灼夜さんの仕事。
涼しい風。聞こえる川の音。
閉じた目を開け辺りを見渡すが、そこは紛れもなく外だった。
(あれ?今さっきまで、THCの部長室って所にいたはずなのに、どうなってるんだ?)
知らない河原。人の姿は見えない。
時間はもう夕方になっていた様で、色の変わった太陽が辺りを優しくオレンジ色に照らしている。
「ここは・・・?」
「ここは貴方の住んでる世界のとある河原よ。今のは会社からただ飛んできただけ。」
右から声がした。右を見ると、灼夜がしゃがみこんで靴を履いていた。
「やっぱり仕事ってのは早めに覚えた方が得でしょ。だからね、今回君を連れてきたの。」
「仕事を覚えるって・・・、緋野さん、僕はまだ・・・」
「無駄口は聞きたくないわ、ほら、靴履いて。」
「・・・(えーー。)」
「あ、後、呼び方は灼夜さんで良いって言ったでしょ。苗字で呼ばれるのは好きじゃないの。」
灼夜は睦月の言葉に全く聞く耳を持とうとしない。
しょうがなく靴を受け取り、靴を履く睦月。
「さて、まずは昼の事を謝らなくちゃね。ごめんなさい・・・簡単な説明だけしてスカウトしてこいって言われてたんだけど、その説明ってのが苦手でね。前やった時も説明が上手くいかなくて面倒くさい事になったもんだからつい・・・蹴っちゃったわ。」
立ち上がり、少ししょんぼりしながら話す灼夜。
そりゃぁ、いきなり力や魔力とか言われても、ワケがわからずに信じる事なんてできないだろうなぁ。
睦月は灼夜に同情し、優しさを込めて返事をした。
「・・・大丈夫ですよ。もう気にしてないですから。」
「・・・あら、そう。なら本題に戻って、ここら辺にいた霊を探すとしましょうか。」
あら、そう。って反応がすごく軽くないか!?
灼夜の意外な反応に驚く睦月。しかし、もっと驚くべき所は違う所であるとすぐに気がつく。
「・・・・・霊?」
聞き間違いかと思った。霊?・・・幽霊とかの事を言っているのか?
「ん、部長に聞いてないの?私達の仕事はこの世界で死んだ人達の魂を地獄に送る事よ?」
「え?―――地獄?」
「そう地獄。あ、睦月君、このバッチを持ってて、持ってるだけで効果はあるから。」
軽い口調でサラッとすごい事を言い、灼夜は黄色いニコちゃんマークのようなバッチを睦月に投げた。
キャッチしてよく見てみると、○×の目をしたそのバッチは、ギザギザの歯でニッコリと笑っている。
・・・パチ物かな?
「そのバッチは便利よー。うちの科学者が作った超万能ツールでね、私達の能力や私達自身を自由に一般人から見えなくしたり、さっきやったみたいに登録地点に瞬間的飛んだり出来るのもそれのおかげなんだから。」
「あ、そうなんですかー・・・って流さないで下さい灼夜さん!地獄に送るってどういう事ですか?」
「私達は死んだ人の魂を地獄に送るのが仕事なのよ?送って当然じゃない。」
そう言ってスタスタと歩き周りを見渡す灼夜。本当に霊を探しているのかキョロキョロしている。
「地獄に送る仕事?それってどういう事で・・」
「あ、見つけたわ。」
睦月の話など聞こうともしない灼夜は何かを見つけ、止まった。視線の先には1人の男性が歩いている。
ヨタヨタと力なく歩くその男性は、ブツブツ言いながら何か持って歩いている。
じっと目を凝らすと何を持っているのかわかった。バットだ。
なぜ河原でバットを持って歩いているのかわからないが、よーく見るとバットもその人自体も半透明な事に気がついた。
「睦月君はここで見てて、霊を地獄に送るってのがどういうものなのか教えてあげるから。」
灼夜はそう言ってタタッと走り、その男に近寄っていく。
「私は貴方を送る使者として来ました。手荒な事はしたくありません。どうか素直に私の指示に従ってください。・・・まずはこうやって穏便に済ませる事を勧めるの。」
灼夜はそう言って半透明な男性に交渉を始め、間が空く毎に振り返り、睦月に地獄への送り方を説明し始めた。
しかし、交渉の方は一瞬の内に終わった。
「ギがぁあアあぁ!!!」
男は奇声と共ににバットを振りかざし、灼夜に攻撃を仕掛けてきたからだ。
灼夜はその攻撃をひらりとかわし、
「ハッ!!!」と言う声とともに、ハイキックを繰出し男性を吹き飛ばした。
「ウがぁアアあ!!??」ドガッガッ、ガンッゴロゴロ・・・
河原の凸凹な石に顔をぶつけながら激しく吹き飛ぶ半透明な男性。
・・・うわー、転がり方がものすごく痛そう・・・。と、睦月は灼夜の後ろの方で苦い顔をして口を抱えた。
「交渉決裂ですね。では強行手段をとります。・・・一応こうやって交渉が終わった事を告げるの。あと、相手は霊なので今の様な通常攻撃ではダメージを殆ど与えられないわ。と、言う事で・・・。」
そう言って灼夜は右手を前に出す。
その瞬間右手の掌の先に、火の玉状の炎が「ボッ」という音をたてて現れた。
掌の先で激しく燃える炎は火の粉を散し、飛び散る火の粉は舞い上がり灼夜の黒髪を更に際立たせている。
「こういった能力を使った攻撃で相手を弱らせるの。・・・いいかしら睦月君?一瞬で終らすからしっかり見ててよね。」
この時、睦月は状況が飲み込めずポカーンと口を開けていた。
「・・ぇ?」
あんぐりと口を開けたまま灼夜の後方で、掌の先に出てきた炎がどうやって出てきたのか?これからどうなるのか?
現状がよくわからないまま、ただ見ているしかなかった。
しかし半透明な男性は睦月とは違い、炎が出ている事を気にする様子もなく再び奇声とともに突っ込んで行く。
「うがぁうああぁぁぁ!!!!」
それを見て灼夜は少し笑いながら、
「じゃぁ、燃え散りなさい。」
と言い放ち、その瞬間、右手の掌の先にあった炎は半透明な男に向かって勢いよく吹き出した。
掌から溢れ出す様に出てくる炎は、ゴォッ!という轟音と共に進み、一瞬で男は炎に包まれた。
「ぅギぁぁ・・・」
苦しむ様にもがく男は、燃えだしてから5秒程するとバタリと倒れて動かなくなった。
炎が消え黒焦げ状態になった男性は、まさに虫の息だった。
灼夜は黒焦げとなった男に歩み寄ると、「(・・・ちょっとやりすぎたかなー。)」と小言を言い、札を取りだして貼り付けた。
すると男は少し時間が経つとスッと姿を消した。
「これで魂送完了っと。・・・で、どうだった睦月君?これがこれから君が行う仕事なんだけど、面白そうだとは思わなかった?」
「・・・(ポカーン)」
「あれ?」
睦月は完璧に固まっていた。
灼夜が近づき、ツンツンと突付いたりもしたが、それでも睦月は硬直したままだった。
ふぅ・・・とため息をつき、灼夜は呆れた。