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「きっとどこかに」シリーズ

それはいつかの

作者:

「きっとどこかに」「それはひそかな」を読んでいた方が心情が分かりやすいかもしれません。若干百合っぽくなったので苦手な方はスルーで。

聖陽学園女子に入学して、二度目の冬がやってきた。

「ユ~カ!」

「わっ、綾ちゃん?」

放課後、教室を出ようとしたら突然肩を叩かれた。

「図書室だろ?あたしも行く」

「別にいいけど・・・綾ちゃん、部活ないの?」

「今日はどうせ休みだよ。ほら、この雪だし」

指差す先を見ると、ガラスが曇っていてよく見えないけど、確かに雪がちらついているみたい。

「――休みじゃねーよ、バカ」

「いてっ。何すんだよコーチ」

綾ちゃんが振り返った先には、担任兼サッカー部コーチの黒田先生が立っていた。

「雪くらいで休みになるわけないだろう。中練だよ、中練」

「でもここんとこずっと練習続きだろ?あたしはいいけど皆がへばっちまうぞ」

綾ちゃんは練習熱心だから、部活を休みたいなんてことは一度も言ったことがない。でもそういう人ばかりじゃないから、キャプテンとしては考えるところもあるみたいで。

「お前がやるなら皆喜んでついてくよ。そういう奴らばっかりだからな」

先生は呆れたように言うけれど、綾ちゃんは首を傾げた。

「何だ、それ?」

「まあ・・・そうでしょうね」

先生の言いたいことは私にも分かる。綾ちゃんはサッカー部のアイドルだから、それ目当てでサッカー部に入った子ってたくさんいるんだよね・・・。

ショートカットの黒髪に切れ長で大きな目。サッカー部のエースで、おまけに男らしくて面倒見のいい性格。女子校ならではの空気っていうのかは分からないけど、綾ちゃんは中学のとき以上に人気者になった。ファンレターとかラブレターとかも毎日もらっている。

「まあ、何でもいいや。ごめんユカ、また明日な」

「うん、頑張って」

綾ちゃんはユニフォームを取ると、教室から足早に出ていった。

「・・・なあ、城夜(しろや)

「何ですか?」

「あいつ確か、彼氏居るんだよな?」

「ええ、まあ」

先生はうーん、と首を傾げてみせる。

「俺にはどうにも、あいつが惚れるような良い男がいるとは思えないんだが・・・どんな奴なんだ、そいつは?」

「ああ・・・」

まあ、京一くんが綾ちゃんより格好良いかと言われるとちょっと微妙かも・・・。でも、綾ちゃんが京一くんを好きになったのは格好良いからじゃないんだよね。

「――すごく、優しい人です」

常に周りのことを考えて、自分のことを押し殺してしまいがちな京一くん。京一くんだから綾ちゃんの弱さを支えてあげられるし、綾ちゃんだから京一くんの本当の気持ちを引き出してあげられる。

・・・私には、それが出来なかった。

「私も好きになっちゃったくらい、いい人でした」

「・・・そうか。そんな奴もいるんだな」

先生はそれ以上追及せずに、部活のために教室を出ていった。

▼▼▼

大晦日の前日、ユカから電話が掛かってきた。

『明日なんだけど、もし良かったら泊まりに来ない?』

ユカは今学校近くのアパートで一人暮らしをしている。部活帰りとかによく寄らせてもらうんだよな。

『初詣行く予定だったし、一緒に年越しも出来たら嬉しいかなって』

「まああたしは別にいいけど・・・泊まりなんて珍しいな」

ユカは少し言いにくそうに言った。

『本当のこと言うとちょっと寂しくなっちゃったっていうか・・・今年は帰省しないって決めてたんだけど、結局ね』

「はは、そっか。そういうことなら任せろ、朝まで付き合うよ。あ、なんだったらウチに来るか?」

『え、いいの?』

「いいも何も、おばあちゃんだって久しぶりに会えて喜ぶだろうし。来いよ」

しばらくウチに来てなかったし、たまにはいいだろう。

『ありがとう、そうさせてもらうね』

嬉しそうなユカの声に、我ながらいいことをしたと思いながら電話を切った。

「・・・でも」

多分事情を話せば、京の家でも年は越せただろう。元々はお向かいさんだったわけだし。それをしなかったのは多分・・・まだ、あたしに対して遠慮があるのかもしれない。

京とあたしの気持ちを知っていたから、ユカは身を引いた。それに対する思いはないわけじゃなかったけど、あたしはもう気にしないと決めていた。ユカはそれを望まないと分かっていたからだ。

京はまだ申し訳ないと思ってるみたいだが、ユカはそれを責めていないはずなのに・・・。やはりまだ、わだかまりは取れていないのかもしれないと思った。

△△△

「よく来たねぇ、由佳ちゃん」

「お久しぶりです」

午後6時。綾ちゃんの家に着くと、綾ちゃんのお祖母ちゃんが出迎えてくれた。

「あれ、綾ちゃんは?」

「綾菜ちゃんなら買い物に行っているわ。もうすぐ帰って来るでしょう」

そう言っているそばから玄関の扉が開いた。

「おう、ユカ」

「あら早かったねぇ、綾菜ちゃん」

「ユカが見えたから走ってきたんだ。・・・あ、やべ炭酸大丈夫かな」

綾ちゃんは慌ててビニール袋の中を確認する。

「時間を置けば大丈夫よ。さあ、お蕎麦を作りましょう」

お祖母ちゃんはにこにこと笑った。

▼▼▼

紅白も終わって、カウントダウンが始まる。

「あとちょっとで年明けだなー」

「そうだね」

おばあちゃんはもう寝てしまっていて、ユカと二人でリビングに座っていた。親父も母さんも仕事だ、おそらく帰ってくるのはしばらく後だろう。

『3・2・1・・・0!ハッピーニューイヤー!!』

「あけましておめでとう、綾ちゃん」

「おう、おめでとうユカ」

言った瞬間ユカの携帯が震えた。

「誰から?」

「梅原くん。ふふ、相変わらずだね」

携帯画面には『あけおめー、ユカちゃん!!今年もオレはユカちゃん一筋だからね!!』と書かれていて、あたしも思わず噴き出す。

「なんだこの大量のハートマーク。ここまできたらギャグだな」

「そう、だね」

返信した後、ユカは画面を指でなぞって小さく呟く。

「・・・告白の返事、してやらないのか?」

「うん・・・まだ、ちゃんと向き合うのは難しいかなって」

(あつ)がユカに告白したのは一昨年のことだが、ユカはまだその返事をしていない。おそらくは京のことを綺麗に清算できない限り無理だろう。

少し暗くなりかけた空気を取り戻すべく、あたしは目の前の青い缶を指でとんとん、と叩いてみせた。

「――乾杯しようぜ」

「うん、ありがとう」

プルタブを開ける。間を置いたから噴き出すことはないけど、もしかしたら炭酸は抜けているかもしれない。

「・・・あ、おいしい」

「そーだな。見たことないやつだったから心配だったけど、正解だったみたいだ」

飲み進めていく内、ユカの様子がおかしくなってきた。

「おい、大丈夫か?なんか顔赤いけど・・・」

「え?そんなことないよ、大丈夫」

ユカはひらひらと手を振ってみせる。

「そうか・・・?」

「でもなんか暑いね、この部屋」

「ん?確かにそうかも、温度下げるわ」

こたつの温度を下げていると、不意にその手を掴まれた。

「へへぇ、綾ちゃ~ん」

「あ、おい」

ユカが横から抱きついてきてしなだれかかってくる。

「どうしたんだいきなり・・・ってまさか」

慌てて今しがた飲んだ缶を確認する。

「チューハイじゃねーか・・・」

自分のアホさ加減にもだが、これをスルーした店員にも呆れた。どう見ても未成年だろ、あたし。私服だったからって言い訳になんのか?

「ふにゃ~・・・」

腕が離れたかと思うと、ユカは幸せそうな顔で横になってしまった。

「完全に酔っ払ってんな、こりゃあ・・・」

しかし、あたしが平気なのはどういうことだ?ユカと同じくらいは飲んだはずなんだけどな。

「・・・もしかしてあたしって酒強い?」

まあせっかく買ってきたし、どこまでいけるか試しにもう少し飲んでみようか、なんて思ってしまったのは魔が差したとしか言いようがない。

あたしは一人で酒盛りを始め、ほどなく意識が途切れた。・・・どうやら、ユカが極端に弱いだけだったらしい。

△△△

「ん・・・」

何かの物音でふと目が覚めた。

時計は午前2時くらいを指しているように見える。いつの間にか少し寝てしまっていたみたいだった。

「なんか・・・頭いたい・・・」

ズキズキと鈍い痛みを訴える頭で昨日のことを思い出そうとするけれど、どうにも記憶が曖昧だった。

「こたつなんかで寝ちゃったから風邪引いたのかな・・・?」

ぼんやりとした視界を動かすと、隣で綾ちゃんが寝ているのが分かった。身体は起こさないまますり寄って、その肩を軽くゆする。

「綾ちゃん、起きて」

「ん・・・ユカぁ・・・・・・?」

眠たげな声が上がる。なんかちょっとかわいいかも。

「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ。明日から練習、あるんでしょ?」

「うん・・・」

綾ちゃんがゆっくりと身体を起こそうと手を突いて、まだ力が入らないのかそのまま私の上に倒れこんできた。

「もう、綾ちゃんってば・・・大丈夫?」

肩を掴んで起こそうとしたところで、その手を掴まれた。

「綾ちゃん?」

「んんぅ・・・・」

綾ちゃんが甘えるように鼻先を私のうなじに擦り付けてくる。

「ちょっと、くすぐったいよ」

こたつから少し這い出してきて、両肘を私の頭の横に突く。そのまま髪の毛をさわさわと撫でられて、その気持ちよさにちょっとうとうとしかけたところで頬に何か柔らかいものが触れた。

「ユカ・・・」

「なに?」

「すきだよ」

唇を離してぼそっと呟いたそれはまるでこどもみたいな台詞で、なんだか少しおかしかった。

「私もすきだよ」

「・・・ほんとに?」

「うん。だいすき」

「・・・へへ、そっかぁ」

にへら、と頬をゆるませる綾ちゃんに、体勢は逆なのにこれじゃ私がお母さんみたい、とふと思った。

「ユカ、すき」

「うん」

「すき」

「うん」

「すき」

「ありがとう」

反対の頬に、おでこに、鼻に、目蓋に、『すき』っていうことばと一緒に唇がやわらかく触れてくる。くすぐったいけれど少しがまんして、寝ぼけたこどもみたいな綾ちゃんをしばらく受けとめていた。

「・・・ユカ」

「なぁに?」

「本当に、好きだよ」

急にクリアになった口調に驚いて見上げると、綾ちゃんは私の頬に手を当てて真剣な瞳をした。

「京も好きだけど・・・ユカのことだって、大好きだ」

ゆっくりと瞬きをして、私は綾ちゃんの言いたいことをなんとなく悟った。

綾ちゃんは、分かっていたのかな。

一緒の学校には入ったけど綾ちゃんはどんどん忙しくなって、二人で居られる時間は最近めっきり減った。報われなかった中学のころを思えば活躍している姿を見られるのは嬉しかったけれど、少しさみしかったのも事実で。

「・・・私も、大好きだよ」

綾ちゃんの頬に手を伸ばしてそっと引き寄せると、こつん、と小さな音を立てておでことおでこがぶつかる。なんだかふしぎなくらいほっとして、自然と頬がゆるんだ。

「ねえ、綾ちゃん」

「んー?」

「私と京一くん、どっちが好き?」

「え~・・・」

おでこをくっつけた体勢のままで尋ねると綾ちゃんはしばらく考え込んで、やがてばつが悪そうに言った。

「・・・どっちもすき」

エースストライカーとは思えないような頼りない答えにちょっと噴き出してしまった。

「もう、なにそれ」

「笑うなよ~、まじめに言ってんだから」

「はいはい」

分かってる。私だって同じことを訊かれたらそう答えるもの。

どっちが好きとかじゃないんだ。私にはどっちも大事な人で、それは綾ちゃんにとっても同じだから。

「あ、じゃあさ・・・あたしと敦だったらどっちが好きだ?」

「うーん、それは綾ちゃんかな」

「即答かよ・・・当分報われそうにねーな、あいつは」

綾ちゃんが苦笑して、ふと何かに気付いたようにおでこを離した。

「――ん、なんか携帯鳴ってんぞ」

身体を起こして綾ちゃんが私の携帯を取ってくれる。

「噂をすれば、だな」

表示されていたのは梅原くんの名前だった。

「何だって?」

「初詣行くから今から来ないかって。綾ちゃんも一緒に」

「おー、いいじゃん。敦の今年初ギャグが拝めるぞ~」

「そ、そうだね・・・」

それは嬉しいのかな・・・?相変わらず二人の笑いのツボは分からない。

「京一くんもいるからね、綾ちゃん?」

「ん?あー、まあ・・・うん」

確認するように言うと綾ちゃんは少し言葉を濁した。

「どうかしたの?」

「いや・・・実はちょっと久しぶりだったりして」

「え、そうなの?」

まあ、確かに最近ずっと忙しそうだったもんね。

「会えるって思ったらやっぱさ・・・嬉しいじゃん」

そういう綾ちゃんの顔は純粋に幸せそうで、やっぱり女の子だなって思った。昔は京一くんでさえ男の子みたいだなんて言っていたものだけど、この笑顔を見たらそんなこと言えなくなるよね。


「――行こうぜ、ユカ」

「うん、急ごう」


ぱっと差し出された手を取って、私は新しい年を迎えた町へと走り出した。


学生時代にはこんなこともあったんじゃないでしょうか。モリが弱みを見せられるのは京一に対してだけで、それだって望んでしているわけではないのです。おそらくユカに甘えられるとしたら、こういう場面くらいなんだと思います。


あ、あとお酒は二十歳になるまで我慢しましょうね。

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