睦月の決意と暴走の灼夜。
「全く・・・しょうがないわね、ほらっ!」ゲシッ!!
「イタッ!!」
灼夜のローキックが睦月に直撃した。強い蹴りだ・・・足が非常に痛い。
「で、見た感想はどうだったの?」
「・・・何というか・・・まだ信じられないです。今のが全て現実だなんて。」
「そりゃぁ、信じられないでしょう?けど、全て現実よ。現世に漂っている霊をああやって地獄へと送る、それが仕事よ。まぁ・・・私達の部所はちょっと特殊だけど。」
話の途中、急に一陣の風が吹いた。
風は意外と強く、睦月は少し目を細め、灼夜の長い黒髪がなびく。
ザァァ・・・と、オレンジ色に照らされた木々が静かにざわめいた。
風によって生まれた沈黙。風が吹き抜けると、聞こえるのは川のせせらぎだけとなった。
灼夜が髪を整えていると、睦月は気になっていた事を聞いた。
「僕にもああ言った能力が?」
「有るわ。有ったから、有る事が分かっているからこそ、私が直々に君を会社に入れるようスカウトを命じられたのよ。感謝しなさい。」
そう言って胸を張る灼夜。
いや、今の話だと灼夜さんに感謝するのではなく、スカウトを命じた人に感謝するべきなのでは?
何にしても、やっぱり灼夜さんはなにか勘違いしているようだ。とりあえず・・・伝えておこう。
「・・・僕はまだ入社すると決めていませんが?」
「・・・え!?嘘!?・・・なんで!?部長から入って欲しいって言われて、すぐにサインしたんじゃないの!?」
灼夜はキョトンとした。そして、マジで!?と顔に書いてあるかのように分かりやすいリアクションをした。
「入る事に悩んではいましたが、サインが書けなかったのは灼夜さんが連れ出してしまったからですよ?」
「え、そうだったの!?(しまったー・・・後でまた部長に怒られるなこりゃ。)・・・あれ?けど、何を悩んでいたの?」
部長に怒られる事を想像したのか顔が強張らせる灼夜。しかし、ふと何かに気がついた様に顔を戻し、睦月に質問した。
「・・・それは・・・色々と。」
睦月は返す言葉を濁した。
上手く行き過ぎて(灼夜さん達を)信用できていなかったから!とはさすがに言えない・・・。
その返事を聞き、灼夜の顔が少し不機嫌な顔に変わる。そして次の瞬間怒り、説教を始めた。
「・・・睦月君、あなた馬鹿じゃない?無職のあなたが会社からスカウトされて躊躇う理由が何処にあるの?どんな会社だろうがとりあえず入ってみて、嫌だったりしたら、次の就職先が決まるまで続ければ良いだけの話じゃない?わざわざ無職を選択する理由がどこにあるの?」
人差し指を顔の横で小さく振り、腰に手を当てた状態で怒る灼夜。
睦月は正論を言われ、反論ができない。
「それは・・・。」
「それは・・・なんなの?」
・・・そう言われてみれば確かにそうだ。よく考えればすぐ分かる事なのに何故気が付かなかったのだろう?まだ仕事内容がよくわからないが、それはどの会社に入っても一緒。就職できるのにわざわざ無職を選ぶ理由なんて、何もないじゃないか。
都合の良過ぎる話だが、それに乗らない手はない。これが何かのドッキリとかであっても、騙された時はその時考えよう・・・。
「そうですね・・・決めました!僕はこの会社で働かせて頂きます!」
「それでヨシッ!!・・・じゃ、ここでの仕事も済んだし、会社に帰ろっか!」
行きとは違い、灼夜はタタッと走ってきて睦月の手を握り、「せーのっ」も無しに跳んだ。
またも目の前の景色がぐるりと回る。
気がつくと、睦月は部屋の一角に立っていた。どうやらTHCのオフィスのようだ。
目の前には風切部長や姫島、夢斗が立っている。
三人が睦月達に気づくと、部長が顔を真っ赤にさせ、灼夜は顔を青白くさせた。
「灼・夜・君?私はいつも、人の話は聞けと、何度も何度も言ってはいなかったかね?ん?どうだね?」
「わ!部長!ちょ・・・ストップ!ストップ!ちゃんと睦月君の説得をしておきましたからっ!!!」
「む・・・そうか、なら良い。陸月君、ここにサインを頼む。」
部長切り替え早いな!!?身を引きながら固まっている灼夜を余所目に、風切部長はクリップボードに挟んだ紙を睦月に差し出した。そして睦月は戸惑う事無くサインをし、風切部長はサインが書かれている事を確認した。
「うむ・・・ではすまないが、ここにいるみんなに改めて挨拶を頼む。全員もう会っているとは思うが一応な。」
「ハイ!では・・・改めまして、睦月 耀です!今日から宜しくお願いします!!」
パチパチパチ・・・
風切部長、姫島、夢斗が拍手をする。遅れて灼夜も硬直から立ち直り、拍手し始めた。
「あ、そういえば夢斗、あんたもしかして冷蔵庫に有った私のプリン食べなかった?」
拍手が終わると、思い出した様に灼夜が夢斗に質問をした。
「え・・・し、知らないですよ?」
「あー、確かに夢斗が食べてましたよ。」「(あ、おぃ!?飛鳥っ!!)・・・ゲ。」
慌てて知らない振りをした夢斗だが、すぐ姫島に嘘だとバラされた。
その瞬間、睦月の横にいた灼夜が真っ黒いオーラに包まれた。
夢斗の顔は、青白くなっている。そして、灼夜と一定の距離をとる様にゆっくり後退りをした。
「事故、事故だったんですよ・・・。腹が減ってる時に冷蔵庫の中を覗いたらプリンが有ったもんだからつ、つい・・・。」
「へぇーー・・・夢斗。つい、で私のプリン食べちゃったんだぁーーー。」
「す、すみませんっっ!!!後で灼夜さんのだと知ったんですっ!!」
「じゃぁ、あんたは私に始めに言った言葉が嘘だと自分で認めるってわけね、夢ぅ斗ぉぉ?私に嘘つくなんていい度胸じゃない?・・・さぁーって、今日はどんな服にお着替えがいいかしらぁ?メイド?それともセーラー服ぅ?・フ・・フフフフッ・・・」
怪しげに笑い始める灼夜。
先ほどまでと違い、顔が笑って見えるのは気のせいだろうか?
そして、な・・・なぜだろう?灼夜さんを包んでいるオーラが更に凶悪的な黒に変わっている気がした。
ひ、非常に怖い・・・いや、怖いというよりも、なぜだろう・・・悪寒がする。
睦月はそう思いながら夢斗の方を見た。夢斗の顔からは滝のように汗が噴出している。
「そ、それはもう嫌だぁぁぁ!!!」「あ、こら!待ちなさい!」
「ふぅ・・・やれやれ。」
ダッ!と耐え切れずに逃げ出す夢斗。
それを追いかける灼夜。
それを見て溜め息をつき、部屋を出ていく風切部長。
睦月は灼夜が離れた事で悪寒がしなくなり、一安心した。
夢斗と灼夜がオフィスの中を騒がしく追い回していると、姫島が睦月に近づいてきた。
「そういえば、初めて灼夜さんに会った日。・・・あれ、見えたんだろ?」
あれ・・・?あれって何だ・・・あ。
答えはすぐに思い付いた。灼夜に気絶させられる直前に見えたあれの事だろう・・・答えづらい。
「君、嘘が下手だね。顔に書いてあるよ。僕は見ましたよって。」
ギクッ!!
一瞬でバレた。
「なぜ・・・その事を?」
「そりゃ、知ってるさ。そういう風になる様、僕が仕込んだんだから。いつも男物のスーツを着ている灼夜さんを口説き落とすのは凄く大変だったんだよ。で、何色だった?」
笑って質問をする姫島。睦月は直感的に、この人に嘘は通用しない事を悟った。
しょうがなく、恥ずかしさを堪え素直に答えた。
「あ・・・赤色の水玉模様でした・・・。」
「ヘェー・・・赤色の水玉かぁ。プフッ・・・赤が好きな灼夜さんっぽいけど、ちょっと子供っぽすぎる気がするなぁ。・・・そうは思わない?」
「・・・ぇえ、まぁ・・・。」
「フフッ・・・だよね。わかった、ありがとうね睦月君。」
姫島は、吹き出したり、笑みを浮かべたりした後、お礼を告げて睦月から離れていった。
何を言われるのか恐れていた睦月は、その瞬間少しホっとした。
しかし安堵した直後、姫島はとんでもない事を叫んだ。
「灼夜さーん!!睦月君が蹴りを喰らった直後に見えた赤色の水玉模様の今日のパンツは、灼夜さんには子供っぽすぎるんじゃないですかー?って言ってますよー!!」
「ちょっ!?姫島さんっっ!!?」
睦月の叫びは虚しく、夢斗を追い詰めて机の上に立っている灼夜さんの動きが止まった。そして同時に夢斗が吹き出した。
「んなっっ!!?」
「・・・赤色の水玉模様・・・お子様・・・ぷっ!」
灼夜は顔を真っ赤にさせ、ゆっくりと睦月の方を向いた。
「・・・ふぅ、やっぱりあの時見えてたのね・・・。見えない位のスピードで気絶させれば良いと思っていた私が甘かったわ・・・。けど、だからって、言い触らさなくても良いんじゃない睦月くん?貴方にもお仕置きが必要みたいねぇ?・・・貴方には何が似合うかしらぁ?意外とチャイナとか似合うかもねぇ・・・フフフ・・・。」
その瞬間、睦月をまたも強烈な悪寒が襲う。
「ヒィィッ!!」
夢斗は灼夜が睦月の方を向いた隙に睦月側、ドアの方へと走りだした。
「灼夜さん!ヨダレ!ヨダレが出てますよ!?」
そう言いながらドアにたどり着き、ドアの開けようとする夢斗。
しかしドアは開かない。
「あっ開かないっ!!あ!?飛鳥っ!コノヤロー!!」
ドアの反対側では、一足先にオフィスを出た姫島がドアにもたれ掛かって、ドアが開かない様にしていた。
クククッ・・・とドアの向こうから、堪えきれずに出た姫島の笑い声が聞こえる。
ガチャガチャガチャ・・・
夢斗が必死にドアタブを回すが、一向に開く気配がない。
「むーとぉ・・・あんたさっき笑ったでしょう?絶・対・に逃がさないからね。フフ・・・」
灼夜が夢斗に死刑宣告をした。
夢斗は灼夜の方を向き、睦月に小さな声で言った。
「(マジで・・・ヤバイ)」
ゴクリッ・・・。
睦月は息を呑む。
「フフ・・・フフ・・・ハァーーッハッハッハーーーー!!!可愛く撮ってあげるから覚悟なさい!!」
笑いながら灼夜が睦月達の方に飛ぶ!
不意を突かれた特攻に、睦月と夢斗は心臓が止まりそうなくらい驚き、叫ぶ!
「キ、キタァァーー!?逃げろぉぉぉ!!!」「うわぁぁぁ!!!」
全力で逃げ出す夢斗と睦月。
それを不気味に笑いながら追いかける灼夜。
こうして睦月は特別連行営業部、略称「特連部」の一員となり、昨日までとは違う新たなサラリーマンとしての日々を始めたのだった。