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Invasion:1

 


 「よし、せかいせーふくしようぜ!」


 せかいせーふく? 世界制服?

 ああ世界征服ね。

 俺は学校帰りの温い日差しで元々弱かった頭が極限まで緩んだ幼馴染を見やる。見やると言っても俺と春姫では身長差が大分あるから見下ろす、かもしれないけどな。大体百八十センチの俺と、百四十いくかいかないかの春姫では頭一個分程度違うのだ。


「春姫、世界征服なんてしてないでアイスでも食った方がいいんじゃないか?」


 春姫が手に持っていたアイスはどろどろと溶け出して意外に綺麗な肌に滴っている。脳みそもどろどろに溶けてんじゃないか? ちなみに俺のアイスは随分前に胃袋と結婚しているので現在消化中。


「アイスくらいいんだぜ。そんな事より世界を征服するためのメンバーを選考するからな。最強であるおれっちの仲間に相応しい奴らがいいなー。あ、凪は雑用兼掃除担当な」


 俺までしっかり計画に組み込むな。それ以前に世界征服なんて真面目に計画するんじゃない。ただでさえ馬鹿っぽい、いや童顔の春姫が世界征服とか言ってると小学生にしか見えない。着崩した高校の制服を着てなきゃ絶対小学生と勘違いされるな。


「なんで俺までやらなきゃいけないんだよ。そもそも世界征服なんてできる訳ないだろ」


 一介の高校生である春姫に何が出来るっていうんだ。


「ふっ。諦めたらそこで試合終了だぜ」


 茶色い髪を元気よく揺らしながら何処かで聞いたような台詞をいう馬鹿に溜息を隠しきれない。

 こいつとの付き合いは二才の時から十四年目に突入中で所謂腐れ縁。そしてこの東雲春姫はよく変な事を考え出す。

 問題なのはそれが主に俺にとって迷惑になる事が多いという事だ。というか全部だ。しかもそれを実行する為に障害があるなら蹴散らして、邪魔者がいるならしばき倒してでも遂行しようとするから性質が悪い。


「終わってるのはお前の頭だ。少しは椿を見習え」


 雨宮椿という名のもう一人の幼馴染(♂)は、只今生徒会執行部に所属している為、一緒に帰っていない。

 よく三人でつるんでいたのが酷く懐かしく思えるくらい最近は顔を合わせていなかった。


「椿ぃ? ああ椿も世界征服メンバーに入れとかないとな! 頭いーし。ま、おれっちには敵わないけどな」


 無い胸を張って高笑いしてる隣人の成績は見たら無言でその場を立ち去りたくなるくらい酷い。


「学年トップに向かって大言壮語したな。俺は付き合いきれんから帰るぞ」


 隣の春姫の家と比べて見劣りする我が家の家の前に到着したので馬鹿は放っておいて帰ることにする。

 曰く、君子危うきに近寄るべからず。


「しかたねーな。じゃあ明日まで世界征服の方法考えておけよ」


 ……今度人の話を聞くという事を躾なきゃならないだろうか。独特の一人称を使う幼馴染の言動に頭痛を覚える今日この頃。



 男勝りな幼馴染と別れ、扉を開けたら誰もいなかった。両親は海外出張という名のデート中なのでいないのは当たり前だが、妹である七海までいないのは珍しい。

 時計を見ると六時半を少し過ぎたことを示していた。少々春姫と話し過ぎたようだ。天然パーマとまではいかないまでも癖の強い自分の髪を適当に混ぜる。

 今日は俺が家事担当なので晩飯とお風呂を沸かさなきゃいけない。

 更にうちの夕飯の時間は七時と決まっている。遅れたら……考えるのは止めよう、震えが止まらん。

 今から一人でやるのは厳しいな……。

 仕方ない、スサノオを呼ぶか。

 軽い気持ちで決意して首から下げている勾玉をブレザーの下から取り出す。蒼いそれに力を込めてスサノオを呼んだ。


「ふぉい、ふぁぎ。ふぁんふぁふぉうふあ」


「日本語を喋れ。そして食べかすを散らかすな」 


 あけていた口を閉め、モグモグと口を動かす目の前の神様。黒い艶やかな髪も肉汁が付いては台無しだな。

 その姿に肩を落としつつ、こんな奴に選ばれた不幸をしみじみと実感した。


 

 神が人間界に現れた切欠は科学の進歩が原因らしい。らしい、と言うのは俺が生まれる前の話だから俺も学校で習った事ぐらいしか知らない。

 とにかく科学に因って存在が曖昧になってきた神は存在しつ続ける為に人間と契約するという手段を選んだ。神に物理的な概念はないので人間の信仰が存在の要になってくるからだ。

 だから人間が神を信じなくなったというのは神にとっては死活問題だな。

 そして人間と契約した神は力を与える代わりに信仰を求めた。人間の魂が持たないので全力ではないが。

 神の全力を人間に与えると気が触れたり、ゾンビ化したり碌な事にならないと授業で習った(睡眠学習)。

 便宜上契約した神を契約神、契約した人間をを神主と呼ぶ訳だ。契約すれば勾玉を通じて力を借りたり呼び出しが出来るんだ。今みたいに。


「おい、凪! なんのようなのだ。我は姉上以外とは喋る事すらいやなのだぞ!」


 黙れシスコン。漸く食ってた肉の消化を終えて第一声がそれですか。こいつの神主という残念な事実に溜息しかでない。

 スサノオと春姫のせいで俺が何回溜息をついたと思ってるんだ。


「七海に齧られたくなかったら協力した方が身の為だぞ。言っとくが俺じゃ七海を止められないからな」


 俗にいう腹ペコキャラでも目指しているのか我が妹の胃袋は底なしだ。しかも食べる物が無いと手近にあるもの全て齧りだすという悪癖つき。それが人間だろうと神だろうと容赦無く齧る。

 黒髪の悪魔のような妹に対して身震いが走る。

 怪力を誇る七海に一旦捕食されると別の生贄を容易するまで止められないからな。


「ぐっ……。あの人間の小娘か。仕方ない、我は逃げる!」


 なっ!? 普通ここは手伝う流れだろうが。


「卑怯だぞ! クソっ! 神界に帰らせてたまるかっ!!」


 スサノオが全力で戻ろうと圧力をかけてくる。俺は勾玉を握り締め、無駄な事に全身全霊を注ぎながらスサノオを人間界に押さえ続ける。


「いい加減諦めて手伝え! お前いつでも働いてねーだろ、この自宅警備員!」


「はっ! 我は自宅で姉上を二十四時間年中無休で警護する愛の警備員だ!」


 人はそれをストーカーと呼ぶんだよ。


「変態もいい加減にしろ! 真面目に時間がもうないんだよ!」


 スサノオを押さえつける力も限界に近い。何より姉であるアマテラスで妄想を繰り広げているコイツのスサノオの鼻息が荒い。夜後ろに立たれたら貞操の危機を感じるぞ。


「変態? 我は変態ではない、紳士だ!」


 どこが紳士だ。こんだけ邪念に塗れた紳士見たことないわ。


「マジいい加減にしろって! もう七時五分前なんだよ! 七海が帰ってきたらやば」


 い、と続けようとしたところでピンポーンという軽快な音が玄関から聞こえた。

 ……ははは、気のせいだよな? 固まってしまったスサノオと一緒に首だけ玄関に向ける。

 ほら、やっぱ静かじゃないか。

 しかし残酷なことに再び聞こえるチャイム。

 ……ははは、これチャイムじゃなくて死亡フラグじゃね? 


「おにーちゃん? 鍵忘れたから開けてー」


 いやに明るいマイシスターの声が胸に刺さる。比喩でなく本当に刺さってくれた方がいいかもしれないけど。大方の予想通り、七海は中学からの帰還を果たしたようだ。


「な、七海。扉を開ける前に一つ聞いておきたい事があるんだが」


 未だ硬直しているスサノオを囮にする準備をしつつ、意を決して問いかける。


「もし、あくまでもし、だぞ? お兄ちゃんが晩飯をまだ作り終わってないなんて事になったらどうする?」


 心臓が早鐘を打っている。頼む。許すという返事がきてくれ。


「そんな事になったらぁ? そうだなぁ、とりあえず首を三百六十度大回転させて一緒に楽しく遊ぶかな」


 あ、俺終了のお知らせです。どうしよう、まだ遺言書いてないぞ。


「そっかー。お兄ちゃんちょっとドラゴン倒してお姫様救い出す旅に出てくるから晩御飯の事はスサノオに聞いてくれ」


 冷や汗が止まらない。今なら制服から汗が搾れるくらい出てる。


「それより扉開けてよ。お腹空いたし。じゃないと扉また壊しちゃうかも」


 以前にも破壊された事のある扉が軋むような音を流している。

 スサノオを扉に縛り付けて時間稼ぎを用意。その場を離れようとしたら死刑宣告が下された。


「もう壊しちゃうね、扉」


 直後扉だった物が衝撃音と共に破壊され、縛られていたスサノオが吹っ飛んだ。

 ……途中で腕やら脚やらがあり得ない方向に曲がったのは気のせいだろうか。

 呆然とする俺に向かって扉があった穴から華奢な手が突き出てきた。その手はそのまま俺の手をしっかりとホールドする。


「ちょっと待て。非常識にも程がある。家に帰ったらまず手を洗ってうがいを」

「ごめんね。後でやるから。晩御飯なぁに?」


 俺の言葉を遮ってにこやかに、いっそ清々しいくらいの笑顔で七海が腕に力を籠める。神の力で腕力を強化している七海がやると洒落にならない。

 手首の骨が悲鳴をあげて軋んでいる気がするなぁ。


「晩御飯は……」


「晩御飯は?」


 妹のプレッシャーに耐えられない。

 第六感が警報を鳴らしている。この質問に答えたら危ない。答えなくても危ないが。


「…………いです」


 声が震えて自分でも聞き取れない。


「もっと大きい声で言ってよー」


 折れる折れる折れる折れる折れる。


「晩御飯はない、です」


「…………」


 あたりを重苦しい沈黙が支配する。

 今更だが何で晩御飯ごときでこんなシリアスな空気を送らねばならんのだろうか。吹っ飛んで気絶してるスサノオが羨ましい。


「お兄ちゃんさ、どっちがいい? 体中のありとあらゆる穴から血を噴出して死ぬのと、ハンバーグになるの」


 どっちも確実にBAD ENDだろ、それ。すごくいい笑顔をしている妹にうっすら恐怖を覚える。

 体中の穴という穴から血を噴出すってどうしたらそうなるんだ。ハンバーグって何? ミンチ? 

 セーラー服が逆立ちそうなくらいの何かを発している七海。これは怒っている。すんごく怒っている。長年の兄の勘という奴が、嫌な予感を後押しする。


「七海、一回落ち着いて話し合おう。話せば分かる!」


「じゃあもう丸齧りに決定ね。お腹空いたし。いただきまーすっ!」


 丸齧りを表明した妹に俺は人生を幕切れにされたのだった……。



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