清々しくある別れ
「ディード教官っ!」
次にヴァンは、廊下を歩くディードの前に立ちふさがった。
「お!相変わらずお前は元気だな!」
にこりと笑うディードを睨みつけ、ヴァンは叫んだ。
「どういうつもりなんですか?」
通り掛かる生徒たちが何だ何だと振り返った。
「は?何のことだ?」
ディードはきょとんとした顔で頭を掻いた。
「とぼけないでください!何故皇室の御衛兵なんかになるんですか?」
「おいおい。それは聞き捨てならないなぁ。皇室といえば、国の最高機関だぞ。それを【なんか】なんて言ったら、どうなることか?スカウタ―に聞かれでもしたらどうする?」
「そんなこと、どうだって良いんですよ!何故クレディア教官を置いていくのかってことですっ!」
大きな口を歪ませて必死な顔をするヴァンを見つめ、ディードはひとつ大きなため息を吐くと、その腕をつかみ
「ここじゃ話しにくい。ちょっと来い!」
と引っ張りながら歩きだした。
そして校舎裏に来るとディードはヴァンの腕を離し、再び向かい合った。ヴァンは変わらずディードを睨んでいる。
「そんな怖い顔をするな。美少年がだいなしだぞ?」
苦笑しながら言うが、ヴァンは視線を外さなかった。
「聞かせてくださいよ!何故クレディア教官を置いていくのか!」
ディードはまぁ落ち着け、と息を吐き
「ヴァン。お前の気持ちはよく分かった。その気持ちは有り難く受け取っておこう。だがな、人には思うところがあるんだよ」
「なんですか、それは?」
「俺とクレディアは、お前も知っての通りアスカルを通じて知り合った。俺はアスカルと親友で、彼女はアスカルのことを好きだった」
「ええ。知ってます。二人とも大事な人だと手紙にありましたから」
「ところが、アスカルは突然居なくなった。護衛任務に刈りだされ、そのまま帰らなかった」
ディードは校舎の壁にもたれて、思いをはせるように見上げた。
真っ青な空に薄い雲が浮かんでいた。静かな雰囲気の中にも、緊迫した空気が二人の間に張りつめていた。相変わらず睨んでいるヴァンに視線を離したまま、ディードは続けた。
「俺たちは、正直どうしたらいいのか分からなかった。泣いたらいいのか、怒ればいいのか、ただ俺たちは、ここで待っていた。答えを見つける為に……」
「答えは見つかったんですか?」
ヴァンの問いに、ディードは小さく微笑んだ。
「そうだな、答えというより……新しい道を見つけることが出来たような気がする」
「道?」
ディードはゆっくりとヴァンに視線を落とした。
「ここに残って安定した生活を送ることが、俺の幸せじゃないって、気付いたんだよ。アスカルも、こんな俺を望んじゃいないだろうって」
「だからってクレディア教官を……」
するとディードは笑った。
「なんだお前、『ふられたんなら身を退け』って言ったのは、お前だぞ」
「いや、そうですけど、本当にこんなことになるとは……」
しどろもどろになるヴァンの頭を強引に撫でつけたディードは、困ったように見上げるヴァンに
「クレディアにはお前がいるから、心配ないしな」
と笑った。ヴァンは複雑な顔で俯き、呟いた。
「ディード教官は、クレディア教官のこと、好きじゃなかったんですか?」
するとディードは頭を掻きながら、空を仰いだ。
「好きか嫌いかって言ったら、好きだ。……だけどな、俺たちのお互いを思う気持ちは、そんな類じゃなかったみたいだ」
「え?」
答えを探るように彼を見上げるヴァンに、ディードはただ微笑んでそれ以上何も言わなかった。
「ディード」
部屋の片付けをしているディードを訪ねたのは、クレディアだった。いかにも男臭い埃にまみれた部屋の中で、ディードは布団をばさばさとはたいていた。
「うっ!ゴホゴホッ!」
思わず咳き込んだクレディアに気付いたディードは、慌てて布団を畳んだ。
「おあっ!クレディア!悪い!」
苦笑いをするディードに、腕で口を押さえながら涙目で訴えるクレディア。
「普段から、ちゃんと部屋の掃除くらいしておけよ!」
顔をしかめて中を眺めるクレディアに、ディードは
「昔からどうも掃除は苦手でな」
と笑った。
「で、何か用でもあったのか?」
明るい顔で尋ねたディードに、クレディアは少し俯き、前髪に表情を隠した。
「どうした?」
覗き込むように言うディードに、クレディアは意を決したように息を止めた。
「あの……やっぱり、止めたほうが良かったのか?」
「え?何の話だ?」
クレディアは視線を合わせられずに、俯いたままで言った。
「ディードはもしかして、私に止めて欲しかったのか?……でも私は、お前が決めたことにどうこう言う権利はないし、なにより、お前が自分の道を決めるのは当たり前だと思っていたから……だから――」
クレディアの言葉を遮るように、ディードは彼女の腕をつかんで抱き寄せた。
「ディード……」
「いいんだよ。クレディアの気持ちは分かってる。俺はあの時、予想どおりの言葉をお前から貰った。充分だよ」
「でも……」
見上げるクレディアとディードの視線が合った。
今まで十年近く一緒にいた二人が、一番近い距離に居た。だがクレディアは、不思議と緊張も動揺もしていなかった。ただ、自分の頭一個分の高さから見下ろすディードの、近くて遠い距離を強く感じていた。
ディードは微笑んだ。
「俺は先に行く。クレディアも、アスカルを忘れずに離れられる方法が浮かぶように、応援してるから」
クレディアはじっとディードを見つめ
「……分かった」
とかすれた声で呟くと、その胸に身を委ねた。
数日後、ディードはクリーチャー幻術学校を去った。
クレディアは、門を出て歩いていくディードが次第に遠く小さくなるのを、屋上からじっと見つめていた。何も言わず、風に吹かれながら、ただディードの姿が景色に溶けて見えなくなるのを眺めていた。
「淋しくなりましたね」
「え!ヴァン……」
驚くクレディアの横に、ヴァンが立っていた。相変わらずの笑顔でディードを見送るヴァンから目を離すと
「軽蔑するか?」
と吐き捨てるように言った。するとヴァンは笑顔を彼女に向け
「いいえ。そんなわけ、無いじゃないですか」
と微笑んだ。怪訝な顔をするクレディアに
「お二人が、今までどんな軌跡を送ってきたのか、僕には分かりません。ただひとつだけ分かったのは……」
ヴァンは風に胸を張った。
「お二人は、アスカル兄さんで繋がっていたんですね。絆……というものでしょうか」
クレディアはヴァンを見つめ、ふっとため息を吐いた。そして、もう見えなくなったディードの消えた方角を見つめながら
「ディードに言われたよ。『お前もアスカルを忘れずに離れられる方法を見つけろ』ってな」
クレディアの前髪が風になびき、紺色の瞳を細めた。
「私も変わらなきゃならない。そろそろ、アスカルから旅立たないと」
するとヴァンは明るい声で
「大丈夫ですよ!」
と言った。
「え?」
「クレディア教官には僕が居ますから!時間は掛かっても、必ず助けだしてみせます、兄さんの呪縛から!」
と胸を叩いた。クレディアは呆れた顔で白い視線を送り
「それは要らん」
と呟いた。
「そんなぁ……」
ヴァンは大袈裟にがっくりと肩を落とした。するとクレディアは
「ま、居ないよりマシか」
と呟いた。その微笑を見たヴァンは、ぱあっと明るい顔になった。
「はい~~っ!頑張ります!」
「余計なことはしなくていいからな」
そう淡々と言うと、もう一度ディードが去っていった方を見て穏やかな顔つきで思いをはせ、その場を離れようとした。するとその背中にヴァンの声が掛かった。
「ところでディード教官とは、キスくらいはしたんですか?」
次の瞬間、ヴァンの体が地面に倒れこんでいた。
「は……はは……本気で殴られた……」
ヴァンは足早に歩き去るクレディアの後ろ姿を見ながら、頭にできたこぶを擦りながら苦笑した。




