまには歓迎してくれないかしら?ま、気持ちは分かるけど。ねえ、やっぱりあの子には嫌われちゃった?そりゃあそうよね、自分の兄さんを殺した人を好きでいられるわけ、ないものね」
「そんなぁ、嫌うわけないじゃないですかぁ!」
「うわっ?」
突然クレディアは後ろから抱きつかれ、その肩ごしにヴァンの声がした。
「なっ!おまえはまた!」
素早く裏拳を与えようとしたクレディアの拳を避けると、ヴァンはなおもぴったりとクレディアに抱きついた。
「こんなに純粋な心を持っていると分かって、むしろ、もっと好きになりましたよ」
頬をすり寄せようとするヴァンを、後ろからイースが必死に引き離そうとしている。
「こらぁっ!ヴァンさん!しつこいですよっ!離れてくださいっ!」
頑張るイースを気にも止めずクレディアにくっつくヴァンの足に、彼女の踵が振り下ろされた。
「いってぇ~~!」
思わず体を離して足を押さえるヴァンの横っ面を、クレディアの蹴が容赦なくヒットした。
「んぐぅ~~……」
白目を剥いてうずくまるヴァンを冷たく見下ろした後、クレディアはリゾーラを見た。
「これで分かっただろう?私とヴァンはそんな関係じゃないし、これからもそうだ。お前の仕様もない茶番劇に付き合っている暇はないんだ。だから、諦めて帰れ!」
クレディアはそう言うと、その場を離れようとした。その横でヴァンはリゾーラに舌を出し、嫌悪感をあらわにした。
リゾーラは顎に手をやり何か考えていたが、やがて首を傾げてにやりと笑った。
「そうね。ヴァンくんの気持ちが私に向かないとすれば、周りから攻めていくしかないわね。ヴァンくんの周りに居るもの……」
リゾーラは、ふとイースを見つめた。
「まずはあなたから消えてもらおうかしら」
くすりと笑うリゾーラに、振り向いたクレディアとヴァンは目を見開いた。
「お前は何を考えているんだ?イースはもっと関係ないだろう!狙う理由はないはずだ!」
「そうですよ!イースは関係ない!」
二人が声を上げる横で、イースは怯えたように震えはじめた。それを見て、リゾーラは嬉しそうに笑った。
「イースちゃん、そんなに怖いなら、ヴァンくんから手を引きなさい。そうすれば、私はあなたに何もしないわよ。さぁ、どうする?」
「あ……私は……」
イースは必死にリゾーラを見返しながら、震えた声を出した。するとその肩を支えるようにヴァンがつかんだ。
「イース、無理しなくていいよ!こんなオバサンの言葉なんて、信じなくて良いって!」
その力強い声に、イースは息を呑んで少しだけ落ち着きを取り戻した。
「私は、諦めませんっ!」
「えっ?」
驚くヴァンの前で、
「私はヴァンさんが好きです!どんな障害があろうと、ヴァンさんを諦めません!」
と叫ぶように言った。
「ちょ、ちょっとイース?君、何を言っているのか分かってる?」
戸惑うヴァンをイースは見上げ
「恋敵が一人増えたくらいで、しょげたりなんかしませんから!」
と言うと、ヴァンは苦笑いをして考え直すように説得しようと口を開いた。だが、聞く耳を持たない様子のイースに、ヴァンは困惑して口をパクパクさせた。
「【オバサン】っていう言葉にはカチンと来たけど……じゃあ仕方ないわね。覚悟なさい」
リゾーラは静かにそう言うと、身構えた。それを見て危険を察知したクレディアが叫んだ。
「ヴァン!イースをつれて逃げろ!」
「で、でも、どこへ?」
「そんなこと、自分で考えろ!」
「そんなぁ!」




