旧友?リゾーラ現る
「全く……あいつは一体、何を考えているんだ……」
夜更け過ぎ、クレディアは屋上で一人、いつものように酒の瓶を足元に置き、夜空をツマミに晩酌をしていると、どこからか不穏な風が吹いた。
「ん?」
酔っていながらも、クレディアは眼光を鋭くして辺りの気配をうかがった。
「誰だ?」
少し腰を浮かせて構える彼女の耳元を、囁き声がくすぐった。
「久しぶりね、クレディア」
「くっ!」
弾かれるようにその場から飛び退いたクレディアは、自分の耳を押さえながら
「幻術か……」
と呟いたあと、声を張った。
「出てこいリゾーラ!いるんだろ?」
しばらくの静寂の後、貯水タンクの上からくすくすと笑う声が聞こえた。
「降りてこい!」
クレディアは目を凝らし、貯水タンクの上に座る影を見上げた。影は細く長い足を組み直して肘をつき、落ち着いた様子でクレディアを見下ろしている。
「リゾーラ!お前、一体何しに来たんだ?」
クレディアが怒り口調で言うと、影は肩をすくめた。
「相変わらずね、クレディア」
「くっ!」
その声は貯水タンクの上からではなく、クレディアのすぐ後ろから聞こえてきた。
「リゾーラっ!」
飛びのき、蹴りを与えようとしたクレディアの動きが止まった。彼女の足は、リゾーラの顔のすぐそばでぴたりと止まっていた。リゾーラは、丹念にメイクされた目を細め、口元には微笑みさえ浮かべて悠々とクレディアを見つめていた。
「どうして振り抜かないの?」
リゾーラはクレディアを見つめたまま、指先を彼女の足にちょんと当てた。クレディアは黙って足を下ろし、少し後退りをした。
「訳も聞かずに、いきなり怪我をさせたくないんでね」
警戒し、睨みながら言うクレディアに、リゾーラはいきなり笑いはじめた。
「あっははは!ホント変わってないわね、あなた!もうちょっと愛想良くしてくれてもいいんじゃない?久しぶりに旧友に会ったんだしさぁ!」
緩くカールされたブロンドの長い髪の毛が、上品に揺れる。クレディアは態度を変えずに、変わらずリゾーラを睨み返していた。
「……何しに来た?」
「もうっ!クレディアはまだ、私の事が嫌いなのね」
リゾーラはおどけて腰に手をあて、肩をすくめた。大きな胸の谷間が、広く開いた襟の隙間から見える。
「…………」
リゾーラの挑発にも乗らず、口を開かなくなったクレディアに、彼女は観念したように息をついた。
「せっかちな子。少し世間話してからって思ったけど、まぁいいわ。本題に入りましょ」
リゾーラは一層目を細めて、探るようにクレディアを覗き見た。
「アスカルの弟が、居るんですってね」
「えっ!どこでそれを?」
「あら、慌てる様子からして、ビンゴのようねぇ。で、その子は今どこにいるのかしら?」
リゾーラは嬉しそうに周りを探った。
「お前また……」
クレディアが焦った口調で言うと、
「『また』だなんて口利きの悪い……アスカルの時は、あなたが見事に射止めたんじゃない。仕方ないから、弟を譲り受けに来たの。アスカルに似て、きっと容姿端麗で、素敵な人なんでしょうねえ、早くお会いしたいわ~~」
リゾーラは勝手な空想に酔い痴れている。クレディアは慌てて
「ヴァンは何も関係ない!それにあいつには、イースって子が――」
「そう、ヴァンていうの?知的な雰囲気がするわ。それに……」
リゾーラは素早くクレディアに寄り添い、耳元で囁いた。
「ライバルはたくさん居たほうが燃えるしね」
「リゾーラっ!」
捕まえようとするクレディアの手からするりと逃れると、リゾーラは踊るように離れた。
「楽しくなってきたわ!今日は、それを確かめに来ただけよ。じゃあ、また来るわね!」
リゾーラはクルクルッと回り、そのまま姿を消した。
「ちょっと!リゾーラ!待てっ!」
クレディアが彼女へと伸ばした手は、空しく宙を泳いだ。そのまま額を押さえたクレディアは空を仰いだ。そして
「……まずいな……」
と呟いた言葉は、夜空に吸い込まれるように消えた。
「クレディア教官っ」
何も知らないヴァンは、翌日もクレディアの前に現れた。隣にはぴったりとイースが寄り添って、クレディアを睨むように見つめている。クレディアはつかつかとヴァンに近づいた。
「あっあれ?」
珍しく向こうから近寄ってきたので、思わず動揺したヴァンの前まで来ると、クレディアは鼻先が付くほど顔を近付けた。
「いいか!」
ヴァンの視線が逸らし様のないほど近くで
「授業以外で、もう私の前に現れるな!これは最終警告だ!分かったな!」
と叫ぶように言うと、顔を離した。
「ええっ?どうしてですかぁっ?僕はこんなに――」
「イース!ヴァンを離すな!決してだぞ!」
ヴァンの声を遮って叫んだクレディアに驚き、イースはぐいっとヴァンの腕にしがみついた。それを見届けると、クレディアは頷いて武道場に向かった。
「……何かあったんでしょうか?」
腕にしがみついたままでヴァンを見上げるイース。ヴァンは、クレディアが去った方を見ながら、首を傾げた。
「さあ……僕は何か怒らせることをしたのかな?」
「それはいつもですよ。でも、私は幸せです」
イースは、ヴァンの筋肉質な腕に頬を埋めて顔を赤らめた。ヴァンは、ほのかに当たるイースの胸の感触に後ろ髪を引かれる思いを押し殺しながら、ゆっくりと離れた。そして
「後でまた聞いてみるか」
ヴァンはまだ袖をつまむイースに構わず、困った顔で頭を掻いた。




