穏やかな笑顔
「クレディア、いいか?」
数時間後、ディードは、武器庫の整理をしているクレディアを訪ねた。
実技試験で使われた剣をはじめ、ボウガン、弓矢などの武器はここから貸し出される。 どれも戦いの激闘の証がこびりついている。 クレディアはそれを綺麗に洗い、整備をして棚に戻す作業をしていた。 武器庫に入ってきたディードを、クレディアはいつもと変わらぬ顔で視線をやった。
「どうした? 手伝いに来てくれたのか?」
「あ、ああ……」
ディードは吸い込まれるように彼女の横に立ち、汚れている剣を手に取った。 しばらく無言で並んで作業をしていた二人だったが、やがてディードが耐え切れなくなって口火を切った。
「クレディア、すまなかった……」
「…………」
クレディアは黙っていた。 ディードはちらりと彼女を見、また視線を戻した。
「俺は結局、お前に何もしてやれなかった」
「はあ?」
「え?」
抜けた返事が聞こえたので、ディードがクレディアを見ると、彼女は少し不機嫌な顔で彼を見ていた。
「誰が『何かして欲しい』なんて言った?」
「い、いや、それは……だけど、アスカルが居なくなって、お前は苦しんでたわけだし……」
言葉に詰まるディードに、クレディアは小さく息をついた。
「ディードもだろうが」
「クレディア……」
手を止めた彼女は少し眉をしかめて、視線を落としていた。
「私と同じように、ディードも苦しんでたはずだ。 仲間として、同性として、ライバルとして、アスカルを一番理解していたのは、お前だったからな」
「いや、それは……」
動揺するディードの腕に、クレディアが触れた。
「でもディードは、自分のことを殺して、私を心配してくれていた」
「……」
ディードは俯くクレディアを見つめていた。 その顔は、いつもの冷たく厳しい教官の顔では無く、ごく普通の女性の顔だった。
「そんなこと、分かっていたんだ。 でも、私は甘えていた。 私の方こそ、謝らなきゃ……ディード、すまなかった……」
「クレディア……」
ディードはふっと微笑んで、クレディアの頭を撫でた。
「じゃあ、お互い様ってことで」
「え?」
見上げるクレディアを、ディードの笑顔が迎えた。
「ふふ……」
彼女は、小さく笑った。 するとディードは、嬉しそうに彼女を覗き込んだ。
「やっと、笑ってくれた」
「あ……」
クレディアは、はっとした顔をして
「そうだな……」
と照れたように視線を外すと、作業の続きを始めた。 だが、クレディアには穏やかな雰囲気が戻りつつあった。 それを空気で感じながら、ディードは彼女を見つめながら微笑み
『これは、ヴァンに感謝しなきゃいかんな』
と思っていた。
それからのクレディアは、少し変わった。 授業中は相変わらず厳しいものだったが、それでもどこか今までと違っていた。
「なぁ、クレディア教官さ、最近何か変じゃねえ?」
「やっぱ、そう思った? 何かおかしいよな」
「厳しいんだけど、変に優しいっていうか……」
「なんだろ?……気持ち悪い?」
「「がっ!」」
こそこそと話していた生徒たちの後頭部を痛打したのは、ヴァンだった。 彼は目くじらを立ててこぶしを握っていた。
「痛ぇなぁ! 何するんだよ、ヴァン!」
「今、クレディア教官を馬鹿にしただろ?」
「ああ、クレディアラブのヴァンに聞かれたか!」
おどける生徒に、ヴァンは再び拳を振り上げた。 その腕を後ろから捕まれ
「待て!」
と声がかかった。 振り向くと、クレディアが冷たい目でヴァンを見ていた。
「クレディア教官……」
驚くヴァンの後ろで、生徒たちが散っていった。 クレディアは呆れた顔で腕を離すと
「むやみに人を殴るんじゃない」
とため息をついた。 ヴァンは、そんな……、と納得いかない顔でクレディアを見た。
「お前の気持ちは分かったから。 ありがとうな」
そう言いながら肩をポンポンと軽く叩き、クレディアは去っていった。 残されたヴァンは
「クレディア教官のことは、俺が守りますからねっ!」
と、腕が千切れるほどに激しく手を振った。 クレディアは背中に声を受けながら、少しだけ微笑んでいた。
「いつまで手を振ってんだ!」
ヴァンの頭を軽く叩いたのは、ディードだった。 ヴァンは、満面の笑みで長身のディードを見上げると
「だって、クレディア教官がまた『ありがとう』って! ほら、ここをポンポンって、触ってくれたんですよっ!」
と自分の肩を指差した。 ディードはこめかみを押さえると
「まったくお前は、どこまでもおめでたい奴だな」
と呆れた顔をした。 そして、クレディアの背中を見つめながら腕を組むと
「あいつは頑固だぞ」
と呟いた。
「え?」
「それも相当だ。 それくらい、あいつの心の傷は深いってことだ」
「何言ってるんですか?」
理解できない風に見上げるヴァンに、ディードは
「お前とは、いいライバルになれそうだ」
と笑った。 ヴァンは一度首を傾げたが、すぐににこりと笑った。
「それはディード教官も、僕も一緒でしょ? ただ、男は強くならなきゃならない!」
「そういうことだ」
「僕は負けませんよ~~」
ヴァンがおどけると、ディードは少し勘に触った表情でその背中を叩き、二人はどこか通じあったように笑いあった。




