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最終学歴は大学中退の、鴨田です。

作者: 蒲公英

異種間コミュニケートが当然の世界の、お話。

 学内の女王、猫山かれん嬢が一緒に生活し始めたのはガンカモ科の鴨田杜生もりおであると、噂はまたたく間に広がった。かれんは生まれ持っての美貌でモデルとして一時代を築いている真っ最中であり、コケティッシュな仕草はヒトですら虜にする。大きな緑色の瞳と純白の毛並み、長く優雅なしっぽは、雑誌のみでなく映画への進出の話もある。そう、かれん嬢はターキッシュアンゴラ、つまりネコである。


 ヒトの開発した異種間コミュニケートを持つエリート動物として、異種大学生はプライドが高い。本来の種の生活とはけして相容れない育ちを経て、彼らは自分の成長度合いに合わせて教育を受けるのだ。かれん二歳、杜生はまだ一歳である。けれど種としては充分に成長しているし、ネコだろうがカルガモだろうが文化的な生活を営むためには、己の能力を発揮できる方法を模索しなくてはならない。もちろん中途脱落し、ヒトの言語を使えるにも拘わらずに本来の種として野生で生活していく方法もある。けれどそれは、自分の生まれ育ちを否定するような行為だと考える向きも強いのだ。

 ともあれ、ふたり(正確には一匹と一羽だ)は大学の同級生で、もともとのパトロン(飼い主ともいう)から独立して華やかにモデル生活を送っているかれんの部屋へ、皇居のお堀の小さな巣から杜生は生活を移すことにしたのだ。


「ちわーっす!猫山さんにお届けものでーす!」

 宅配便の配達に訪れたのは、人相(鳥相か)のよろしくないカルガモだった。胸に下げた小さなプレートには、『バーディーズ・鴨川』と記載されている。

「あ、お疲れさまです」

 かれんの代理で玄関に出た杜生を、鴨川は驚いたように見つめた。

「猫山さんに、ピンクダイヤのペンダント……あんた、この家の人?猫のお嬢さんが住んでなかったっけ?」

「かれんは撮影に出かけてます。同居者なら、受け取って良いんですよね?」

「ああ、もちろん……え?猫と同居してるの?食われない?」

「異種間でも、恋愛と結婚は認められているはずです。それに彼女は、調理してないものを食べるほど、非文化的な生活はしていませんよ」

 鴨川は背中の筒から届け物を出しながら、溜息を吐いた。

「いろんなカップルを見るけど、猫と鳥なんて聞いたことない」

「鳥類と哺乳類だって、気持ちさえ通じていれば幸福になれるんです」

 杜生は得意だ。美しい恋人が一緒に住んでおり、それを自慢したくて仕方ない。

「ふうん?ま、お幸せに。風呂の中に青葱と豆腐が浮いていないことを、願ってるよ」

 宅配業者が去った後、杜生は憤然と去っていった方向を睨みつけた。



「今日のオーディションは最悪だったの」

 優雅な仕草でナイフのような爪をパテに立て、かれんは杜生に愚痴を言った。

「エプロンをつけた家政婦の役ですって。ヒトの家で家政婦をして、家族を和ませる役だなんて。先に原作を読んでおけば良かったわ。綺麗にメイクして行ったら、まわりはみーんなブサイクちゃんなの。時間を無駄にしちゃった」

 かれんならメイクしなくても他の誰よりも美しいだろうと、杜生はうっとりかれんを見つめる。

「映像デビューするなら、絶対に主役じゃなくちゃ。全部一流がいいの」

「できるよ、かれんなら」

 かれんが輝くための手伝いなら、僕はどんなに霞んでもかまわない。僕は一流のカルガモじゃないかも知れないけど、かれんは僕と一緒に住みたいって言ってくれたんだから。


 ソファの上で丸くなったかれんは、可愛い声で杜生を呼んだ。

「ミルクを温めて、ちょっと甘くしたの」

 もちろんそれは手を持たない動物たちにはできない行為で、コンシェルジュ兼家事代行の類人猿たちに頼まなくてはならない。かれんはサルがとても嫌いで、中継ぎはいつも杜生の役目だ。

「杜生がいてくれて、すっごく幸せ。あの下品なサルと、喋らなくていいんだもの」

「こんなことで良ければ、僕は一生かれんと一緒にいるよ」

「約束ね?ずっと一緒よ?」

 甘えるように微笑むかれんは、尻尾の先をゆるやかに揺らした。


「ミルクが届いたよ、かれん。寝ちゃったの?」

 ソファの上で丸くなったまま、かれんは小さな寝息を立てていた。

「今晩は冷えるのに。風邪引いちゃうよ」

 杜生の声にも目を覚まさずにいるかれんは、月の光の差し込む部屋の中で、神々しいほどに美しい。純白の体毛が銀色に透け、その丸い背の芸術的な曲線を際立たせている。

 僕が、守ってあげる。君が疲れているなら、僕は毛布になろう。

 大きく片羽を広げた杜生は、そうっとそれでかれんを覆った。もぞりと動いたかれんが、杜生に寄り添う。脇にぬくもりを感じながら、杜生も幸福に眠った。



「ちわーっす!猫山さんにお届けものです!」

 バーディーズの鴨川が、小さな手紙を届けてきたのは翌日だ。大学に行く支度をしていた杜生は、背中に小さなリュックを背負っていた。

「映画の会社からオーディションの結果だそうですって、猫のお嬢さんに……あんた、まだ食われてないの?」 

「上流の生活者は、調理してない食材になんて手をつけません。言ったでしょ?それに僕たち、愛し合ってるんだから」

「ふうん、猫と鳥がねえ」

 馬鹿にしたように、鴨川は嘴を鳴らしてみせた。

「ところでさ、卒業後のアテはあるの?ウチの会社今、鳥材不足でね。最近、野生に帰っちゃうヤツが多くて」

「卒業したら、かれんのマネージメントするんです。お生憎さま」

「気が向いたら、来てよ。待ってっから」

 鴨川が飛び去った後、杜生はふんっと息を吐いた。



 どういうわけかオーディションに合格したかれんは、通学する暇もなく演技の勉強に入った。

「鴨田くん、猫山さんはどうしたの?」

「映画に主演するんだ。彼女は忙しいんだよ」

 自分には過分な恋人は、超一流な芸能人になるのだ。杜生は我が事のように嬉しく、自慢だ。学内で風を切って歩く快感に、杜生は震えた。

「猫山さんの映画なら、俺も見に行こうかなあ」

「サインもらって、いいかな」

 声をかけてくる相手に愛想の良い笑顔を見せて、通学するのも楽しくなる。


「もーいやっ!綺麗にしてちゃ駄目、もっと普通にって言うのよ!私が綺麗なの知ってて、オーディション通したくせに!」

「かれんは美猫オーラがいっぱいだもんね。でもきっと、かれんならできると思ってくれたんだよ」

「ブスの役ができると思われたって!」

「オールマイティに役ができるって、期待されてるんだよ、きっと」

 にゃあにゃあと床に背中をこするかれんは、不機嫌だ。

「エプロンの紐、撮影後に跡になってるのよ。ハゲそうだわ」

 実際、杜生も口にはしなかったが、かれんの腹にはストレスによる円形脱毛がひとつできていた。

「杜生、今日も毛布になってくれる?」

「喜んで」

 片羽を広げたまま寝ると、翌日肩がひどくだるい。それでも、かれんを守っているのだという満足感が杜生にそれをさせた。

「杜生は、いつも優しい。食べてしまいたいくらい、杜生が好き」

 食べてしまいたいくらい。普通の慣用句ではある。


 映画撮影の記念パーティーで、またたび酒に酔って帰宅したかれんは、杜生を翌週のパーティーに誘った。ヒトの監督がホームパーティーで、手料理を振舞うという。

「カルガモと一緒に暮らしていると言ったら、是非来て欲しいって」

 公式にかれんの恋人として外に出られる機会に、杜生は喜んだ。

「僕を紹介してくれるの?」

「もちろんよ、私の大事な杜生ですもの。みなさんに味わって欲しいわ」

 味わう?かれんがさらりと言った言葉に引っかかりを感じながら、杜生は華やかなパーティーの席で、かれんの隣に座る誇らしさに胸をときめかせた。



「やあやあやあ。かれんちゃん、よく来てくれたね。そちらが?」

「ええ、杜生です。監督に是非ご紹介したくて」

「はじめまして」

 髭をたくわえたヒトの監督は、杜生を観察した。

「油が乗ってるのに、締まった体つきだね。これは、是非」

 パーティーの参加者は、まだ集まっていないらしい。居間にはかれんと杜生と監督だけである。

「かれんちゃんが最高の材料を提供できるって言うから、今日はうまくいきそうだよ」

「ええ。菜食にしてますから、臭みはないはずです」

「ぐえ!?」

 カルガモ本来の声が、杜生の喉から漏れた。


「杜生、一生一緒にいてくれるって言ったでしょう?ごめんね、アイドルにはスキャンダルはご法度なの」

 監督が席を外している隙に、かれんは杜生にそっと肉球を乗せた。

「だからね、良いことを考えたのよ。私が消化してしまえば、私の血肉になって一生一緒よ」

「……かれん?」

「監督はロースト料理が得意なの。大丈夫、杜生ならきっと、参加者が全員満足してくれる。羽毛はもちろん、私が全部もらうわ。杜生の羽でコンフォーターを作ってもらって、それでずうっと一緒に眠るのよ」

 かれんの瞳は優しかった。

「抜いた血も、ちゃんと私用のソーセージに加工してもらうわ。あなたを無駄になんてしない」

 恋をするものならば、一度は相手と解けてしまいたいと思ったこともあるだろう。杜生は魅入られたように、かれんに頷いてみせた。一緒に生活できなくなるならば、そのほうが良いとさえ思った。

 導かれたキッチンでは、湯がぐつぐつと沸いていた。髭面の監督が、紺色のエプロンを閉めている。レンジの上に置かれた寸胴鍋とダッチオーブン。自分はあの中に入るのかと、怯えるような気持ちでそれを見る。

「杜生、愛してるわ」

 かれんが首に小さく口づけ、杜生は大きく頷いた。恋に殉じる気満々である。



「今日のメインディシュの食材、ずっと探してたんだ。かれんちゃんからの申し出があって、ラッキーだったよ」

 監督が長い包丁を片手に言う。

「これでかれんちゃんが、うちのカムイの子供を産んでくれれば、万々歳だ」

「あら、監督。それは了承したはずですよ。だから主役をくださったんでしょう?猫は猫同士って言ったじゃないですか」

「ぐあーっ!!」

 ちょっと待て。今さっき、僕に愛を囁いていたじゃないか。まさに監督に首を押さえつけられる瞬間、杜生は覚醒した。

「かれん、結婚するの?」

「あら、まだ聞こえてた?そうよ、監督の家のカムイくんと結婚するの。バカな杜生。まさか本当に捕食者と被食者が一生一緒にいると思ってた?」

 これがあの、美しくて甘えたがりのかれんだろうか。

「ぐえっぐえっぐえっ!げっげっー!!!」

 杜生は渾身の力で、監督の指から逃れた。



 幸いにして開いていたドアから走り出し、捕まえようとするヒトを縫って空に羽ばたく。しばらく使っていなかった羽が、風を切った。

「よう、猫のお嬢さんのところのカモ。どうした?慌てて」

 隣に飛んできたカルガモは、背中に筒を括りつけていた。

「愛なんてもう、信じるもんか」

 美しい恋人の自慢を散々してしまった大学には、もう戻れない。かといって、お堀端で野生の生活を送る気にもなれない。杜生は大声で泣いていた。


 鴨川にもう一度誘われて、バーディーズという宅配便会社の扉をノックした時、鴨田は二歳になりかけていた。

「集配相手には、大型の肉食獣もいる。バディシステムを活用し、危険に備えること」

 その取り決めに、鴨田は深く深く頷いた。


fin.




 ……が、鳥は三歩歩くと忘れちゃうのだ。

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