青いハンカチ
柔らかな光が射し込む窓辺。君の声が聴こえた気がして振り返った僕は、窓辺の青いハンカチを見つめる。
僕らは、たった四畳半しかない小さなこの部屋に2人で住んでいた。
洗濯物を干すためのささやかなベランダ、あるのか無いのかよく分からないほど狭い玄関。靴箱だって置けやしない。なかなか靴を揃えて脱がない僕を、君はよく呆れ顔で叱っていた。
そんな毎日は、とても幸せで。
「……ごめんなさい」
「……どうして?」
別れが来るなんて、思いもよらなかった。
「貴方は、幸せ?」
「……勿論、君が居てくれたら幸せだ」
「そう。私は、貴方と居たら不幸なの」
「……」
こちらを見ようともせず言い放つ君は、視線を左右に流しながら大きなボストンバッグの取っ手を世話しなく動かしている。
狭いアパートのそう厚くない壁の外から、誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。足音はちょうど部屋の真ん前で止まり、同時にノックの音が聞こえる。
「あっ……それじゃ、私もう行くから」
途端に顔を幸せそうに光らせ、ボストンバッグをよいしょ、と持ち上げた。
ああ、新しい彼氏か。
そう理解した途端、諦めにも似た感情が僕を襲う。
そりゃ、そうさ。
僕は長いこと見てないもの。君のそんな嬉しそうな顔。
そうか。君は、不幸だったんだね。
沢山荷物を詰めたボストンバッグはとても重いのだろう。苦労して運ぶ君の気配を、背中で感じながら目を閉じた。
どれ程の間そうしていたのだろう。気が付くと空は赤らんで、夕日に照らされる雲が宝石のようだった。無音の室内に、君が居ないことを再確認させられる。
君が落として行ったのだろう。床には青いハンカチが落ちていた。そっと拾いあげて、窓辺にふわりと乗せる。
『さよなら。今までありがとう』
そう言って笑った君が頭に浮かんで。
どうしようも無く哀しいのは、君の笑顔のせいなんだと、自分を無理矢理納得させた。