目覚めと出勤。
チュン・・・チュン・・・
「・・・ん?・・・朝か。」
鳥のさえずりで睦月は目を覚ました。
少し目がショボショボしているが、天井が見える。
その天井はいつも見ている天井とはまた違う天井だった。
(・・・知らない天井・・・か。)
睦月は、どこかで聞いた事のあるフレーズだなと、微笑した。
そして寝たままもう一度目を閉じ、ボーッとした頭で昨日の事を振り返る。
昨日は色々あった・・・。
急に会社をクビになったり、帰り道で強打を喰らって気を失ったりTHCと呼ばれる会社で働くことになったり、強制的にコスプレさせられたり。
・・・コスプレはひどかったなぁ・・・。
その時初めて夢斗さんが女性ではなく男性だと知って・・・夢斗さんめっちゃ恥ずかしがってたなぁ。
けど夢斗さんにコスプレはわかるが(見た目的に。)、俺にコスプレはないだろう。
しかし灼夜さんは「あんた・・・意外と綺麗でイケるわね。」と変な目で見てくるし・・・。
本当に最悪だった・・・。
しかもその後に言われたのが、なんと引越終了のお知らせ。
僕が今まで住んでいたアパートから、この会社の指定しているアパートへの引越しが僕の知らない間に行われていて、しかも手続きや作業はすべて終わっているという状況。手回し良過ぎだよ・・・。
・・・
あれ?そういえば今日はどうすれば良いんだっけ?
たしか昨日帰り際に風切部長が明日は灼夜さんを迎えに行かせるとか言ってたような・・・?
んーー・・・確か灼夜さんは7時に来るって言ってた様な気がしたな・・・。
睦月は寝ぼけながら、とりあえず時間を確認しようと右手を布団の中から出そうとした。
ベット横の机上には、目覚まし時計が置いておいたはず。
しかし睦月の手は、布団から出る直前に不思議な感触の物に触れた。
(!? これは・・・なんだ?なんかサラッとしている・・・?)
とても細いそのサラッとした物は、非常に柔らかく、そして長かった。
(ん?こんな物あったっけ?)
更に右手を出そうとすると指先が何かに当たった。手探りでその物を確かめる。
(・・・?丸くて・・・柔らかい?)
服みたいな硬い布地の「それ」は、揉むと非常に柔らかだった。が、睦月にはそれが何なのかさっぱりわからない。
「ん・・・」
!?
・・・気のせいか音がした気がした。・・・いや、聞き間違いでなければ人の声だった気がする。
睦月は、まだショボショボしている目を左手で擦り、自分の横に何があるのか見ようとした。
!!?
・・・驚いた。
布団が・・・僕の隣が大きく膨らんでいる・・・?・・・なぜ!?
睦月はすぐに身を起こし、バッと布団を捲った。
!!!?
なんと隣には灼夜さんが寝ていた。男物のスーツを着て、小さな体を更に丸めて寝ている。
「・・・んん・・・寒い。」
睦月は唖然とした。
何故、灼夜さんはここ(自分の部屋の中)にいるのか?
部屋には鍵が掛けてあった筈だし、っていうかそもそも何故同じ布団の中に寝ているのか?
しかも男物のスーツ姿で。
・・・そういえばさっき右手が揉んでしまった柔らかい物って・・・?
睦月は恐る恐る右手が触れた場所を探した。
睦月が起き上がる前、寝転がった状態で右手を伸ばそうとしたら触れてしまう場所。
(まさか・・・いや、そんな・・・漫画じゃあるまいしそんな都合よく触れてしまう訳が・・・)
睦月の予想は当たり、漫画の様に都合よくその場所を触れてしまう現実がそこにはあった。
(うわーーー・・・これは・・・。今は寝てるからバレないにしても、バレたら殺されそうな事実だな。)
寝ていた場所から推測してみて、右手を伸ばす位置は丁度灼夜さんの胸あたり。
しかも灼夜さんの髪は長いので胸の位置まで髪が届いていた。(始めに触ったのはこれかぁ。)
胸を揉んでしまった事実に驚きながら、自分の右手を開いたり握ったりした。
まだ手には、柔らかな感覚が残っている。
感傷に浸っていると灼夜が目を覚ました。
「ん・・・?あ、睦月君・・・おはよ・・・?」
灼夜は目をこすりながらゆっくりと起き上がる。睦月は、とりあえず少し身を引きながら聞いた。
「・・・灼夜さん?・・・なんで僕のベットの中にいるんですか?」
すると灼夜は眠たそうに頭をポリポリ掻きながら言った。寝起きという事もあり灼夜の黒髪は、少しボサボサになっている。
「んー・・・?それはアンタを起こしに来たからに決まってんじゃない・・・。」
(起こしに来た?・・・今何時だ?)
睦月はとりあえず時間を確認した。時計の針はまだ6時を指している。
「・・・あれ?確か昨日は7時に来るって言ってませんでしたっけ?」
「あぁー・・・そう言ったかも知れないわね。けど・・・今日はなんだか早く目が覚めてしまって・・・もう一度寝るのもなんだし、暇だったから睦月君を起こしに来たってわけ。」
・・・暇だったから来たってスゴイ理由だな。
「・・・此処に来た理由はわかりました。・・・で、起こしに来た灼夜さんはなぜ僕のベットに潜り込んでいたのですか?」
「いやー、起こしに来たんだけど睦月君があまりには気持ちよさそうに寝ていたもんでー・・・つい一緒に寝ちゃった(てへっ)。」
そう言って舌を出し誤魔化す灼夜さん。・・・意外とお茶目な人だ。
「はは・・・そうでしたか。(気持ちよく寝ていたからって理由で布団に入ってくる人を初めて見た気がする。)まぁなんにしても・・・よっ、と!」
灼夜のボケ?を苦笑いで誤魔化し、睦月はベットの上で立ち上がる。
「とりあえず出勤出来る様準備しますので、すみませんが少し待ってて下さい。」「わかったわ。」
そう言うと睦月はベットを降り、手洗い場で着替えを済ませた。そして部屋の中にいくつもおいてあるダンボールの中からフライパンなどの道具を取り出した。(昨日にダンボールの中身を確認しておいてよかったー。)
「そういえば、灼夜さんは朝飯は食べられたんですか?」
「・・・あ、食べてないわ。私の分までお願いできるかしら?」
「はい、わかりました。」
ということで、睦月はスクランブルエッグ等の簡単な食事を作り2人で食べた。
「・・・ボソッ(私より上手いじゃない)」
「え?何か言いました?」
「な、なんでもないわっ。意外と料理上手なのね。」
「いえいえ。去年から一人暮らしでしたからちょっと料理ができるようになっただけですよ。」
「・・・(一年でこんなにも?私なんてまだろくに料理もできないのに。)」
「どうかしました?」
「なんでもないわっ。」
等と会話をしてアパートを出た。
ちなみに睦月は、スクランブルエッグを作っただけで料理が上手いと褒められたのは初めてだった。
(そんな特別な事したかなぁー・・・)
通勤電車の中で、何故褒められたのか?首を傾げる睦月であった。
新しいアパートから会社《THC》までは、1時間半程で着く。
市街地から少し離れているこのアパートから駅まで徒歩で向かい、電車に長い事揺られ、電車から降りるとまた少し歩く。
この通勤経路はかなり人が多い為、睦月は灼夜と少ししか会話できなかった。
また、これだけの説明では普通の通勤風景にしか想像できなさそうなこの通勤経路は、・・・全く普通などではなかった。
電車の中では、座席で女性物スーツを来たスタイリッシュ?な猫(身長は普通の猫並み)が
「昨日食べた高級牛タンがビールに最高に合うんだって~。あんたも今度食べてみニャよ~。」
「モー・・・。わ・・わかりましたー。・・・今度食べてみますー。」
と、隣に座ってる牛の顔を持つ男と会話していたり(共食いじゃないか?)、顔のない男性が普通に座席に座っていたり・・・。とにかくおかしな光景だった。
それと言うのもこの世界が今まで住んでいた世界とは、違う異世界だからである。
普通に住んでいた世界が在世(アライブワールド)と呼ばれ、この世界は境世(バウンダリーワールド)と区別されており、確か・・・生と死の境界にある世界らしい。
この世界自体は在世となんら変わり無い風景が広がっているのだが、住んでる者や理が違うらしく、人間だけでなく妖怪や妖精等も住んでいる、との事。
とりあえず・・・そんなよく分からない世界に引っ越してきた睦月えはあったが、無事灼夜と共にTHCに辿り着いた。
THCは、本当に大きな会社で用地が広い。ここは本社ではなく日本支社らしいが、支社でこの大きさなら本社はどのくらいの大きさなのだろう?
広い用地にそびえ立つ10階建てのビル、他にも色々建物はあるが、なんと言っても隣にある
――――幼・小・中・高・大一貫の大きな学園が俄然目を引く。(大学は希望制らしい)
なんでも、会社の福利厚生として設置されたらしいが・・・やりすぎじゃないか・・・?
社員の子供だけでなく一般の人も入れるらしいが、一般で入る場合の試験は厳しいらしく、生徒数の少ない学園となっている様だ。(もちろんそれなりに生徒数はいるらしいし、受ける人自体は多いとの事)
この様な用地となっているので、会社前は幼児を連れたパパさんや小学生や中学生、高校生に大学生が沢山いる。
(電車内とはまた違ったカオスな光景だな。)
「ほら、ボーっとしてない。さっさと行くわよ。」
「はい。」
そんな光景を余所目に睦月は灼夜とTHC内に入り、エレベーターに乗り込んだ。