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うたっていたら 3

 どこかから鳥の声が聞こえる。

 西日が沈み夜の始まりを告げる夕刻は、冬の残りの冷気が上着を着た肌を刺激する。

 それでも、額からは汗が滴り落ちた。

「う~、やりたいことあったのに~」

 湿気をはらんだ白いため息がくゆりと溶けていく。

 昼間中庭に散乱した植木や桶の破片をバイエラは一箇所に集める。

 女将の怒りによって、昼食もそこそこにバイエラは中庭の片づけを命令されてしまったのだった。始めてからすでに数時間は経過していた。

 大きなごみもあともう少しで片付くところ。バイエラは鋸で切り分けた幹をごろごろと押していた。

「ぼやくのはいいが、体は動かせよ」

「動いてますぅ」

 二階の外壁に突き刺さった太い枝を軽々と小脇に抱える彼。

 立てかけられた梯子から降りてくる足取りは軽やか。

 わずか七、八歳の少年にしか見えない彼だが、その実体は人々が崇めるほどの能力を持つ精霊だと言う。

 バイエラにはまだ信じられない気持ちがあったが、それでも女将たちの彼に対する態度は明らかに客への接客以上のへりくだり感があったのだから認めないわけにもいかない。

 しかも、少年にしか見えないのにバイエラが重くて運べないような瓦礫を彼はいとも簡単に運んでしまうのだった。認めざるをえない。

「ホントに、人じゃないんだ」

「今さら何言ってんだ。こんな太い枝を持ち上げられる子供がどこにいる」

 と、改めて彼はふわりと片手で大人でも重く感じられそうな枝をくるくると水平に回した。

 ナイフの刀身のように尖った萌黄色の瞳がつまらなそうに目を細める。

「今の体じゃ手にしたものを軽くする位しか出来ないけどな。

 本来の力だったらここを片付けるのなんざ朝飯前だ」

「アキチのはしっかり重いんだけど」

「手にしたものって言ったはずだ」

 すたすたと荷物を捨てる彼。夕闇の中でも一際白く輝く銀の髪が夜風を受けてきらきらとたなびいた。

「それにこの事態を招いたのはお前の歌だ。俺はお前の歌声に釣られてきただけだしな。

 責任はお前にある。手伝ってやってんだからありがたく思え」

「え~。アキチ呼んでないもん。

 責任って言われても困る!」

「不可抗力だろうが何だろうが、精霊召喚は呼び主がいなけりゃここに現れねぇんだ。

 呼び出したからには、俺がこの世界から消えるまで面倒を見るのがお前の全責任。

 まったく、何で俺もこんなヤツのところに現れたんだか」

「おかげで碌な能力も使えねぇ」と彼はぼやく。それでも片付けの手は止まらない。悪態をついてはいるが、根が真面目なのだろう。

「ねぇ、それってアキチにいいことってあるの?」

「それってのはどれだ?」

「だから責任とか面倒とか全部アキチが見るのに、えーと……あれ?」

 バイエラの足が止まる。

「アキチ、ボクの名前聞いてないかも」

「言ってねぇもん」

「アキチ、バイエラ・ルーンニコフ」

「あ、そう」

 だから何だと言わんばかりに彼は梯子を移動する。

「俺、名前教える気無いからな」

「何で?」

「いいじゃねぇか、今の今までボクで通してたんだ。

 これからもそれでいいだろ?」

「よくないよ。呼ぶときに困るもん」

「じゃあ適当に名前を付けりゃいい。ポチとかタマとか」

「う~、それも何か困るよ。何で名前教えてくれないの?」

 深いため息とともに「本当に何にも知らねぇのな」とぼやく。

「いや…しょうがない、しょうがないよな。お前は知らなくて当然なんだ。

 俺たちにとっては当たり前でも、ただの街娘が精霊の契約とか知ってるわけねぇんだよな」

「えっと、ボク?」

「ってことはアレか? 俺は一から手取り足取りこの能天気女に説明しなきゃいけねぇわけか?

 面倒くせぇ…まったくもって面倒くせぇ。

 よりによって何で俺なんだよまったく。しかも絶対バカじゃんこの女。

 説明したってこいつのお頭で理解してくれんのかよ」

「も~、人のこと能天気とかバカとか当然のように言わないでよー!」

 涙目でバイエラが訴えるも「よく言われてんだろ」と生真面目に彼は研ぎ澄まされた萌黄色の瞳で一蹴した。

「俺を創った主がそう設定しているせいもあるが、生憎と俺は嘘をつかない性分なんでな。

 お前を持ち上げたり気を使うほど出来た人の真似をする芸当も持ち合わせちゃいない。

 俺はただ、思ったことを口にするだけだ。

 腹を割って話すには持って来いの相手がお前の兄になったと思えばいい。

 そうだな、それがお前にとってのいい事ってもんだ。

 あとすっげえ面倒くせぇけど、精霊と能力者についてもみっちり教えてやる」

「え~、全然いいこと無いじゃん。勉強嫌い!

 それにどう見たってボクはボクちゃんにしか見えないのにお兄ちゃんなの?」

 本日二回目、彼の堪忍袋の緒が切れた。

「バカヤロー!

 何回もお前のせいでチビになっちまったって言ってんだろが!

 元々はお前よりも大人な格好だし、実際創られてから百八十年は過ぎてんだ!

 立派にお前よりも年上、と・し・う・えなの俺は!」

「年上…?」

 ぽかんと、本日何度目かのバイエラの気の抜けた顔が披露。

 そして

「ボクは意外とおじいちゃんだったんだねぇ~」

 満面の笑みで納得といわんばかりにバイエラは大きくうなずいた。

「そこは信じるのかよ!!」

 彼の怒声が建物中に響き渡った。



 ☆



「ちょっとぉ、おしゃべりはいいけどお店に聞こえないようにしてよぉ」

 ガラッと、昼間彼とバイエラが通されていた部屋の扉が開かれた。

 中庭に面した廊下に紫の服を着た女が現れる。

「もう、これから夜のお店が始まるんだから大人しくしてなさいよねぇ。

 ってかまだ片付けさせられてたんだぁ」

 さっきまで寝ていたのか大きなあくびをすると女は人目もはばからす盛大に両手を広げる。

「わかってるよぅ、フルたん」

「ホントにわかってるのぉ?

 バイエラって何ていうの? 刺繍とお三どんしか取りえないじゃない。

 ここの仕事では適役なんでしょうが、基本ドジだしぃ。

 私の言ってること理解してないと思っちゃうんですけどぉ」

 脳天から結わえた漆黒のポニーテールをフルーナは手ぐしで整えていく。

 真っ赤になった頬をこれでもかと膨らましているバイエラにお構いなしで、フルーナは梯子にいる小さな精霊に視線を合わせる。

「で、バイエラを尋ねて来たって子があなた?」

 昼間の彼の告白から、女将と男の指示で彼が精霊である事は他言無用となった。当面彼のことはバイエラの知り合いとして遠国からやってきた少年と、他の人には言うように決まったのだった。

 そんなことなど知る由も無くフルーナは中庭に降り、梯子に手を掛ける。

 鮮やかな紅を差した細い唇がにっこりと釣り上がる。

 値踏みするように彼を見つめる瞳は漆黒の髪とは対照的に明るい茶色をしており、胸元の開いた紫色の服と相まって大人の女性の色香を十二分に匂わしていた。

 この店の制服であるのか、バイエラも付けている白地に赤と黒の刺繍が施された衿カラーとエプロンだけがフルーナに似つかわしくないように彼には思えた。

「ふぅん…。よろしくね、ボクちゃん。

 私はバイエラの先輩でフルーナ・リンデ」

 フルーナの挨拶に彼は答えず、梯子から離れてバイエラの後ろに回りこんでしまった。

「ありゃ、どうしたのボク?」

 後ろに回られてしまった彼にたじろぐバイエラに「どうにかしてくれ」と小声が返ってきた。

 スカートの裾に隠れて表情は伺えない。ぎゅっと、小さな両手がきつく裾を握っている。

「いいか、さっき俺は嘘が付けない性分だって言ったよな。

 つまり俺は自分のことを有りのままに話すか、無言を通すしかないんだよ」

「だから?」

「あーもうっ、俺はフルーナって女に自分が精霊ですって言っちまうってことだ。

 いいか、ろくに能力も使えないのに精霊従えてる能力者ってのは半人前にもなってない生まれたての赤ん坊状態なんだよ。なのに周りは能力者だと知るや否や能力者を持ち上げて魔物討伐やら戦場に送り出しちまうのが、俺が経験してきた百八十年前のこの世界だった。

 ここに来てまだ時間は経ってないが世界はそれ程変化してるとも思えねぇ。

 昼間に食堂の方から鎧や剣の引きずる特有の音も聞こえていた。

 程度の差こそ有れ、この世界のヤツ等はまだ何らかの勢力と戦いをしてんじゃねぇのか?」

 彼の説明にバイエラは目が回る。突然まくし立てられても彼女の頭は整理できずに白煙が上がるのを覚えた。

 それは彼が見ても明らかに分かる様相を呈していた。

「要するにだな、女将だってお前が戦いに狩り出されるのを心配したから精霊の事は隠すように言ったんだ。いいか、フルーナが信頼できる人とかそーゆーのはゴミ箱に捨てといて、死にたくなかったら俺のことを上手く誤魔化して紹介しろ」

「よ、よくわかんないけど分かった!」

 バイエラの気合をよそにフルーナが「あら、人見知りするタイプぅ?」ところころと笑う。

「一人で旅が出来るのに、随分カワイイ性格してるのねぇ。

 それともお姉さん怖かったかしらぁ?」

「そんなことナイナイ! フルたんはケバイだけだって」

 バイエラが咄嗟にフルーナの冗談にフォローを入れる。が、まさに地雷。

 フルーナの顔つきがピキリと引き攣る。

「バイエラ、私がケバイってその子が言ってるのかしらぁ?」

「イヤイヤ、そんなんじゃなくってね、この子の故郷がスッゴイ田舎なの。

 もう、こことは比べものにならないくらい田舎!

 畑と家畜ばっかりの田舎だったんよ。

 だからね、フルたんみたいにボンッキュッボンヌで、圧力美人で、化粧臭い女の人に慣れてないの!」

「バイエラ…あなた、それ私を褒めてるつもり?」

「やだなぁ、フルたん。アキチとフルたんの仲で褒めるとかそんな関係じゃないじゃん!」

「えへへへへ」と照れるバイエラとは対照にフルーナの怒りは頂点に達してしまった。

「人を何だと思ってんのよ! バイエラの馬鹿! あんぽんたん!

 貴女っていっつも人の機嫌を地に落としてくれるわ!

 昼間の食堂掃除やってあげたのに、もう知らない!」

 ぐるっと踵を返すと、フルーナは苛立ちを隠すこともせずに床を鳴らして食堂へ行ってしまった。

「あ、アレ……?」

「おい、バカ」

 くるっと彼に振り返るバイエラ。

「出来るだけ早くフルーナには謝っとけよ。お前失礼すぎ」

「え~」

 折角一肌脱いだと言わんがばかりに不満そうなバイエラに彼は深いため息を吐いた。

「俺が悪かった。

 他のヤツ等の前では出来る限り無口で突っぱねるから、下手なフォローもいらねぇから。

 お前はもっと…あ~~~、いろいろ勉強しろ、な?」



バイエラは精一杯フルーナをフォローしていたつもりなのです。

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