新しい出会い
ディードはいなくなったが、クレディアは相変わらずのように見えた。
もともとあまり感情を表に出さず、いつも冷静にいることもあって、真意のほどは分からないが、毎日繰り返される授業はいつもと変わらない風景だった。
ある日、ヴァンがいつものようにクレディアを探して廊下を歩いていると、後ろから誰かに呼び止められた。
「え、僕?」
あまり聞き慣れない声に振り向くと、背の低い少女がヴァンを見上げて立っていた。少したれ目の愛敬のある瞳を潤ませながら、ただそこに立っている少女に、ヴァンは見覚えがあった。 授業で何度か顔を見たことがあったのだ。
「キミは……イースとか言ったかな?」
すると少女は驚いたように目を開いて頬を赤らめ、激しく頷いた。
「……で、僕に何か用?」
「……あ、あの……」
イースはちらりと後ろを顧みた。少し離れた所に、もう一人少女が隠れるように覗いていて、懸命に何か指図している。イースは意を決したように唇を噛んで頷くと、ヴァンを見上げた。
「あ、あのっ!これっ!」
イースは抱き締めるように持っていた紙袋を、ヴァンに差し出した。
「え?僕に?」
きょとんとするヴァンに、イースは大きくお辞儀をすると、二、三度後退りをすると、きびすを返して走り去った。
「あ?」
残されたヴァンは、離れたところにいた少女と共に、何か話しながら足早に去るイースを見送った。
「クレディア教官っ!ここにいた!」
彼女は少し冷たい風に吹かれながら、屋上にぼんやりと立っていた。ヴァンに気付くと、その場を離れようともたれていたフェンスから背中を離した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~~」
「情けない声を出すな。それに、いちいち探して来るのをやめろと言ってるだろう?」
「だって、クレディア教官の傍に居たいんです!邪魔なんてしてないでしょ?」
足を止めて細い目で見るクレディアの目に、ヴァンの手にある紙袋が映った。
「それは?」
「ああ!これ、さっきイースっていう子から頂いたんです!一体何だろう?」
ヴァンは、クレディアの前でガサゴソと紙袋の封を開け、中を覗いた。
「おぉ、これは……!」
驚いた声を上げて中から取り出したのは、暖かそうなストールだった。
「手編みのようだな」
クレディアの言葉に、ヴァンがそれを空に掲げると、所々にある不細工な編目の隙間から陽の光が漏れた。
「初めて編んだんでしょうかね?」
しげしげと見つめるヴァンに、いきなりげんこつが降った。
「痛いっ!何で急に殴るんですか?」
涙目で訴えるヴァンにクレディアは、苛ついた口調で
「まだ分からんのか!その子はお前のためにせっせと編んだんだ。その気持ちが分からんとは言わせんぞ!」
とヴァンを睨んだ。すると彼は、きょとんとした顔をした。
「そんなぁ……だって僕はクレディア教官のことを好きなんですよ~~」
その言葉を遮るように、再びげんこつが降った。
「私のことはいい加減にあきらめろ。それよりも、目の前にこうして形になってるだろうが?そのイースという生徒は私も知っている。まだ新人ながら、研けば光りそうなタイプだし、何より可愛い子じゃないか」
ヴァンはイースの姿を思い出してみた。
確かに可愛らしい顔をしているし、ブラウンのカールした長い髪の毛が頭の両側に結ばれていて、動くたびに軽やかに跳ねる姿は、小動物を思わせた。
「う~~ん、確かに……」
「大切にしてやれよ。じゃ!」
クレディアは軽く手を挙げると、冷たい風に肩をすくめながら校舎内へ入って行った。ヴァンは手の中にある暖かいストールをじっと見つめ、そっと首に巻いた。
「あっ!あのっ!」
授業に向かう廊下で、ヴァンは再び呼び止められた。振り向くと、イースがヴァンを見上げて立っていた。
「……ん、何?」
と言いかけて、
「あ、昨日はありがとう!ストール、手編みみたいだね、とても暖かいよ」
と言い直した。イースは驚いたように口を押さえ、見開いた瞳からは、みるみる涙があふれだした。
「えっ……あの……僕、何か悪いこと言ったかな?」
あたふたするヴァンの前で、イースは激しく首を横に振った。両側に結んだブラウンの髪の毛が宙に翻弄されている。
「ちが……うんです……嬉しくて……」
苦笑いをしながら、手のひらで涙を拭くイースを見つめながら、ヴァンの心に騒つきが生まれていた。
やがて落ち着いた様子のイースは、片手に持っていた巾着袋を差し出した。
「あの、今日、お弁当作ったんです。よかったら、食べてください!」
ぐいっとヴァンに押しつけるように渡すと、イースは逃げるようにきびすを返したので、ヴァンは思わずその背中に声をかけた。ゆっくり振り向くイースに、ヴァンは
「じゃあ、一緒に食べようか?」
と微笑んだ。
校舎から出たところの緩やかな丘で、綺麗に咲いた花を見ながら、ヴァンとイースは並んで座った。
「あぁ~~お腹ペコペコだよ!カラシナ教官のしごきは、いつもひどいんだよなぁ……」
そう言いながらも、ヴァンは楽しそうに、イースが作ってくれた弁当の蓋を開けた。
イースの可愛らしい姿を映したかのように、彩り豊かなお弁当に、ヴァンは瞳を瞬かせた。
「うわぁ!美味しそう!」
感嘆の声を上げるヴァンにイースは俯き、ずっと頬を赤らめていた。
「いただきまぁす!」
イースは、嬉しそうに頬張るヴァンを見つめていた。
「美味しそうに食べるんですね」
静かでウェットな声に、ヴァンはにっこりと微笑み
「ホントに美味しいよ、これ!キミ、料理上手いんだね!」
と言った。
「女子寮にはキッチンも常備されているから。学校では、厳しい闘いの勉強をしているけど、少しは女の子らしいことも覚えないとダメだと思って」
控えめな声で言うイースに、ヴァンは大きく頷いた。
「これなら合格だ!いつでもお嫁に行ける!」
「お嫁っ?」
イースは驚いて、真っ赤になった頬を手で覆った。その横でヴァンは早くも弁当を食べおわり、蓋を丁寧に戻した。
「ごちそうさま!美味しかったよ!」
ヴァンはイースに、笑顔で弁当箱を返した。イースはそれを受け取りながら、首を横に振った。
「ありがとう。あの……また、作ってきてもいいですか?」
ヴァンは、すがるように見つめるイースに、笑顔で返した。
「ありがとう!でも、気持ちだけもらっておくよ」
イースは眉をよせ、瞳を潤ませた。
「そうですか……」
切ない顔で俯いたイースは、ヴァンを見上げると
「あの、ヴァンさんは、クレディア教官のことが、好きなんですよね?」
と震える声を出した。ヴァンは包み隠さずに、素直に頷いた。イースは一層泣きそうに、眉をしかめて唇を噛むと
「私、クレディア教官には適わないかもしれないけど、私も、ヴァンさんのこと、好きだから!」
と吐き捨てるように言うと、勢いよく立ち上がって走り去った。
栗色の髪の毛を揺らしながら軽やかに駈けていく様子を見送りながら、ヴァンは複雑な心境だった。
ヴァンには柔らかく断られたが、イースはそれからも数日毎に弁当を作ったり、一緒に授業を受けたりして、隣にいる時間が増えた。そのうち、二人の距離は次第に縮まっていった。
お互いのことを知るようになると、次にどうしたら相手が喜んでくれるかを考えるようになる。ヴァンもまた、イースにしてもらうばかりでは心苦しいと、町へ誘ったり共に訓練をしたりと心を通わせていった。
だが、それでもヴァンは、クレディアの前に現れることは無くならなかった。当然、ヴァンとイースのことを知っているクレディアは、
「もう私の前に現れるな」
と釘を刺すのだが、ヴァンは
「イースに対する気持ちと、クレディア教官に対する気持ちは違うんです!」
と頑なに自分を曲げようとしなかった。
「好きな相手が自分と違う女と一緒に居る事を、快く思うわけがないだろう?彼女のことを一番に考えてやるんだ!」
と説得するクレディアに、ヴァンは
「大丈夫です!クレディア教官は、何も心配しなくてもいいですから」
と聞く耳を持たなかった。
「はあ……」
クレディアは、呆れるしかなかった。




